4.「うそぉ…私、平民のまま、なの…?」
おじい様の代の時に、お世話になった方の息子さんが遺した娘。それがゾフィー。
両親を亡くしたゾフィーを憐れんだおじい様が我が家に彼女を引き取った。引き取ったけど、別に養女にしたわけではなく、わたくし付きのメイドにする予定だった。でも引き取られた時はわたくしが7歳、ゾフィーが5歳。うっかり姉妹のように育ってしまったわ。わたくしも可愛がったし。実際、可愛いし。
わたくしが幼い頃から受けていた淑女教育を一緒に受けさせたのが悪かったのかしら。自分を養女だと、クルーガー家の令嬢だと勘違いしてしまったようで。
わたくしが学園に入学したのは13歳の時。ゾフィーは11歳。わたくしが離れたら、きちんと侍女としての教育が施されるはずだった。けれどそこにボケてきたおばあ様が、侍女教育を受けさせず、令嬢待遇で自分の手元に置いてしまった。身体は健康体で、きちんと受け答えが出来たのが災いして、おばあ様が認知症を患っている事に気付くのが遅れた。らしい。
実は、おばあ様の認知症が発覚したのが、この件、ゾフィーを学園入学させたことから、なのよね。
クルーガー伯爵夫人として家政を切り盛りしていたおばあ様の命令なので、執事はゾフィーの入学準備を整えた。ゾフィーは平民だから入学金も送金してしまった(ちなみに貴族は入学金不要)。
クルーガー家で育てた少女を学園に送り出した後、 念の為に、と当主であるお父様に確認した時、お父様と執事は、違和感に気が付いたのだとか。
ゾフィーは侍女として、おばあ様に仕えていたと、お父様は思っていたらしい。
それを、学園に送り出したのは何故か? おばあ様本人に確認して、やっと発覚したのだとか。
この後手後手具合が我が家の恥以外何物でもない。
おばあ様の独断でゾフィーを王都の学園に送り出してしまったけど、お父様たちは、この機会に学園で侍女としての振る舞いを学んで欲しかったみたい。どうせ学園に行けば侍女身分で入学した平民だと知るだろうし、と。
……本人は侍女どころか、「姉」に特攻しかける爆弾娘だったけれど。 送り出したおばあ様が、ゾフィー本人に『侍女として』学んで来なさいとは言わなかったから、でしょうけど……。
不手際極まりないわね。
まぁ、ここまで放置してしまったわたくしにも責任の一端はあると思うのだけれど。
「うそぉ……私、平民のまま、なの……?」
へなへなと座り込んでしまったゾフィー。……ちょっと可哀想だったかしらね。
何か声を掛けるべきかしら。わたくしがそう逡巡していたら、泣き濡れていたはずのゾフィーが、きっ! と顔を上げてわたくしを睨んだ。
「そんな……そんなことって……ゾフィーへの愛はないの?!」
はぁ? 何よそれ。
「無いわね」
思わず一刀両断しちゃったじゃない。
相変わらず斜め上の発言だし。
ゾフィーを可愛がっていたというおばあ様ならともかく、何故わたくしにそれがあると思ったのか、甚だ疑問だわ。
あれだけわたくしを敵認定して、酷い酷いとネガティブキャンペーンを張り、わたくしの名誉棄損をしておいて、好意があったとしても無くなって当然じゃないの?
わたくしのきっぱりとした否定に、その可愛らしい顔を絶望色に歪めたゾフィーは、
「おねえさまの、ばかぁぁぁぁぁっぁあ」
と、ぽろぽろと大粒の涙を溢しながら、そう叫んで走り去りました……。
最初に“おねえさま”呼びは止めろと言ったはずなのだけど、聞いてなかったのね。その上、名誉棄損しつつ走り去るって……何度やられてもへこむのよ、こっちは……。
しかも、食堂の真ん中で取り残されたわたくしに集まる視線に、どうしたらいいのか、誰か教えて欲しいわ。
でも、まぁ、この件で、少なくともブルーメ寮の女生徒には誤解が解けました。
わたくしが非道を働く「姉」ではなく、「雇用主」の立場だという事が。だって寮生たちが次々と謝罪に訪れたもの。
誤解していました、申し訳ありませんって。涙目で謝られちゃったわ。
肝心の自称妹からの謝罪は一向にありませんがね!
