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寝取られ令嬢の敬虔深き義母 2



 教会から出たキャスタール伯爵夫人のエイドリアンは、馬車の中で主教のたくましい胸の感触を思い出して、酔ったように頬を上気させた。


(ああ……。主教様から神の祝福をいただけなくて残念だわ。でもすぐのチャンスが来る。それが楽しみだわ。でも、どうしましょう。私、そんなに待てないわ。今すぐ神に祝福を受けたい……)


 どうにもうずきが止まらない。

 エイドリアンは行き先の変更を御者に伝えるために、備え付けの杖で馬車の天井を打った。




 エイドリアンはある秘密クラブの会員だった。

 そこはでは若く魅力的な男が酒と甘い言葉と淫らな行為を個室で提供し、客である女性は仮面舞踏会で使うような目の周りの仮面をつけてあらゆる欲望を満たしている。

 エイドリアンの足下に、一人の青年がひれ伏する。切れ長の目にりりしい顔立ちの青年がいた。もっかのところエイドリアンのお気に入りの青年リシャールは、後ろ手に縛られてひれ伏させられている。

 秘密クラブではそういう「お遊び」もあるにはあるが、それにしては青年の様子がおかしい。いつもは涼やかな顔をブルブルと震わせている。


「ど、どうしてマダムはそのことを?」

「あら。お気に入りのことは何でも知りたい。そういうものでしょ?」


 ここではエイドリアンは奉仕の僕ではな。奉仕を受ける側なのだ。

 まるで全知全能の神になったようで、ひどく気分がいい。


「で、ですが、ここは秘密クラブ。お客様のプライベードも詮索しない代わりに、従業員のプライベートも……」


 ぴしりとリシャールの頬にムチが落ちた。


「私は特別ですもの」

「……」

「でもね私は気にしてなんかいないのよ。あなたに恋人がいようとどうしようと」


 エイドリアンの口調は穏やかだ。


「けれど、このクラブの人間が知ったらどうするかしらね? 女性客の相手をするあなたがまさか小汚い定食屋の娘と恋人だなんて……。私がこのクラブの支配人なら、娘を殺す《・・》わね」

「!!」


 リシャールは憎悪と悲哀がこもった目をエイドリアンに向けた。

 エイドリアンの全身がゾクゾクッとして鳥肌が立つ。


「でも、あなたがちゃんと奉仕をするのなら黙っていなくもないわ」

「……分かりました。俺でよかったらお好きにして下さい」


 ゴクリと喉をならしたエイドリアンは、ムチを握りしめて頬を紅色さえた。むち打ちの苦行で罪を洗い清めた後に、一緒に神に祈るのだ……。エイドリアンが若かりし日に主教と共に祈った行為、そのままに。そのときに得る神の祝福といったら……、天上の音楽が聞こえるほどだろう。

 その後で教えてやろう。

 リシャールが帰れない数日の間に、その女がもう死んだことを。





「う……うう……」


 エイドリアンは重い頭を押さえつけた。ぐるぐる目が回り、胃がムカムカする。完全な二日酔いだ。昨夜の記憶も曖昧だ。あれほど神の祝福を望んでいたというのに、それを得られたかどうかの記憶すらないのだから。

 どうやら一夜を秘密クラブで過ごしてしまったようだ。しかもどうも太陽の位置を見るに、一夜どころかもう次の日の夕方に近いようだ。

 いつもならどんなに行為に夢中になっても、日付が変わる前に帰宅するのに珍しいことだ。けれど珍しいだけで、皆無だったわけではない。

 エイドリアンは落ち着いて、夫のセドリックに対する言い訳を考えた。言い訳はすぐに思いつく。エドナのところに泊まったと言えばいいのだ。伝令は出した。けれど届かなかったと。そうだ、御者は伝令を届けなかった罪で奴隷として売り払おう。そう決めた。

 エイドリアンは吐き気と戦いながらベッドから足を下ろした。


「水をちょうだい」


 しかし返事をする声がない。

 エイドリアンは不審げに周りを見回した。リシャールも、この店にいる限り常に客の身の回りの世話するはずの小姓も姿が消えているからだ。


「……どこへ行ったのかしら?」


 まあ、いいわ。と、衣服を簡単にまとい直して一人で部屋を出る。勝手知ったる秘密クラブの屋敷だ。まだ酒に酔った足取りで階段を下りて、ホールにいる執事姿をしている支配人に「私の馬車を呼んで」と、けだるい声をかける。


「お支払いはお済みですか?」

「は?」


 エイドリアンは思い切り眉をしかめた。


「リシャールに渡しているわ」


 秘密クラブでは精算は全て現金を男性に払うことになっている。家に請求が来るようでは秘密クラブとはいえないからだ。


「はて? リシャール? 彼は数日前に辞めたはずですが」


 支配人は首を傾げた。


「辞めた? まさか。夕べまで一緒だったのよ」

「さようですか……。ところでお支払いは?」

「だからリシャールに渡したって言ったでしょ!」

「……当方は受け取りをしておりません」

「渡したって言っているでしょ!?」

「当店は秘密クラブですので、現金払いが基本でございます。けれどそのお金がないとなると……」


 支配人は小さくため息をついた。


「……キャスタール伯爵夫人。いえ、正確にはキャスタール伯爵代理・・夫人でございますね」


 エイドリアンはギョッと目を見開いた。


「だ、誰のこと?」

「素性は知れてんだ。さっさと金を払いな!!」


 支配人の声は、さっきまでの上品さを投げ捨てている。

 下層生まれのエイドリアンも、これほど恐ろしい声を聞いたのは初めてだ。


「す、すみません……。い、家に……、家に連絡させて下さい。メイドにお金を持ってこさせますから……」

「家って、キャスタール伯爵家のことか?」

「え、ええ。そうです」

「キャスタール伯爵より伝言だ。『そなたはキャスタール伯爵家とはいっさい関わり合いがない者である。よってそなたの支払いにキャスタール伯爵家の資産を使う事はない』ってよ」

「は?」


 そのときエイドリアンの頭に浮かんだのは、この秘密クラブでの遊びが夫であるセドリックにバレたのだという考えた。すでにセドリックはキャスタール伯爵家を追われ、セシリアが新しくキャスタール伯爵になったことを彼女は知らないのだから、それも仕方がない。


「お支払いをしてもらうぜ」

「ちょっと待って。お、夫が少しやきもちを焼いたようね。でもちょっと私が慰めれば、すぐに機嫌は直るわ。そうしたら、お金だって……」

「払うんだ。今すぐ《・・・》」

「だから、リシャールに払ったって言っているでしょ!!」


 支配人は、パチンと指を鳴らした。その途端に、筋肉ばかりが膨らんで頭の悪そうな男たちがわらわらと出てきた。


「この女に支払いをさせろ」

「「「へい」」」


 男たちはまず、エイドリアンの身につけている宝石や装飾品を奪い取った。結婚指輪までである。

 次にエイドリアンの衣服を剥ぎ取った。それどころか、下着も靴もなにもかも。エイドリアンの美しい髪を根元から切り取られ、最後に歯の詰め物に使っていた金もほじくり出された。

 いくら叫んでも、いくらわめいても、誰もエイドリアンを助けてくれない。それどころか、うるさいと顔も腹も殴られた。


「ふん。全く足りませんが、今まで散々お金を落としてくれたお礼に、これで許してあげましょう。ああ、言い忘れた。あなたの馬車もいただきましたので悪しからず」


 エイドリアンは裸姿で秘密クラブの屋敷の外に放り出された。




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