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寝取られ令嬢の敬虔深き義母 1



 エドナの母であり、セシリアの義母でもあるエイドリアンは、昔のことを思い出していた。


 生まれが平民下層エイドリアンは、家に食べるものもなく、よく教会へ行っていた。炊き出しがあったからだ。ある日から急にエイドリアンの食事の盛りが良くなり、時たまデザートまでつくようになった。

 その教会の主教は幼いエイドリアンの顎をなで上げながら言った。


「あなたの信仰心のおかげですよ」


 それからエイドリアンに信仰心が芽生えた。

 主教の配置換えと共に、エイドリアンもその新たな教区へと引っ越した。炊き出しの必要がない、品のいい教区だ。家は教会から離れた隠れ家だったが、月に数回訪れる主教への奉仕で二人は何度も神の祝福を得られた。エイドリアンの信仰心は深まった。

 そのときに出会ったのが、キャスタール伯爵家に婿入りしたばかりのセドリックだ。セドリックはエイドリアンの奉仕に夢中になった。そして愛らしい娘も授かった。間もなく、セドリックの妻が死んで自分が伯爵夫人になった。

 それらも全て自分の信仰心の深さによる、神の思し召しだとエイドリアンは思っている。


「ずいぶん、熱心なお祈りでしたね」


 祭壇の前で跪いていたエイドリアンが顔を上げると、黒髪に白髪が少し混じった知的な雰囲気の司祭がいた。司祭にするにはもったいないほどの容姿と立派な体躯。彼はこの教区の主教だ。


「お祈りじゃなくて、感謝を捧げていたのですわ」

「それはなお素晴らしい。何かいいことがあったのですか?」

「ええ。私の娘が、ブラックシード公爵の婚約者になることが決まりましたの」

「ほう? もともとキャセシリアお嬢様はブラックシード公爵の婚約者だったと、私は記憶しておりますが?」

「いやですわ。そっちじゃなくて、私の娘ですわ」


 と、ここで教主が一瞬口ごもった。


「『私の娘』とおっしゃるのは、まさかエドナお嬢様の事ですか?」

「もちろんですわ」


 自分に娘は一人しかいない。それを主教も知っているはずなのに何を言っているのだろう。そう思っていたら、急に主教の体がよろめいた。

 それを、さっとエイドリアンが受け止め支える。


「大丈夫ですの?」

「も、申し訳ございません」

「いえ。よろしいんですのよ。それより顔色が悪いですわ。主教様はお疲れなんじゃありませんこと?」

「……そ、そうかもしれません」

「も、もしよろしければ、私が主教室まで連れいたしましょうか?」


 エイドリアンをまじまじと見つめた主教はゴクリと喉をならす。エイドリアンにはなじみのある男の態度だ。


「お、お願いいたします」

「お気になさらないでよろしいのよ」


 この反応も予想通りだ。

 エイドリアンは、この教会の奥には入ったことがなかった。けれど、だいたいの教会の構造はよく似ていたため、ほとんど迷う様子もなくエイドリアンと主教は教会の最奥の部屋にたどり着いた。


 主教室の二人がけソファーに主教を座らせた。


「あ、ありがとうございます」

「いいんですのよ。神の僕ならば、誰でもすることですわ」


 主教は「神の僕……」と、エイドリアンの言葉を繰り返した。


「あ、あの……。少しお話できますか? 夫人」


 主教はうるんだ瞳でエイドリアンを見上げる。その表情にエイドリアンはぞくぞくした。


「ええ。もちろんですのよ」


 エイドリアンの唇がテラリと光る。


「なんでもお話になって」


 主教のすぐとなりに、腰と腰をすりあわせるようにしてエイドリアンは座った。

 だが、主教は火が付いたように、ビクリと震えると少しだけ距離を開ける。


(……ふふふ。初心なのね。こういうことは初めてなのかしら?)


 エイドリアンが出会った主教や立場ある神官たちの中には、最初からそういう目的でエイドリアンと「お話」をする者もいる。けれど、中にはそれまで経験がなく、自分の欲望とどう向き合ったらいいのか分からない者もいたのだ。そんなとき、エイドリアンは優しく神の祝福へと導いてきた。だからこの主教も、自分がリードすれば……。そうエイドリアンは思っていた。


 主教は、キョロキョロと視線を彷徨わせながら、早口で「質問してもよろしいですか?」とたずねた。その様子は、まるで捕食される鼠のようにビクビクとしていて、エイドリアンは笑いをこらえるのが大変だった。


(緊張しているのね)


