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第43話 萩右衛門と柳介 その5

「若旦那、奇妙な話を聞きやした」


 コタツに入っている萩右衛門に、柳介が報告する。


「力屋古橋がそばを売るのをやめて、菓子だけを売っているみたいでっせ。とうとう本気で菓子屋になるつもりなのかも」


「そうですか、やっとそばを作れなくなったのですね」


「ん? その口ぶりだと、若旦那はあらかじめ知っていたようで?」


 萩右衛門はニンマリと笑う。


「そりゃ、アタシが仕掛けたのですから」


「何をどうすれば、そば作りの邪魔ができるんすか?」


「古橋さんが使っている醤油を買い占めたんですよ。いやはや、ここまで長くかかりましたけど、なんとか年内に間に合いましたね」


「――買い占めとかいくら使ったんすか?」


「そこまで大金ではなかったですね。古橋さんは小さい蔵の醤油を使っていましたから。うちでは、決して醤油を切らさない大きい蔵のものを使っています。古橋さんは味にこだわり過ぎて、この観点を持っていなかったのが運の尽きです」


「娘を一人、手に入れるためにそこまで……」


 柳介がさすがに呆れる。どれだけ執念を燃やしているのだろうか。


「けど、別の醤油を使えば済む話っすよね?」


「分かっていませんね。醤油が変わってしまうと、今までと同じ味の汁を作るのが無理になるんですよ。仮に観桜庵でもいつもの醤油が手に入らなくなったとしたら、店を閉めざるを得ないでしょうね」


「味を変えるってわけにはいかないんすか?」


「そりゃあ、店を続けるには新しい味にしなければなりませんが、これは一朝一夕じゃできませんよ。思い描く味を作り出すには何度も試さなければならないし、試すには何日も何日もかかってしまうし」


「じゃあ、力屋古橋は年が明けるまでそばを売り出せないってことっすか」


「今日は二十日でしたっけ? だったら、そういうことになりますね。いやはや、本当に手間がかかりましたよ」


 萩右衛門は口元をおさえながら含み笑いを漏らす。


「お菓子だけで借金を返せるかもしれませんぜ?」


「返せないから悪あがきでお菓子を売っているかもしれません」


「それはどういうことで?」


「もし借金を返せるのなら、店を閉じて新しい汁作りに専念するんじゃないですかね。アタシが古橋さんならそうしますよ」


「なるほど。まあ、泣いても笑っても大晦日まであと十日。若旦那の企てが上手く進むことを見守りますぜ」


 萩右衛門の機嫌がよくなれば、柳介に転がってくる金銭の額がきっと増えるに違いない。力屋古橋には何の恨みもないが、彼の小遣いのために潰れてくれるのを祈るばかりである。


「そうそう。菓子の作り方だけは――」


「分かっていますよ。お藤さんから聞き出しますとも。うふふふ……」

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