5.意外な人が来た
わたくしの在籍する王立貴族学園は、基本的には貴族の子息子女が通う学園。
13歳から初等部を三年間。16歳から高等部を三年間。
特に今年は創立二十周年という区切り年だから、創立記念祭は二日に渡って盛大に開催されました。一日目は日頃のクラブでの研究発表会が主。騎士科の学生は模擬戦を披露したりして派手に魅せていたわね。
二日目の今日は王族も招いた舞踏会仕様に様変わり。
それらは全部、学生自治会が自主運営しています。この『学生自治会』に入会出来る人は、もう、それだけで王宮仕官が叶う逸材揃いのエリート集団なのよ。
因みに、わたくしの婚約者のオリヴァー・フォン・ロイエンタール様は学生会の副会長をなさっていました。ふふ。ちょっと自慢。今日もわたくしのエスコートに来て下さる予定で、久しぶりの逢瀬に胸をときめかせていました。
親友のイザベラと二人で『姉妹コーデ』なるものに挑戦。同じ型で絵柄違いのドレスを作らせて、髪型もお揃いに。髪飾りも勿論色違いのお揃い。
「ふふっ」
寮のわたくしの部屋で二人して着付けを済ませ、正面玄関前のピロティに赴けば、盛装した女子学生たちが、それぞれのエスコートパートナーの到着を待ちわびている情景。ドレスが色とりどりでとても艶やかで美しいわ。
「なぁに? 突然笑いだして」
イザベラも笑顔です。
「ううん。最近ゴタゴタしていたから、久しぶりの慶事が嬉しいの」
最終学年になった途端、煩わしいことや哀しいことばかりに心を奪われていました。だからこそ、今日の晴れの装いに心が浮き浮きするような心地なのでしょう。
わたくし達がそんな風に話していたら。
「やあ! 待たせたかな、イザベラ。久しぶりだね、ブリュンヒルデ君」
声をかけてくれたのは昨年ご卒業されたジークフリード第二王子殿下。黒髪にアイスブルーの瞳。去年まで我が校の学生自治会に所属し、学生会会長を務めていらっしゃいました。イザベラの婚約者でもあります。
「ジーク様。卒業された身なのですから、“ブリュンヒルデ君”はないと思いますわ」
「固い事言うなよ、ベラ。せっかく懐かしき我が学び舎に戻って来たのだから!」
「留年してのお帰りかしら?」
このふたりは幼馴染でもあるせいか、常にこうしてぽんぽんと会話が弾んで和気藹々という言葉の見本のようになるのよね。去年までは日常的に目にしていた風景が懐かしくも嬉しくて、わたくしも笑顔になりますね。
「ブリュン」
殿下の後ろから、わたくしの婚約者のオリヴァー様が声を掛けてくださいました。彼はイザベラの兄で、殿下の親友でもあります。
「元気だったか? クルーガーの本家に行けなくて済まなかった」
軽くウェーブのかかった長めの金髪を後ろに結わえ、碧眼がわたくしを優しく見下ろします。この瞳、光の加減によって紫色にも見えたりするから不思議です。本当に美しい殿方なのですが、この人がわたくしの婚約者だなんて、今でも信じられないのですよねぇ。
初等部でイザベラと仲良くなって、そのご縁で知り合ったオリヴァー様。いつの間にか気に入って頂き口説かれて。わたくしは領地経営を一緒にしてくださる婿様を探しています(だから貴方のような煌びやかな方は、わたくしとは不釣り合いです)とお断りしたつもりが、俺は次男だから丁度いいね! と押し切られました。
「おーい? ブリュン?」
はっ。いけません、見惚れていました。
「ようこそ、今日はわざわざありがとうございます」
慌ててカーテシーをとりますが、大丈夫。わたくしの鉄面皮なら慌てた事なんて無かった事にできます!
オリヴァー様はにっこりと微笑むとわたくしの手を取り、挨拶の口づけを落としてくれました。
「ブリュン? また俺に見惚れちゃったね?」
こっそりと囁かれる言葉。……どうやらお見通しだったようで、無かった事にならなそうです。恥ずかしい!
ですが、オリヴァー様の見飽きることのないご容姿のせいですからね!
