客とクビ
いつの間にか寝ていてたらしく、起きたら開店時間を既に迎えようとしていた。
急いで準備しないと。
俺は用意を済ませて、事務室に行くとカエデさんは俺を待ってくれていた。
カエデさんに話しかける時には、既に店の開店準備間際だった。
「カエデさん、すいません。ギリギリになっちゃって」
「いいよ、じゃあ準備して」
随分とあっさりとしているな。
まあ俺がいなくても店に支障はきたさないだろうから別に良かったのかもしれない。
俺はホールに待機し、店が開店するのを待った。
女の子たちは既に控室で自分の出番が来るのを待っている。
今日もハルカさんに付く悪い虫は退治するぞ。
あ、せっかくのハルカさんとの開店前の会話も無駄にしてしまったな。
運命は決まってるからまあいいけど、勿体ないことをした気分だ。
「よーし、じゃあ開店するわ!」
カエデさんの締まりのある一言と共に店は開店し、今日の仕事が始まった。
昨日と同じならば、俺は雑用しているだけで済むのだがハルカさんのことを見ておかないと、どんな輩が近づいてくるかわからん。
さっそく多くの人が入店した。
どうやら、昨日のおっさんは来ていないようだな。
…今日もハルカさんには指名が入っている。
そりゃあんなに可愛かったら忙しいわな。
とりあえず何も起こらないなら洗い物でもしておくか。
「おい!この女、俺の服に酒零しやがった。どうしてくれるんだよ!弁償するか?あ?」
「すいません、すいません」
開店間もないのに突然大きな声がした。
声の方向を見ると、強面の男が泣いてる女の子に対してキレている。
どうやら様子を見る限り、男の服に女の子がお酒を零したみたいだ。
女の子は男に必死に謝りながら、零れた酒を拭いていた。
男の叫び声で騒然とする店を守ったのはカエデさんだった。
「申し訳ございません、お客様。こちらのお召し物は弁償いたします。お酒の代金も本日はいただきません。どうか残りのお時間をゆっくりとお過ごしいただけませんか?」
流石店長を務めているだけあるな。
突然の緊急事態も臨機応変に対応できるだけのスキルは持ち合わせているようだ。
「けっ、しょうがねぇ。だがこの女はチェンジだ。他の女を呼べ!」
「かしこまりました。只今別の者を呼んでまいります」
「いや、待て。あそこの女でいい。こっちにこい!」
男は他の客の相手をしているハルカさんを指差した。
ハルカさんに対してそんな怖い感じ出すのやめろよ、怖がっちゃうだろが。
「かしこまりました。ハルカちゃん、こちらのお客様の対応をお願い」
カエデさんは別の客を相手するハルカさんにこっちの男の接客をするよう促した。
「申し訳ございませんお客様。別の子が担当させていただきますので少々お待ちください」
ハルカさんは接客していた客に深く頭を下げながら謝罪した。
「いいよ、ハルカちゃんの事待ってるから」
こっちの客はどうやら民度が高い系の人らしい。
そうそう、こういう人なら俺も安心してハルカさんを預けることができるってもんだ。
「早く来い!」
ビビらせんな。ハルカさんは乙女なんだぞ。
しかし、女の子に責任があるとはいえ、こいつの言動なり行動は少々行き過ぎている面もある。
ハルカさんが指名された以上何かあったら俺が出て行く覚悟は既にできていた。
ハルカさんが移動すると共にカエデさん女の子たちの控室に消えていった。
文句の言っている男の事を女の子に伝えに行ったみたいだ。
誰が指名されても大丈夫なように。
俺の出番かと思ったがハルカさんにはまだ何もされていないので動けなかった。
ハルカさんは文句を言っていた男の席に座った。
「失礼します」
「おう、酒注いでくれ。さっきの女みたいにこぼすんじゃねぇぞ」
こいつわざと酒をこぼしてハルカさんを呼んだんじゃねぇだろうな。
先客があったからこういう方法でハルカさんを呼んだのかもしれない。
ハルカさんはそれほどに魅力的な女性なのだから。
ハルカさんは男の指示通り、酒を造り始めた。
「姉ちゃん、いい体してるな。俺と一緒にこの後遊ばねえか?」
男は酒を造るハルカさんの完成されたボディをジロジロと見つめながらセクハラまがいのことを早速かましてきた。
この店に来る奴らはこういう目的でしかハルカさんを見れねぇのか?
もしかして君たちは猿なのかな?
「ありがたいのですが、私、本日は閉店までお仕事しているので申し訳ございません」
「なんだ、つまらんねぇな。まあいい、今日は飲み明かそうぜ」
と言うか今思い出したけど、昨日の客とはヨロシクやってんのかな?
