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第三話 若者のファッション その1


・病に似た呪い


ヴァンパイアに噛みつかれると、そのヴァンパイアが模した動物から連想される病気のような症状の呪いが発動する。

数分のうちに症状が進行し、その後数日をかけて治癒に向かう。しかし、抗血清などは効かず、咳止めや解熱剤などは効くものの、抗生物質には効果がない。インフルエンザなどは比較的治癒しやすいが、エボラ出血熱や狂犬病などに似た呪いにかかると非常に死亡率が高い。

また、寄生虫やプリオン等を原因とする病気は、本来一生治癒しないはずだが、病原体ではなく呪いによってもたらされる体調不良であるためか、こちらも数日で治癒に向かう。


上記のことからわかるよう、狂犬病の原因となる犬や狼、ペストの原因となるネズミ、肺炎やエボラ出血熱の原因となるコウモリなどは特に噛みつかれると死亡率が高い。半面、猫など目立った病気がないヴァンパイアに噛まれても死亡率は低い。



この呪いに耐性があるのは、4人に1人ほどの割合で存在するヴァンパイアの因子がある者か、350人に1人ほどのシルバーブラッドのみ。4分の3ほどの人間は死に至る可能性もある。

ただし、ヴァンパイアもシルバーブラッドも、体調が悪い時や数人に噛みつかれた時などは呪いにかかることがあるが、ヴァンパイアの因子を持たないものほど深刻にはなりにくい。


令和一一年、五月


「なぁ、ハイネ。明日は俺とちょっと街に出ないか?」

「……なんで?」

 朝から夕方までの仕事が終わり、近所のおばちゃんからもらったカボチャの煮つけと豚の生姜焼きを食べながら、カツミはハイネを誘う。

「副業の件だ。結構前からなんだけれど、ヴァンパイアでもないのに首輪をつけてるやつを見かけるようになったろ? その件で取材を行いたいんだ……で、シルバーブラッドでSilver Bullet広報部の名刺持ちの俺……だけでも、身分とかそういうのはきちんと証明できるけれどさ。やっぱり、女のほうが警戒もされないし、ヴァンパイアとセットのほうがいろいろ話も弾むと思うんだよなって思ってさ……」

「ふーん……まぁ、私も一人で街を歩いているときに、シルバーブラッドの男が話しかけてきたら……警戒しちゃうかも。ちょっとカツミ、どうやって話しかけるかやってみてよ?」

 ハイネはカツミの言葉の意味を半分ほど理解し、その感覚に間違いがないかを確かめるべく、カツミをけしかける。

「すみません、わたくしこういうものなのですが……少し、お話をよろしいでしょうか? 飲食代などはこちらで持ちますので、近くの喫茶店でどうでしょう?」

 カツミは名刺を渡す演技をする。それに対するハイネの反応は……

「……うーん、なんかその、私は昔モモカさんに言われたんだけれどさ。『ヴァンパイアの女性は心が弱ってるやつが多いから、そのスキに付け込んでくる奴に気をつけろ』って言われたんだよね。いや、モモカさん曰く、ヴァンパイアの女は簡単にヤレるって……こいつ、もしかして私とヤレると思ってるんじゃねーの? 特にシルバーブラッドがヴァンパイアにナンパとか、あからさますぎるって。ちょっとイケメンだからってシルバーブラッドならヴァンパイアにモテると思って体狙ってんじゃねーぞ……?」

 ハイネはカツミのことを露骨に警戒するような態度をとって、酷い暴言を叩きつける。

「……って、なるな。一時期、私も男に対して……特に、シルバーブラッドを名乗る男に対してかなり疑心暗鬼になっていた時期があるからわかるよ。確かに、シルバーブラッドの男がそんな風に取材をも持ち掛けてきたら警戒させちゃうっしょ?」

「いや、まぁ……今回はヴァンパイアじゃなくってヴァンパイアと同じファッションをしてる人への取材なんだけれどね……」

「あー、そっかぁ。でも、それはそれで……『あ、私本当はヴァンパイアじゃないんで……すみません』って言って取材を断るかな。まぁ、もちろん、普通に取材をホイホイ受けちゃう奴もいるだろうけれど? 出来れば、いろんな層から取材をしたいだろうしなぁ」

「だろ? わかるよな、ハイネ」

 ハイネに自分の懸念を理解してもらえたカツミは嬉しそうに身を乗り出した。

「で、お礼は当然あるんだろ? さすがに無料でさせるつもりじゃないっしょ?」

「常識的な範囲でなら何でも言ってくれ、頼みを聞くよ」

「じゃ、サンシャイン水族館に連れてってくれ。一人じゃ行きにくいんだよね、あそこ……」

 ハイネはそう言って力なく笑う。

「人の多いところをヴァンパイアが一人はなぁ……結構視線もきついだろうしな。あぁ、でもそんなんでいいなら、いくらでも。飯もおごるよ、ハイネ」

「りょーかい、恩に着るよ」

 こうして、二人は明日の休みの予定が決まる。夕食を食べ終えたカツミは、ハイネの飲みに付き合わされないうちにさっさと自分の部屋に戻り、次回の記事の序文を書き記す。

『近年、若者の間にヴァンパイアが装着しているそれを模した首輪をファッション感覚で装着する若者の姿が都会で見受けられる。今回の記事は、なぜ若者がそのようなものを身に着けるようになったかを、現地取材から読み取ろうと思う。』

 うーむ、これじゃ単純すぎるだろうか? そんなことを考えつつも、推敲は後にしてカツミは書き続ける。とりあえず、こういうものは書いて完成させることが大事なのだ。修正するのは編集者や上司に見せる前はもちろん、見せた後でもなんとかなると、カツミは思いつくままに文章を書き続けた。



 そして翌日。ハイネは予想通り寝坊していたので、朝食を用意して彼女の部屋に押し入った。物音に気付いたハイネは寝室からトイレ、洗面所、食卓の順番で巡り、ようやくカツミにおはようのあいさつをする。

「おー、朝食の準備ありがとねー」

 前のボタンを開き、パジャマの間から肌着が見えたままハイネは言う。カツミが自分に手出ししてくることなんてないと、信じていなければこうまで無防備にはなれまい。

「ま、今日は頼む立場だしな」

 二人は軽い朝食を生ませると、普段着に着替えて池袋の町へと繰り出した。

 そのハイネの普段着というのも、かなりゆったりとしたワンピースだ。休日と言えど、二人はあくまでシルバーバレットの一員。出動義務はなくとも、もしもヴァンパイアが発生した際に近くにいるのであれば、出動要請が下ることも珍しくはない。そんな時にヴァンパイアに変身した際、体系変化が激しい場合は服が伸びたり破けたり、逆に地面を引きずったりしてしまう。ハイネは、変身した際ネズミになってしまうことを考慮した結果、ワンピースに落ち着いたのである。

 ハイネは化粧で目元の傷を隠し、伊達メガネを身に着け、仕事用のスマホと個人のスマホを二台持ちにし、肩掛けバックを下げる。首輪には斧の形のアクセサリーをつけ、準備完了だ、

 一方カツミは、ジーパンにTシャツ、そして黒のアウターを羽織り、首にはシルバーブラッドの証明書が入ったネームプレート。そして背中にはカメラと予備のレンズ、名刺やバッテリーなどが満載されたリュックサック。そして右手中指にはオニキスの指輪。ファッションに色気を出すつもりはなさそうだ。

 カツミの恰好はデートだったらもうちょっとましな格好をしろと指摘するところだが、ある意味このダサい恰好は、女に話しかけてもナンパ目的じゃないとわかっていいのかもしれない。


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