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第19話 臨時休業

 夕刻。そば屋が賑わってくる時間帯である。


 醤油問屋から戻った宏明も忙しく動き始めていた。


「宏明さん、そばがき二つ作って!」


「了解!」


 お藤の指示を聞いて、宏明はそばがきの準備に入る。


「注文通すよー! かしわ南蛮二つと花巻一つ。あと上酒とネギが三つずつ。お声がかりであられそばが三杯ね」


「どうして宏明さんがそばがきを作っている時を狙って、中台が大変な注文ばかり入るのさ! お梅、わたしに恨みでもあるのかい!」


「恨みなんかないよぉ。お客さんの注文をそのまま伝えているだけだってば」


「注文取る時に何を言ったのか白状しなさい」


「変なことは言っていないよ。せいぜい『今日は寒いから種物で暖まったらどうですか?』って言ったくらいだね」


「やっぱり、あんたのせいじゃない!」


 お藤とお梅の姉妹のやり取りを聞きながら、宏明はすりこぎをひたすら回す。


(ん? 何だ?)


 足首に柔らかい感触を感じた。


「ミャウ」


「何かと思ったらミケかよ。またお腹がすいたのか?」


 この三毛猫は、かなり食い意地が張っている。普段は素っ気ない態度なのに、小腹が空いたらとたんに食べ物を求めて人に甘え始めるのだ。このギャップが妙に可愛らしく、宏明はついついエサを与えたくなってしまう。


 彼は溜め笊の上からそばを一本つまんで、ミケの顔の前にぶら下げた。


 すると、ミケは首を上に伸ばして、美味しそうに食べ始める。


「宏明さん、猫を甘やかしていないで働いてよ!」


「ごめん、お藤さん。すぐに戻るよ。――おいコラ。まだ食い足りないのか、お前は?」


 引き続きミケが宏明の足に身体をこすりつけて鳴いている。


 普段は猫に甘いお藤も、店が忙しくなると全く相手にしなくなる。そんな時間でも、宏明だけはエサをくれるのだと、きちんと理解しているのだろう。


「だから宏明さん、猫に構ってばかりいないでったら!」


 またしてもお藤から小言が飛んできてしまった。


 今日も大忙しになると店の誰もが思っていたのだが、突然注文の数が減り始めた。


「お藤さん、何かおかしくない?」


「急に手が空き始めたね。何かあったのかも?」


 台所の面々が不審に思い始めたその時、帳場から松三郎が大声を出した。


「今日は終わりだ! 看板をかたせ(かたづけろ)! 鹿兵衛は仕舞いそばの支度だ!」


「何を言っているんだい、父ちゃん。まだ七つの鐘(およそ午後四時)が鳴ったばかりじゃないか」


「外を見やがれ、お藤。結構な勢いで雪が降っているぜ。こうなると誰もが家路に急いで、布団にくるまって寒さをやり過ごすだろうよ。のんきにそばなんか食いに来る奴なんざ、ほとんどいねえから、店を開けているだけ無駄ってもんだ」


「おやまあ、もう積もり始めているじゃない。どうりで冷え込むわけだよ。今年はずいぶんと早く降ったねえ」


 新暦では十二月だ。関東地方平野部にも雪が降り始める時期でもある。


 宏明の記憶では、十二月の東京都心部で雪が積もったことなんてなかったはずだ。しかし、今は地球温暖化以前なので、こういうことも起こりうるのかもしれない。


 ちなみに八王子は雪が降りやすく、テレビ局が雪景色を撮りに訪れることが多い土地だったりする。


「これからかき入れ時だってのに嘘でしょ……」


 お梅は呆然と外を眺め続けていた。

お品書きの変更にともない、物語の台詞を一部変えました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦国時代から江戸時代は小氷河期だとも言われてますからね 今と違って寒かったらしいですね
[一言] >今は地球温暖化以前 産業革命以前でもありますな 江戸時代は小氷期だったようで、ごく普通に雪が積もったそうです
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