「お兄さま! ご覧になって、わたくしとブリューのドレス。お揃いなのよ。素敵でしょう?」
「お揃い? 言われなきゃ判らないね」
と、殿下。
「型が同じで……この色と柄が違うのか。イザベラは黒がベースでそこに華やかな色味の花々の刺繍。さり気なくアイスブルーの花か…うん、いいね。黒地にイザベラの金髪が映える。……ブリュンは逆に白地に赤や色とりどりの小さな花々が可愛くていい。黒髪だから、ドレスがどんなに派手でも、締まる感じだ」
オリヴァー様は美に一家言お持ちの方なのです。
「ふふ。お兄様の“いいね”を頂けたら上出来だわ!」
「刺繍は目立つ処だけに。メインは布地に直接描いて色を乗せて、染めているのです」
わたくしがそう説明を加えると、
「へぇ? 染物? 織物じゃないのか。どこの技術だい?」
流石、王子殿下は新しい技術に食いつきますね。
「ハザール・ハン国が持ち込んだ技術です。面白いでしょう?」
「待て。このデザイン……もしかしたらブリュン、君が描いたものだな?」
「さっすがお兄様! 初見でもブリューの描くものなら見逃さないわね!」
そんなこんなを、四人でお喋りをしながら向かうは舞踏会専用会場の『迎賓館』です。初等部を併設してから作ったとかで、王宮の舞踏会会場に匹敵する規模のものだとか。
「こんな舞踏会会場、昔は無かったよな?」
「あぁ、俺たちが卒業した後に建てられたものだろう……」
会場入り口で迎賓館を見上げて語る壮年の紳士が二人いました。どうやら卒業生のようで。懐かしい学び舎を見てはしゃいでいるのはジークフリート殿下だけではないみたい。お二人でパンフレットを持っているわね。
「こんにちは。もしよろしければ、ご案内致しましょうか?」
そう声を掛けるとにっこりと笑顔でお礼を言われたけれど、案内は不要との事。日焼けした肌に、珍しいオレンジ色の短い髪。琥珀のような澄んだ瞳。きりっとした眉は男らしくて、いかにも有能官吏といった風情の、感じの良い壮年の紳士。
お連れの方もまた同年代の紳士で、こちらも日焼けした肌。……他国の方かしら。亜麻色の長い髪に深い森の色の瞳。眉間の皺が重厚なイメージね。こちらは責任ある立場にいる方、みたい。他国の王族? もしかして留学生だったのかしら。
何気なく観察していたら、この亜麻色の髪の紳士がわたくしの後ろを見て、ギョッと顔色を変えたのには、わたくしも驚いたわ。
「え?……ベッケンバウワー閣下? いや、若い…」
紳士の視線の先にいたのは、ジークフリート殿下でした。
「ベッケンバウワー公爵は、私の母方の祖父に当たりますが…お知り合いでしたか? 私は祖父によく似ていると言われますが」
紳士の視線に気が付いたジークフリート殿下が、外交用のにっこり笑顔で対応しています。
「あぁー。なるほどなるほど、よく似ていらっしゃる……この様に成長なさるとは、思いもよらなんだが……第二王子のジークフリート殿下、でしたか。このような……見事な黒髪に成長なさるとは。確か、第一王子のラインハルト殿下は王妃殿下譲りの見事な金髪でしたなぁ」
あらら? 見てきたように仰るのね。既知ってことかしら?
「私は若い頃、宮殿にお邪魔したことがありましてね。殿下方お二人と、生まれたばかりの王女殿下に一度だけお会いしたことがあったのですが……覚えていらっしゃらないでしょうねぇ」
確か、殿下は2歳くらいの愛らしい幼児殿下でいらっしゃったから。
そう言ってニヤリと笑う顔はまるでいたずらっ子のそれでした。
それなりのお年なのに……この紳士はワルだわ。
「え……その肌、その髪……まさか、ティルクの……?!」
「大きくなられましたなぁ」
「ちょ、ま……聞いてないですよ! いついらしたのですか?!」
「私はここの卒業生でしてね。母校二十周年記念というから、楽しみにしてきましたよ」
「まさか、叔母上も来ているのですか?」
「あれは臨月なので置いて来た。来たがっていたし、殿下方に会いたがってましたよ」
「って、え? 警備は? まさか、二人だけで来た、とかじゃないですよね?」
辺りをきょろきょろと見回したジークフリート殿下が顔色を変えて囁く。一体、どなたなのかしら。
「叔母上? ジークの叔母上様って、アンネローゼ様?……って、ティルクへ嫁いだ……もしかして……ティルク国の、アスラーン陛下?」
イザベラが呆然とした様子で呟きました。
へ?
ティルク国って、お隣の?
そういえば15、6年前我が国の王女殿下が嫁いだのがティルク国、って王族史で習ったような……え?! 陛下って言いませんでしたか? なんで“陛下”と呼ばれる方がこんな所で所在なさげに迎賓館を見上げてるんですか?!
学園の『迎賓館』じゃなくて、王宮の迎賓館に居るべき方なのでは? っていうか、そもそもこの国にいる方では無いですよね?!?!?!
亜麻色の髪の壮年の紳士はぺろりと舌を出して、わたくしたちを楽しそうに見詰めました……。ワルだわ。計画的犯行だわ。その後ろでオレンジ色の髪の紳士は、やれやれといった感じで肩を竦めています……。お付きの方? なのね? もしかして陛下のこんな行動に慣れてらっしゃるのね?
そして、お忍びで来ちゃた?! 二人だけで?!
「殿下。会場に陛下はいらっしゃる? それとも王族はジークフリート殿下だけ?」
紳士、改めアスラーン陛下はすました顔でジークフリート殿下に話しかけています。
豪胆な方、ですのね……。
「陛下達は昨日の開催式には参加しましたが、今日はぼく、いや、私たち若い者に任せると申しております……出席はしません。妹のアーデルハイドは高等部二年生なので在校生として出席します。会場内には兄の王太子夫妻と王弟のヨハン叔父上が既に入っていると思います……私は婚約者を迎えに来たので……」
そうジークフリート殿下がアスラーン陛下に説明していた所に。
「ここにいましたね、ブリュンヒルデおねえさま! イケメンに囲まれてズルいです!!」
と、懐かしい声が謎理論でわたくしを糾弾したのです。