第17話 萩右衛門と柳介 その2
観桜庵の一室。
かつぎの柳介と若旦那の萩右衛門が話をしていた。
「若旦那、力屋古橋に行列ができているようでっせ」
「知っていますとも。『鴨もり』なるお品が人気を呼んでいるようですね」
報告を受けた萩右衛門は余裕綽々の様子だ。
「ずいぶんと平然としていますね」
「はじめはアタシも驚きましたとも。けどね、長続きしませんよ」
「どうして言い切れるんすか?」
「それはですね、他の店が真似を始めているからですよ。別に古橋さんに行かなくとも鴨もりを食べることはできます」
萩右衛門の言う通りである。鴨もりは江戸中の噂になるくらいの人気商品となったが、他のそば屋も流行に乗ってすぐに類似品を作り出したのだ。
「はあ、いつの間にか江戸のあちこちで広まっているんすね」
「うちの店でも始めますよ」
「――今さら始めて儲かるんすか? だいぶ出遅れてますけど」
「別に儲けようなんて思っていませんとも」
「そば屋の跡継ぎの言葉とは思えないっす」
儲けを否定するなんて、柳介の常識からかけ離れている。
「いいですか柳介。アタシが目指しているのは、古橋さんに銭を回さないことですよ」
「その後に、あそこのお藤って娘を手籠めにするんすよね」
「誤解を招くような言い方はおよしなさい! ――ともかく、うちで鴨もりを始めるのは、古橋さんに銭を渡さないためです」
「若旦那の考えが、今ひとつ分からねえっす」
「教えてあげましょう」
萩右衛門が胸を張って話し始める。
「鴨の値が近頃上がり続けているんですよ。鴨なんてそれほど多く獲れるものじゃないのに、江戸中のそば屋が鴨を買い付けているのだから」
「そりゃそうっすね」
「そんな時にうちみたいな大店が鴨を買い付けたらどうなるか?」
「もちろん、鴨がもっと高くなるっす」
柳介にも若旦那の考えが見えてきた。
「それに加えて、仕入れられる鴨の数そのものも減りますよ」
「古橋の儲けが減るってのは分かりやしたが、観桜庵はどうするんで?」
「さっきも言いましたが、別に儲ける気はありません。うちなら少しくらい損しても構わないでしょう」
「大旦那が聞いたら怒りそうっすね」
「新しいそばを始めると言えば、むしろ喜んでくれますとも。今冬に儲けがなくとも、来年再来年と続く話なのですから」
「今年中にどうにかしないといけない力屋古橋とは大違いって話っすか」
要らないところには頭が回るのだな、このバカは。と、柳介は感心したのであった。