だとしたら結構俺的には痛い。というか悲しい。
「姉ちゃん、足きれいだな、スベスベだ。普段は手入れとかしてるのか?」
男のセクハラ行為はハルカさんの足を撫で始めるまで発展し始めた。
当然ハルカさんは嫌がっていた。
「申し訳ございません。このようなことをされては困ります」
「おいおい、俺は被害を被ってるんだぞ。もう少し丁寧に接客してもらえないだろうか」
俺は飛び出して、ハルカさんの足を撫でる手を掴んだ。
「お客様、当店はそのような行為は禁止となっております。ご不満でしたら他のお店をご紹介しますがいかがでしょうか?」
可能な限り力を入れて、こいつの腕をへし折ってやろうと思った。
「いってぇな。何しやがんだ、このガキ!この店はどういう教育をしてるんだ!客に手上げるなんて聞いたことねえぞ!」
あ?店員にセクハラする奴も聞いたことねぇよ。
「申し訳ありませんが、お客様こそどういった教育を受けてらっしゃるのでしょうか。ここは女の子と楽しく飲む場所でセクハラするお店ではございません。そういった常識は習ってこなかったのでしょうか?」
この世界の常識を知らないのは俺だけど。
「クソガキが、俺が誰だか知ってそんなこと言っているんだろうな!」
言いたいこと言いやがって。
いつまでもこっちが下手に出てるからっていい気になるなよ。
「知るか、クソ野郎。あいにく俺はこの世界では学がない方なんでね。あんたがどこの誰かは知らんが、うちの店の女の子に手出すセクハラ野郎ってことだけは知ってるよ」
気が付いたら俺は思ってることを全て吐き出していた。
強面だけどハルカさんに対してセクハラをした怒りが募っているのか全く怖いとは感じなかった。
「おまえ…ただで済むと思うなよ。いつか後悔させてやるからな」
「悪いが、あんたに出会ったことで既に後悔しているよ。これ以上後悔したくないからさっさと出ていけや!」
どうよ、ちょっと台詞はダサかったかもしれないけど、これでハルカさんと次の段階に進むでしょ。
気になってハルカさんの方を見てみたが、驚愕しておりそれどころではなかった。
「もういい、酔いがさめてきた。こんな店二度と来るかよ!」
「こっちから願い下げだ!」
そして、男は帰っていった。
正直あいつがいると店的にも迷惑なことは間違いない。
ハルカさんの前でカッコつけさせるためのNPCにしては上出来だったぞ。
ふと我に返り辺りを見渡してみると、店は騒然としていた。
そりゃそうだ、従業員が客に手上げたりしたら大問題だ。
殴ってはいないんだけどね。
いくら客の態度が悪かったとは言えあんな言い方したらもうこの店では働けないだろう。
カエデさんに今日言われたばっかりなのにどうしてあんなことしてしまったんだろう。
奥からカエデさんが出てきた。
「皆様、大変混乱させてしまい誠に申し訳ございません。騒動は収束いたしましたので引き続きお楽しみください」
流石店長を務めているだけあるな。
突然の緊急事態も臨機応変に対応できるだけのスキルは持ち合わせているようだ。
「遠藤君、ちょっと来てもらえるかしら」
「はい…」
まさかこんなに早く終わりが告げられるとはな。
この後どうして生活すればいいんだ。
ハルカさんエンドが無くなるのだけは勘弁してくれよ。
俺は店の外に連れていかれた。
当然のことながらカエデさんは神妙な顔つきで俺の行動について言い分でも聞いて来るのかと思ったが、そうではなかった。
「初めに一つ言っておくわ、ありがとう」
あー、お礼ね。オッケーオッケー。
まぁ、礼はともかく大事なのはこの後だ。
俺はこの先まだやっていけるのだろうか。
「こういうことは滅多にないんだけどたまにあった時は面倒でね。初めにボディーガードをしてもらうとは言ったけど、本当はそんなことは滅多に起こらないから雑用をしてもらう予定だったの。だからびっくりしたわ」
そんなことはどうでもいい。
俺が聞きたいのはこの店を続けられるかどうかだ。
突然家も職場も失ったりしたら俺にはもう行く当てがない。
「あの、僕はクビでしょうか?あんなことをしでかしておいてそのままというわけにもいかないのではないかと…」
意を決して直接聞いてみた。
どうせこの後クビを宣告されることは目に見えてたから。
「クビ?そんなこと全然考えていなかったよ、なんなら昇格させようかと思っていたわ。ここに呼び出したのはきちんとしたお礼を言いたかったからだよ。」
「え、クビじゃないんですか?」
「だから違うって。話聞いてた?」
良かった。
このままハルカさんと会えなくなるかと思ったけど、何とかそれだけは回避できたみたいだ。
「とりあえず今日はハルカちゃんとマイちゃんのフォローお願い。二人とも今日は帰っていいことにしたから事務室で遠藤君を待ってくれているわ。店の事は私が何とかするから」
マイちゃんって確かさっきのセクハラに絡まれた女の子か。
「はい。それとすいませんでした。せっかくカエデさんが穏便に済まそうとしてくれたのに」
「ううん、私も怖かったから助かった。こちらこそありがとね」
ちょっと涙目になってるし、本当に怖かったんだろうな。でも可愛い。
ハルカさんがいなかったら間違いなくメインヒロインになっていただろう。
でもごめん。俺にはハルカさんルートが待ってるんだ。
「どうしたの?私の顔じろじろ見てるけど…」
「いえ、何でもないです!」
おっと、ちゃんとしないとカエデさんに勘違いされてしまう。
君じゃないよ、これをしっかり伝えないと三角関係になってしまうからな。
「戻りましょうか」
俺は裏口から事務室に、カエデさんは正面玄関から店に別々に戻った。
事務室ではハルカさんと先ほどの女の子マイが座って話していた。
「あ、遠藤さん、ごめんなさい。私のせいであんなことになって」
セクハラされていた女の子マイちゃんが俺が入室したのに気付くと泣きながら俺に謝ってきた。
「いえ、マイさんは何も悪くないですよ。悪いのはあの客です」
「あの…遠藤さん。かっこよかったです…」
小柄で可愛らしい雰囲気、いかにもキャバ嬢という感じの女の子にかっこいいと言われれば普通に嬉しい。
しかもちょっと顔を赤くしてどうしたどうした。
人生初のモテ期ってのが俺にも来たか?
