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第24話 新メニュー

「新しいお品を考えてきました」


 宏明が台所の中にいる店の面々に告げた。


 鉄爺にあんかけそばを振る舞った翌朝。開店前の仕込みがひと段落ついたところで切り出してみたのだ。


「やるじゃねえか。これでオレの酒は安泰だな」


 まだ何も見ていないのに松三郎が喜ぶ。


「店のお酒を飲むのを許すかどうかは、ヒロお兄ちゃんが作るもの次第だからね」


 お梅がすかさず釘を刺す。


「親子間のやり取りは置いておいて、早速作ります」


 鶏肉とネギを鍋に入れ、かえし(醤油に砂糖を溶かしたもの)と味醂をかけてから七輪の上に置いてじっくりと焼く。


「できました。焼き鳥です。酒の肴になると思います」


 焼き上がった料理を皿に盛り付けて、店の人間に配った。


「ほう、なかなかに美味えじゃねえか。きちんと江戸の味に落とし込んでいる。このまま客に出しても構わねえくらいだ」


 言いながら、松三郎は銅壺にチロリを入れる。


「お父ちゃん、どさくさに紛れて酒を温めるのはどういうつもりなの!」


 お梅が父親の動きの文句を付けた。


「そりゃおめえ、酒を冷やで飲むなんて、よっぽどのせっかちか呑兵衛かのどちらかだろうよ」


「お酒を飲むことに文句を言っているんだってば!」


「ツマミの味を確かめるとなりゃ、酒を飲みながらやるしかねえだろ」


「うー、何かと言い訳して飲もうとしている……」


 親子で何やら対立が生じているようだが、とりあえず焼き鳥の評価は好評のようである。


「もう一つ考えてきましたので作ります」


 宏明はそば粉を同量の水で溶き始めた。それにかえしを少量加えて、鍋に流し入れる。


 生地の表面が乾いてきたところで、さっき作った焼き鳥を乗せる。


 要するにガレットを作っているのだ。フランス西北部ブルターニュ地方の伝統料理なのだが、フランスの絵画が入り込んできているのだから、料理の作り方が日本に伝わっていても不自然ではないとはないだろうと考えたのである。


「はい、できました」


 生地を二つ折りにして皿に乗せた。ガレットは正方形になるように折ることが多いのだが、中台の負担をできるだけ軽減することを考えた。


 あと、わざと生地を厚めに焼いて作るのを易しくするという工夫もしている。


「ほう、味が付いたそばの皮か。なるほど、こっちも酒に合うな。飲まねえ奴が作っているわりに、酒飲みの好みが分かってやがるな」


 松三郎の舌を満足させるのに成功したようだ。


「しかし、かしわ肉を使うとなると高い値をつけないといけないだらあ?」


 鹿兵衛から質問が飛んできた。


「中に挟むのは、別に何でも構わないですよ。しいたけでもクワイでも店にある物を好きなように入れればいいと思います。旦那が決めることですけど」


 鶏肉が手に入りにくくなっても、中身を変えて売り続けることができる。宏明はこう計算していた。


「なるほど、かしわに限らねえってことか。面白えじゃねえか。で、このお品の名はなんて言うんだ?」


「それも旦那が決めてください」


 ガレットなんて異国の名前を付けるわけにはいかないので、宏明は松三郎に丸投げした。


「そうだなあ。『そば皮包み』にするか。中身は変わるかもしれねえが、そば皮だけは変わらねえだろうし」


「お父ちゃん、もっと凝った名を考えようよ。たとえば神仏の御利益がありそうなのとか、流行りの芝居から持ってくるとかさ」


 お梅が父親に文句を言う。


「そんな立派な名を付けたところで味は変わんねえよ。それよりも分かりやすい方がいいだろ」


(このネーミングセンス、どこかで聞いた覚えが……)


 竈の側で毛づくろいし合っている三匹の猫を見て、そしてお藤の顔に目をやった。


「ん? わたしの顔に何か付いてる?」


「お藤さんって旦那に似ているところがあるんだなあと。やっぱり親子だね」


「――宏明さん、本気で殴っていいかな?」


 引きつった笑みを浮かべて、彼女が拳を握りしめる。どうやら、そう言われるのは非常に不本意だったようだ。


「ごめん今の発言は取り消し。ところで、このそば皮包みなんだけど、酒のつまみだけじゃなくて、甘いお菓子にもできるんだ。この時期に手に入る甘い食べ物って、柿とかミカンとかになるかな?」


「お菓子にもなるのかい?」


 お藤の顔が瞬く間に輝く。


 この話に妹のお梅も食いついてきた。


「甘い物なら何でもいいの、ヒロお兄ちゃん?」


「うん、どうせ皮に包むだけだし。できるだけ甘いやつをお願い」


「お姉ちゃん、十三里を買いに行こうよ!」


「そうだね、番小屋で売っているはず!」


「善は急げ。いってきまーす!」


 姉妹が早足で店から出て行った。


「あの、十三里ってなんですか?」


 宏明がお酒を飲んでいる松三郎と鹿兵衛に尋ねた。


「十三里は十三里よ。他の何物でもねえ」


「ワシの故郷では八里半って呼ばれていたのに、江戸ではずいぶんと出世しているじゃんねえ」


 全く要領の得ない答えが返ってきたので、正体を知るのを諦めることにして、料理の準備に入った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ガレットねえ 二つ折りで中身は何でも良いとなると、 もはやそば粉で作った餃子じゃなこれ?
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