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第13話 萩右衛門と柳介

「若旦那、どうかしやしたか?」


 かつぎの柳介が観桜庵の小部屋に入っていく。


「そそくさと座敷からここへ来たみたいですが?」


「ああ、柳介かい。いやはや、まさか古橋さんがやどやの姪御さんを連れてきているなんて思いもしなかったから驚きましたよ」


「なるほどねえ。確かに親分が出てくるようなら面倒っすね」


 柳介が頷く。


「ここら辺が引き際っすね。むしろ、今までが上手く行き過ぎたと思いましょう」


 ずさん極まりないやり口だったのにね。


 柳介が心の中でつぶやく。


 若旦那の悪巧みを、柳介は成功するわけがないと小馬鹿にしていたのだ。その予想は外れて数ヶ月ほど力屋古橋への嫌がらせは上手く行っていたわけだが、とうとうボロが出てしまった。


「そうだね。柳介が言うとおり、今までが運に恵まれていただけだね」


「女に振られた腹いせに始めた嫌がらせなんだし、もう手を引いて構わんと思いまっせ」


「ちょっと、誰が振られたですって?」


「違いましたっけ? あそこの娘に袖にされちまったから始めたと思っていたんですが。確かお藤って名でしたっけ?」


「よくお聞き、柳介。アタシは振られてなんかいませんよ。相手にされていないだけで」


「――同じっすよね?」


「全くもって違いますよ」


 萩右衛門が大きく首を横に振った。


「お藤さんがアタシの想いに気付いていないから相手にされないだけです」


「……若旦那、口説く気あるんすか? まずは伝えましょうぜ」


「柳介は分かっていないですね。こういうのは女から言わせるものですよ」


「そういう流儀なんすね。あっしなら女がしゃべる前に押し倒してやりますが」


「よくお聞きなさいな」


 若旦那が芝居役者のような語りになる。


「流した浮名は数知れずぅ――。ひとたび通りを歩けばぁ、妓楼ぎろう花魁おいらんから野天の夜鷹まで、女たちは一様に振り返るぅ――。扶桑国大江戸八百八町にこの人ありと言われる色男、萩右衛門様たぁこのアタシのことよぉ」


 最後には大きく見得を切ってみせた。


「へぇ。若大将に女が寄ってくるのは確かですが……」


「というわけで、アタシはお藤さんが振り向いてくれるのを待っているんですよ」


「嫌がらせをしているのに振り向いて欲しいなんて、何を言っているんだかさっぱり分かんねえっす」


「ちょうど良い機会だから、柳介にも教えておきましょう。古橋さんは大きな借金を抱えています」


「あの店って結構繁盛していましたよね? 若旦那が嫌がらせをする前の話ですが」


「一昨年にあそこのおカミさんが病で亡くなったでしょ。その際、医者や薬に結構な額を使ったらしいんですよ」


「へぇ。よくある話っすね」


「出入りしている問屋の話だと、今年の年末の支払いが怪しいくらいに借り入れがかさんでいると」


「そんなところに若旦那は嫌がらせをしたんすか。鬼の所業っすね」


「古橋の旦那は腕が立つ職人だし、店がなくなっても食べていけますよ」


「娘は身売りになるでしょうがね」


「そこでアタシが救いの手を伸ばすわけですよ。お藤さんを救い出したとなれば、アタシに思いを寄せてくるでしょう」


「……若旦那、正気っすか?」


 柳介は心底あきれてしまった。萩之助が浅はかで考え足らずの男だとは分かっていたが、ここまで無思慮だとは思っていなかった。


「アタシは正気ですよ。お藤さんを振り向かせてみせますとも」


女衒屋ぜげんや(遊郭に女性を斡旋する業者)でもここまでする野郎はそうそういないと思いますぜ。そば屋を継がずに女衒屋を始めた方が向いているかもしれませんっすね」


「そば屋をやめたりしませんよ。何を言っているんですか」


「若旦那のことはさておき、新入りが来ちゃったから力屋古橋は潰れないすよね?」


「それなら平気ですよ。今回の新入りを辞めさせようとしたのは、あくまで念を押すためのものだから。これから客が戻ったところで、もう大晦日までに借銭を返せすのは間に合わないはず」


「なら、これ以上は何もしないってことっすね」


「しばらくは様子見です。万が一のことがあったら、柳介に働いてもらうことになりますから覚えておいてくださいね」


「もらえる物をもらえるなら、いくらでもお手伝いしますぜ」


 バカな主人でも金払いは良いから、柳介は付き従っているのであった。

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