第5話 口入れ屋との交渉
口入れ屋の親分とはすぐに出会えた。お梅が言った通り、神田明神の境内を若い女性と二人でのんびりと歩いていたのだ。
「おっ? 古橋の旦那じゃねぇか。何か用か?」
そう言いながら、親分は顎をなでた。
(口入れ屋さんなのに、どうしてこんなに見た目が怖いの?)
親分の容姿を見て、宏明は萎縮してしまう。
年齢は松三郎と同じくらい。彫りの深い顔にガッシリとした体格。袖の口からは入れ墨が見えている。
すっかりおびえている宏明をよそに、松三郎は親分に言葉を投げかける。
「何でぇ何でぇ。明神様に親分がいるって聞いていたが、まさか若い娘さんと浮気の真っ最中だったとは思いもよらなかったぜ」
「ばっきゃろう! この娘は姪っ子だ。浮気のわけねぇだろうが」
親分の後ろにいる少女がクスクスと笑う。
「おいおいこんなきれいな娘さんが親分の姪っ子だなんて冗談きついぜ。全く似てねえじゃねえか」
「てめえはわざわざケンカを売りに来たのか? ああん?」
「そういうわけじゃねえ。ちょっくら驚いただけだ。ところで、一つ頼み事があるんだが」
一通り軽口を叩いてから、松三郎が本題に入ろうとした。
しかし、親分がそれを遮る。
「聞いてやりてえのはやまやまなんだが、この後にちょっくら用事があるんだよなあ」
「それほど長々と手間は取らせねえ」
「――そうだ!」
親分が後ろに控えていた少女に声をかけた。
「お菊、代わりに話を聞いてやれ」
「私が聞いてもどうにもならないですよ、伯父さん」
「いや、全て任せる。いつもやり方を見ているだろ? それを真似すれば良いさ」
「そうは言っても……」
お菊と呼ばれた娘は困惑気味だ。
それに構わず、親分は笑顔を松三郎に向ける。
「聞いての通りだ。小娘と侮るなよ。こう見えてもしっかり者だからな」
「は、はあ……」
「それじゃあ、任せたぞ」
親分はお菊にそう言い残してから、背を向けて離れて行ってしまった。
「まったく、勝手なんだから……」
お菊は首を振って嘆息した。切れ長の瞳の奥には諦めの色が見える。
「仕方ありませんね。古橋さんの話は私が伺います。――そこの白猫ちゃんは古橋さんの飼い猫でしょうか?」
いつの間にか、松三郎の足下にシロがちょこんと座っていた。
「お、いつの間に? おめえ店からここまで付いてきていたのか?」
「あら、可愛らしい」
彼女が頭を撫でると、シロは気持ち良さそうに目を細めた。
「お菊ちゃんって言ったっけか? やどやでこの若造を引き受けて欲しいんだが、ちょっくらややこしい話も付いているから困ってんだ」
松三郎が顎をさすりながら話を切り出す。
「ややこしいことを立ち話で済ませるのはよろしくないので、落ち着ける所へ行きましょうか。猫ちゃんも一緒にどうぞ」
お菊がにこやかに笑って歩き始めた。松三郎と宏明も後ろからついて行く。