まったく、あの子には困ったものだわ。
その後、どうなったかというと。
女子学生たちのネットワークは凄まじいわね。
ブルーメ寮生から、王都に自邸宅を持つ通学組の女生徒にまできちんとした情報が出回ったのは翌日の事。勿論、高等部在籍の全学年よ。もしかしたら、初等部にまで噂が駆け抜けている可能性も無きにしもあらず。
そこから男子学生にまで徐々に正しい情報が広められて。
次々にわたくしに謝罪に訪れる学生が居たのには笑ったわ。
曰く、わたくしを酷い人間だと誤解していた、申し訳ないと。
特に、騎士科の男子学生にその傾向が強かったわね。ゾフィーを庇ってわたくしを睨んでいた男子下級生も来たわ。一方的な情報に踊らされた、騎士としてあるまじき行為だったと。一理あるわね。
誰がどんな感想を持とうと例えそれが誤解だとしても、それを思っているだけなら、わたくしに実害はありません。謝罪など不要だと思うのよね。皆さま、正直者でいらっしゃる事。
だからわたくしは言ってやったわ。
「ご自分の良心を痛めない為の謝罪は不要」と。
同時に、
「これから騎士を名乗るというのなら、可憐な美少女の訴えも、屈強なブ男の訴えも、王族からの訴えも、全て平等に扱って下さい」とも。
なんだか考え込んでわたくしの前から辞したけど、彼らの今後がどうなるのか、本人次第よね。
そして、学園に居場所が無いと悟ったのかしら、なんと、ゾフィーったら、我がクルーガーの領地に帰ったというの!
正しくは、学園に常駐している馬丁に、クルーガーの領地に帰りたいから学園の馬車を使いたいと、ゾフィーが懇願したとのこと。
学園所有の馬車は教職員が王都内を行き来する為のもの。馬丁は、王都外に出る仕様ではないと説明して、馬車を手配できるギルドであの子を下ろしたらしい。
その馬丁がわたくしにわざわざ伝えてくれた情報なのだけど。あの子、ちゃんとした馬車の手配を出来たかしら? ちゃんと帰れたかしら? 心配だわ。
クルーガーの領地までは馬車で片道二週間かかる距離なのよ。
長距離ならそれ専用の馬やら人員やら用意しないといけないなんて事情、あの子に理解出来たのかどうか。まぁ、図太く帰り着いたとは思うわ。きっと着払いで。お金も持っていないだろうし。
……そうなのよ、あの子、見た目は可愛い美少女なのよ。国内で人攫いに合うなんて事ないと信じたいけれど、護衛もつけないで長距離移動なんて、ちゃんと出来たのかしら。乗合馬車とか上手く利用できたら安く帰れたでしょうけど、その間貞操の危機に遭ってないかしら?
……なんとなく、無傷で帰り着いた気もするけど。あの子、要領はいいから。
……あぁ、まったく!
居ても居なくてもわたくしを心配させるのだもの、あの子には困ったものだわ!
領地にいる両親へ、ゾフィーがそちらに戻ると言って学園を去った旨連絡したけれど、その後の便りがなくて心配しつつ、日々を過ごしていました。
わたくしは学園入学以来五年間、王都に居続けていましたが、哀しい知らせがあり帰郷しました。
二ヵ月弱の休学で復学し、日常生活を送る事で立ち直りました。
そしていつの間にか、忙しない日々の雑事に紛れ、ゾフィーの事を忘れて行ったのです。
が。
あの爆弾娘は、またしてもやってくれやがりましたよ。忘れた頃にやってくるとは!
それも学園の創立記念祭当日に現れて!
我がシャティエル国自慢の王立貴族学園は、国王陛下が王太子時代から苦心して創立に携わったという学園。
その創立記念祭、当然王族の方々も臨席賜る晴れの場で、高らかに宣ったのです!
「私、思いだしたんです! おさない日のことを! 知らないおじさんに、クルーガー家につれ去られた日のことを! クルーガー家は じんしん ばいばい を している、あくとうの そうくつ なのですっ」
え゛。
今度は何を言い出したの、この子。