「ええどうぞ」

「その……。エドナお嬢様がブラックシード公爵と結婚するというのは……?」

「嬉しいことでしょ?」


 エイドリアンはケロリと言う。


「けれど、ブラックシード公爵の婚約者はセシリア様のはずです」


 主教がきっぱりというと、エイドリアンは「まあ」とまるで子供のイタズラをたしなめるように言う。


「主教様ったら知りませんの? 婚約は破棄されましたのよ」

「は、破棄……ですと?」

「ええ。あのセシリアは本当に悪魔のような子なんですの。私の娘があまりにきれいなものですから、嫉妬のせいか度々いやらがらせをして、虐めたんですのよ」

「そ、そんな事……」

「ええ。主教様が驚くのも当然ですわね。それで、とうとうあの子は私の娘を殺そうとしたんですの」

「殺そうと!? あのセシリア嬢が……エドナ嬢を?」


 主教はソファーから滑り落ちそうになった。


(そんなに驚く事かしら?)


「それでルーカス様がエドナを助けてくださったんですのよ。素敵でしょ?」

「は、はあ……」

「それでね。ルーカス様も馬鹿じゃありませんもの。セシリアとの婚約は破棄。それで、私の娘と婚約することにしたんですの」

「え? けれどエドナ嬢は……」

「もちろん、エドナは大喜びですわ。ずっとルーカス様を慕っていたっていうんですの。なんてけなげなんでしょう」

「は、はあ……。それで、セシリア嬢は……?」


 エイドリアンはイラッとした。


(なぜ、こんな場面であんな子の話を延々と話さなくちゃいけないのかしら!?)


 けれどこんなことで主教の気が変わったら困る。エイドリアンは苛立ちを笑顔で覆い隠した。


「婚約破棄が恥ずかしかったのか、それとも不自由な暮らしが嫌になったのか、屋敷に帰ってもきませんのよ。せっかく主教様が修道院を用意してだ去ったというのに……」

「え!? あ、あれはセシリア嬢を……!?」

「ええ。当然ですわ。あんな娘、修道院でも贅沢なくらいですもの」

「ま、待ってください!! 確か、あの時修道院の迎えは誰も乗せて返らなかったと……。そう聞いております。ということは、今セシリア嬢は?」

「さあ……?」

「『さあ』!? ゆ、行方知れずってことですか?」

「まあ、そうとも言いますわね」

「ど、どこへ行ったか夫人に心当たりは……?」

「さあ……。けれど、友達も親族もいない娘が一人で街にいたところで、行き着く先は知れていますわ」


 そう言って、エイドリアンはほの暗い目で笑った。

 慈悲の気持ちで修道院を用意したというのに、逃げ出しすなんて……。

「本当に馬鹿な子」

「え?」

「なんでもありませんわ」

「しかし……」

「これ以上、無駄口はお止めになって……」


 エイドリアンは、ツッと主教の布越しの胸に指を走らせた。


「ふ、夫人……。いったい、な、何を……?」

「主教様は本当にお苦しそうですわ。胸のボタンを外すとよろしいですわ。私がしてさしあげましょうか?」

「い、いえ……。そこまでしていただかなくても……」

「あら? なら私が先にボタンをはずしますわ。そうしたら恥ずかしくないでしょう?」


 そう言って、襟首のボタンを外すと、成人した娘がいるとは思えないふっくらとしてボリュームのある胸が半分ほど露わになった。

 主教の視線が、自分胸に注がれるのが気持ちよい。


「さあ、次は主教様の番ですわよ……」


 エイドリアンはペロリと乾いた唇をなめ上げた。その唇を主教の唇へ……。


 コンコンコン。


 ノックの音に主教はギクッと体をこわばらせたかと思うと、ぐいっとエイドリアンの体を引き離す。


「ど、どうした!?」


 扉の外から女性の声が聞こえた。


「祭壇の燭台が落ちて柄の部分が割れてしまいました。それで倉庫で新しい燭台を探したのですが見つからず……。一緒に探していただけないでしょうか?」

「わ、分かった」


 主教は自分が聖職者にあるまじき格好をしていることに気付き、慌てふためいた。


「さ、先に行っていなさい。私は後から行く」

「分かりました」


 主教がたっぷり三回深く呼吸をしてから、大きく息を吐いた。


「申し訳ありませんが、キャスタール伯爵夫人。用ができてしまいました」

「そのようですわね」


 エイドリアンは、残念そうに襟元のボタンをかけはじめた。


「また来ますわ。そのときこそ、神の祝福を……」

「え、ええ。神の祝福を」


 胸元を見ていたエイドリアンは気づかなかった。

 主教がどれほど嫌悪と怒りの表情でエイドリアンを見ていたかを。




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