第3章「適当に対処すると後処理が面倒くさい」
「おー?美味い、美味い。俺の料理の腕もなかなかのものだな」
「まぁな、魚も新鮮だし、俺の下処理もいいからな。ブラックバスは身と皮の間に独特の臭みがあってな…」
「俺の携帯、感染れてただろ」
ケンゾーの話を遮るようにヨシヒロは尋ねた。
「あぁ、ばっちり感染してたな。バックアタックゲートが【メニュー】の中に隠れてた」
「ふーん。良く判らん」
「だろうな。なにかと面倒なウィルスだよ」
ブラックバスのムニエルは案外と美味かったようで、二人は食べる手を休めずに会話した。
「で、俺の携帯これからも使えるのか?」
「知らん。見てきてやるよ。ったく、こんなウィルスどこから拾ったんだ?」
「見当もつかん」
「だよな。はい、ご馳走様でした。じゃあ…行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。食べたばかりで大丈夫か」
「体ごと行くわけじゃないから関係ない」
そんなやり取りの後ケンゾーはデジタル世界にダイブした。
「おまたせ、ピータ。“アレ”は?」
『メールメニューへ動いた』
「じゃ、サクサクと削除しちゃうか」
ケンゾーとピータが【メール】へ移動するとウィルスは紅色を鮮やかに発色しながら、メールに感染していた。
「おーい。悪い事はよしなさーい。痛くしないから大人しく削除されちゃえよ。ピータ、ワクチン」 ピータがウィルスにワクチンを発射すると、ワクチンはレーザービーム並みに直進し、ウィルスの胴体と思われる部分に命中した。 一瞬ウィルスがブレたがワクチンはウィルスを侵食し始め、あとはいつも通り『ピシュン』と消えた。
「あっけないな」
ケンゾーがウィルスの開けた裏口を塞ごうと歩き出そうとしたが、ピータがそれを止めた。『まだ!→』赤文字が点滅した。
「ん?」 ピータが指した矢印の方を見ると、少し離れた【メール】の陰に、たった今削除したはずのウィルスが居た。
「えーコピー?あの一瞬でコピーかよ。器用なヤツだなー。やっぱり面倒くせーな。来るぞピータ」
ウィルスは針のように尖った触手らしきものを【メール】へと突き刺した。
「なんだ?」
その行動の意味を理解するのにケンゾーは数秒を要した。
「ヤバいかもよピータ。気いつけて」
そう言った矢先だった。『ドスッ』鈍痛がケンゾーの左腕に走った。
「痛っ。やっぱりー。あー油断したわ」
ウィルスが【メール】に突き刺した針先がケンゾーの左にある【メール】から飛び出して、左腕を貫通している。感染した【メール】を経由して自在に攻撃できるようだ。
「一旦リアルに戻るわ。ピータも自宅のサーバーに待避してて。次は自宅から殺る!」 そう悔しそうに言った。触手に刺されたときにウィルスに感染しているはずだ。このまま長くデジタル世界にいれば感染が進み、現実世界の肉体は脳死してしまう。
ケンゾーはヘッドギアをはずした。
「ケンゾー!大丈夫か!」
ヨシヒロが慌てた様子でミネラルウォーターを持ってきた。
「クソッ!油断したわ。でもどーして刺されたのが判った?」
当然の質問をヨシヒロにした。
「刺された?!急にビクッとしたあと顔が青ざめたからよ、何かあったのかと…大丈夫なのか?」
「へー、初耳。そんなんなるんだ。いつもバファリンか正露丸飲んで何とかなってる」
いつも一人で接続するのでそんな風になるのは知らなかった。
「それより帰るわ。ここの装備じゃ無理」
「ぁ…そうか。面倒だけどウィルスよろしく」
「おぅ!ウィルスは任せとけ!携帯は壊したら勘弁しろよ!」
「いやだ、なるべく携帯は壊れない方向で頼む」
「面倒くさいんだけど…」
ヨシヒロの部屋を出たケンゾーは自宅へ急いだ。 自宅についたケンゾーは土間を通り居間へ上がり、まっすぐ奥の書斎へ入った。
書斎は住宅の外観からは想像出来ないコンピュータルームだ。一年中室温管理され、停電時には自家発電に切り替わり、コンピュータが突然ネットワークから切断されることもない。
ケンゾーはマッサージチェアに座るとテーブルの上に投げ出してあるヘッドギアを拾い装着した。
適度な反発で座り心地が良いのでマッサージチェアを愛用している。
ヘッドギアは携帯用とは違い若干ゴツいが脳の微弱な電気信号をキッチリ拾ってくれるし、接続コードも多少太く、損失率を抑え、一瞬動きか遅れたりするタイムラグを軽減する。ヘッドギアをかけ、今日3回目の電子世界へダイブした。