その4
下りも、上りと同じくらいの、歩きのペースであった。多少疲れは残っていても、重力に逆らう必要がないために行きよりはずっと楽である。とはいえ、下りは足を踏み外すと一気に転がり落ちやすいため、油断は禁物だ
「槍の頭で 小キジを撃てば♪ 高瀬と梓と 泣き別れ♪ ランラランラン ランランランラン……」
研修生は引き続き歌を歌わされているが、持久力のない者にそこまでの気概はすでに残っていなかった。集団の中で一番体力がなかったアサヒは歌っている余裕はなかったものの、何とか最後までついていくことはできた。先ほどモモカに使い物にならないといわれたハイネは、頑張って最後まで歌いながら研修所までたどり着くが、そのころには疲れ果てていたのか、研修所にたどり着いた矢先にすぐに地面に座り込む始末であった。
「さて、今日の運動は軽く済ませただけだったが、それでも人によっては疲れただろう? まぁ、この程度じゃ疲れなくなるまで頑張ろうか」
シュウイチは、この程度で音を上げる奴は戦力外だといわんばかりの態度で言う。ただ、『人によっては』という言葉はまさにその通りで、涼しい顔で最後まで歌い切ったものは少なくない。
「これより研修生はシャワーを浴びて体を清潔にし、その後食事。さらにそのあとは二時間半の昼寝の時間をとる。そこでしっかりと英気を養い、起きた後は座学に移らせてもらう。皆、休むことも訓練の内と考え、しっかりと眠るように」
「特に、今日の楽な訓練でばてていたやつはしっかりと休め! スマホをいじったり世間話で時間をつぶすんじゃないぞ!」
モモカがきっちり休むように念を押す。そうして、一日目の体力作りが終わった研修生たちは名札付きのジャージを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びてから食事タイム。明日の訓練まで服装は自由である。
食事はビュッフェ形式で、お代わりは自由である。空腹の研修生たちがどれだけ食べても大丈夫なように量は十分確保されているし、日付が変わるまでは冷蔵庫に残りを確保してくれるという。アサヒは疲れているせいかあまり食事が喉を通らなそうな体調だったが、食べなきゃ太れない、太らなければ体力も付かないと言われたことを思い出し、今まで食べたことのない量を山盛りにしていた。
思ったよりも美味しくて夢中になって食べてしまったアサヒだが、いかに美味しかろうと、胃袋に詰め込める量には限界があった。
「大丈夫? あなたも、私と同じで体力なさげみたいだけれど、若いし成長期だし、でも、食べ物は無駄にしちゃいけないっしょ?」
そんな彼女を気にかけていたのは、同じ女性ヴァンパイアのハイネであった。アサヒは突然話しかけられて体をこわばらせるが、ハイネは気にせずに話しかける。
「ま、でもどうせここで食べられなかったものは廃棄されちゃうかぁ……あー、まぁ、そんなことはともかく、もし食べきれないなら私が食べるよ」
「ん……お願いします」
「君、喋るの苦手? 何も言わずに料理をとって、何も言わずに食べ続けてるし……残しそうになっても無理して食べちゃって……こういうのは、最初は普通目に盛っておいて、あとでお替りすればいいんだよ。ほら、あそこの男連中みたいに……やっぱり男はよく食うなぁ……はは」
ハイネは配膳台に群がる男たちを指さす。
「それにしても、野菜少ないんじゃない? 肉もごはんも大事だけれど、女の子ならきちんと野菜食べなきゃダメっしょ? お肌とか髪にしわ寄せが行っちゃうよ」
「太れって、教官のモモカさんに……」
「痩せてるもんね。でも、食べ過ぎたら苦しくなっちゃうし? 私が代わりに食べたげるから」
「……ありがとうございます」
アサヒはハイネに目を合わせることなくお礼を言う。内気な子、失礼な子。この子を責める言葉はいくらでも浮かんでくるハイネだが、15歳の子供ならば、たとえヴァンパイアであっても家に置いておくのが普通の親というものだ。中学を卒業した時点で追い出したのか、自分から飛び出したのかは不明だが、どちらにしろまともな教育を受けられなかった……どころか、親から虐待を受けていた可能性すらある。
すぐに仲良くなることはできないだろうな、とハイネは理解する。
「あなたは素直でいいね。女の子って痩せてりゃかわいいって考えてる子もいるけれど、女の子はちょっとくらい太ったほうが男子にも人気だし抱き心地もいいし……太れって言われて怒らず、太ろうと思えるあたり、あなたは人の言葉を聞けるいい子だよ」
「そうです……か?」
「そうだよ。人の言葉をいちいち否定するようないけ好かないやつもいるんだよね。アドバイスってかならずしも役立つものばかりじゃないから、何でも鵜呑みにしちゃいけないけれど、やっぱり基本的には人のアドバイスをきちんと聞いてくれるほうが印象はいいよな。
でさぁ、逆に私はちょっとお腹がだらしなくなりすぎてたからちょっとは痩せたほうがいいかも……なんて思ってたんだけれどね。でも、これは食べるの我慢してたら体が持たなそうだわ……今日の運動ですら軽い訓練扱いみたいだし、明日からはもっと厳しいってことっしょ? やばいよねー」
「食べないと、ですね。じゃないと、骨と皮だけになっちゃいそうです」
「そ、私もダイエットしようかと思ったけれどやめて、食べることにする。貴方も引き続き食べなきゃ……だけれど、次からは野菜もね? 偏食は体に悪いっしょ? あと、そうだなぁ……箸の持ち方も、直したほうがいいかもねぇ……」
ハイネはアサヒに微笑みかけて、彼女と自分のトレーを交換する。お代わりする手間は省けたが、やっぱり野菜が少ないな……ま、子供だものね、と納得してハイネは平らげるのであった。
名前:三上 康介
分類:ヴァンパイア
性別:男(♀)
年齢:令和11年時点で26歳
備考:24時間営業のスポーツジムにてトレーナーを行っていた。筋肉大好きで、健康のためにも美容のためにも筋肉を推すなど、見た目通りの性格ではある。ただし、鍛えるために何が重要かをきちんと理解しており、その気になれば食事指導やトレーニングメニューの提案などもできるなど、頭は悪くない。
女性は筋肉をつけたほうが美しい、というのが信条だが、アサヒのようなガリガリに痩せた女性にはまず脂肪をつけさせたがる。
変身した時の姿は狼の♀。実は一度だけかなり苦労して変身したことがあるのだが、その時は思わず見ほれるくらいの美形で、鏡で眺めたり写真に撮ったりしていたとか。
名前:前田 文也
分類:シルバーブラッド
性別:男
年齢:令和11年時点で23歳
備考:小学校から大学までサッカーをやっていた男性。高校まではプロを目指していたものの、強豪校にはまるで歯が立たずに挫折し、趣味でやる程度にとどめていた。大学を卒業後はつまらない営業職に就いていたが、近所の人がヴァンパイアになってからふさぎ込んでいるのを見て、自分にも何かできないかと悩んだ結果、Silver Bulletに入隊することを決める。実は重度のケモナーで、下心がないわけではない。
特撮が好きで、ヒーロー好き。テレビの中の人物ほど格好よくはなれなくとも、ヒーローになることを目標としており、訓練の一環で幼稚園に訪れたときは、積極的に子供と遊べるくらいにはノリが良かったりする。