「また、何か困ったことあればいつでも言ってください。俺にできることなら何でもします」
ここはクールにかっこつけながら。
「はい、じゃあ私は失礼します。明日もよろしくお願いします」
「お疲れ様です」
マイちゃんは嬉しそうに俺に感謝を伝え、帰っていった。
まあマイちゃんだけでなく、この店の女の子はみんな可愛い。
というか女の子はみんな可愛いもんだ。
免疫がない俺にとっては耐えがたい時もあるが、今はそれどころではない。
さあいよいよ来ました。ハルカさんとの二人っきりトークが。
仲を深めるにはまたとないチャンスだ。
「ねぇ、遠藤君」
「はい」
ハルカさんの方から話しかけてくれた。
店ではエンデューって呼ばれてるから新鮮だ。
呼び方なんて何でもいいけど。
「ああいうことは危ないからやめてね。私一人でも何とかなったから」
「はい…」
「でも、助けてくれたことは嬉しかったわ。ありがとう」
「いえ、とんでもないです」
カエデさんが言ってたように、前からこういうことがあったから我慢することに慣れてるのかな?
だけど、大丈夫。俺が来たからにはもうハルカさんにあんなことはさせねぇ。
「そういえば一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん?何でも聞いて」
ひとまず昨日の一件について聞かなければならないことがある。
ハルカ、俺は浮気は許さないよ。
「昨日のお客さんと話している時に『家に行く』とか言っていましたよね?本当に行ったんですか?」
「あー、あれはね冗談なの。そういう彼女みたいな会話を楽しみたいって前に言われたことがあってね、本当に行くのはお店的にNGなんだけど会話だけ楽しむだけならいいってことでカエデさんにも許可もらって楽しんでただけ」
紛らわしいよ!
でも、これに関してはハルカさんは悪くないかな。
悪いのは、昨日の自分の話がいかにも世界一面白いみたいな感じで話していたおっさん(以下世界一おじさんと呼ぶ)で、ハルカさんはあいつの気持ち悪い性癖に付き合ってあげてただけなんだから。
「そうだったんですか。びっくりしましたよ。入った初日にそんなこと言ってたのでそういうお店かと思っちゃいましたよ」
「そんなにほいほいついて行かないわよ!」
あれ?なんかちょっと怖くない?大丈夫?
ワニみたいな目つきしてますけど…
「安心しましたよ…」
「私の事心配してくれたの?」
当たり前だ―。
あなたは俺の将来を約束された人なんだからな!
こんな言い方をしては世界一おじさんと一緒になっちまうので、とぼけたふりをして返そう。
「ん?そりゃやめられちゃ困りますからね」
「ふーん、そっかぁ。まあ何でもいいけどね。じゃあ私は帰るね」
あ、もう終わり?
もしかして僕の話面白くなかったですかね?
まあ初めはこんなものだろう。
ここで「行かないでくれ」とか余計なことを言ったら嫌われてしまいかねない。
「お疲れさまでした」
俺は丁重に見送ることにした。
ハルカさんは荷物を持って、事務室裏口から帰っていった。
初めての二人っきりトークで俺も少し緊張はしていたけど、ハルカさんと話せているだけで楽しかった。
容姿と雰囲気で好きとか言ってたけど、どうやら中身までも好きなようだ。
これは間違いなくハルカさんがメインヒロインに違いない。
といつまでも一人事務室に座りながら考え事をしていても仕方ないので店に戻ることにした。
いや待てよ。問題を起こした奴がまた出てきては客も嫌だろう。
今日のとこは大人しく部屋に戻って寝ることにした。
あ、勿論風呂とか入ってからね。
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