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その3


「十分休んだので上ります……頑張ります……」

 アサヒはまだ目が虚ろで、足も震えている。それでも、呼吸だけは整ってきたので、立ち上がって上を目指そうとする。

「それしか言わないね、君」

 立ち上がるアサヒの言葉にカツミは苦笑してついていく。先ほど目が合った二人はすれ違うまで待っていて、カツミとすれ違うあたりで自身も登り始める。

「あんた、名前は?」

 筋肉モリモリのヴァンパイアの男がカツミに問う。

「神谷克己です」

「そうか、私は三上みかみ 康介こうすけ。24時間営業のジムでコーチやってたんだが、帰りにヴァンパイアに襲われてな。それでこのざまだ……冬はいいが、夏はこいつのせいで暑くてかゆくて仕方がない」

 コウスケは首輪を撫でながら毒づく。

「だが、見ての通り体は鍛えているからな。せっかくだし、この逞しい体を活かしてみたいと思ったんだ。Silver Bulletに入ればヴァンパイアの体も活かせるしな」

 言いながらコウスケは力こぶを作る。わかりやすいくらい、筋肉にこだわりのある人なのだろうが、悪人ではないようだ

「へー……お兄さん立派ですね。変身した時の種族は? あ、俺は前田 文也まえだふみや。大学までサッカーやってました、スタミナには自信あります」

 フミヤは言うなり、ペコリと頭を下げる。四大を卒業した年といったところだろうか、シルバーブラッドでなければ、今頃普通の職場で汗を流していたのかもしれない。

「私の種族はあれだよ、狼の女なんだ……一度、シルバーブラッドの知り合いの監視付きで変身したことがあったんだがなぁ……変身すると性別変わっちまうんだ。すごく恥ずかしい気分だったぞ……」

「まじっすか!? あぁ、でもいいじゃないですか。狼って一番人気のある種ですし、S級Silver Bulletの『エース』ではレッド、『ブレイブ』では追加戦士のシルバー、『チャンピオン』でもブルーって感じで、すごく優遇されてますし!」

 フミヤは三年前から日曜日の朝に放映され始めた、ヴァンパイアを主役にした特撮を例にして興奮した面持ちだ。

「あぁ、私は特撮を見てないんだ……すまんな。でも、確かにキャラクターのビジュアルは見たことあるぞ。狼は三作品全部に出てたな」

 そうして、種族の話になったところで、三人は息も絶え絶えに歩いているアサヒのほうを見る。

「お嬢ちゃんは? 自分が変身したときの種族は知ってるのか?」

 コウスケが尋ねると、やはりしゃべる気力もないのだろう。

「猫のメス……黒猫」

「おお、こりゃまた人気のやつ。ネコは女の子受けがいいから、エースじゃピンク、ブレイブではホワイトでどちらも女性、チャンピオンでは戦死した伝説の男性戦士扱いされていたな……メインでは出てきていないが」

 フミヤはアサヒが変身した時の種族を聞いて興奮気味に話す。

「前田……お前、やたら特撮に詳しいな……毎回見ているのか?」

 興奮気味に話すフミヤにコウスケは笑いながら訪ねる。

「えぇ、もちろん。前作と前々作は、ヴァンパイアになっただけの素人に毛が生えたような奴だったから役者の質が低かったんですけれど、今作からはみっちり指導が入ったヴァンパイアが演じているからまじアクションに磨きがかかってるんですよね。特撮好きの俺も、三作目からは納得の演技力です。戦隊にもバイク乗り、プリティでキュアキュアな女の子にも負けてません!」

 どうやら、フミヤはSilver Bulletとか、そんなことは関係なしに特撮好きらしく(特撮じゃないものも入っているが)、それゆえ詳しいということらしい。こんな訓練の最中に熱く語られるとは思っておらず、コウスケもカツミもわずかに引いている。

「熱く語るのはいいが、知らない人に語ったところで何も響かないぞ? 私にはちょっとなぁ」

 何を話しているのかほとんどわからないコウスケはそう言って愛想笑いをするしかない。

「まぁ、俺も毎週録画して見てるけれど、確かにそれは感じるなぁ……ヴァンパイアでプロの役者なんて奴はめったにいなかったけれど、今はヴァンパイアから役者を育ててるから……演技力が上がってるってのはたしかみたいだね」

 話に付き合えるカツミはフミヤと言葉のキャッチボールを続けるが、彼もフミヤのがっつきぶりにはすこし気おされ気味である。そうやって世間話をする余裕がある三人と、それを聞くことすら満足にできていないアサヒ。温度差が激しい。ただ、アサヒが疲れて立ち止まったときは、三人とも申し合せるでもなく立ち止まって彼女のことを気遣った。そうやって、やっとのことで神社までたどり着いたときはもうへとへとで、アサヒは神社にお参りする前に石畳の上に大の字になって休む。

「全員たどり着いたか。今まで一度だけ、一人諦めたことがあったんだ。ふふ、今回はお前が一日目で脱落すると思っていたが、ちゃんと着いて来てくれてうれしいぞ……名前は、檜山朝日か」

 疲れ果てた様子のアサヒを見下ろし、モモカは微笑んだ。

「……あんた、すごく苦労してるんだろ? すごく痩せてるし、体も小さい。大変だとは思うが、最後まで訓練について来てくれるか?」

「ついていきます……私はもう、どこにも行くところがないですし」

 自分に言い聞かせるかのように、アサヒはモモカの問いに答える。モモカは満足そうだ。

「よし。今日からは飯を腹いっぱい食うんだぞ。女に太れなんて言うのはあまりよろしくないが、お前は太れ。まずは太れ。それからだ。太りすぎは良くないが、お前はもうちょっと太ったほうがかわいくなるし、強くなるぞ」

 言っていることは間違いない、とその場にいる者たちは思う。だが、『もっとうまい言い方はないのか!?』というのはだれもが思うところであった。


「あー、あれだよ、アサヒさん」

 ちょっと言い方が悪すぎやしないかと思い、その場にいたコウスケがフォローに入る。

「脂肪をつけないことには筋肉も付きにくいし、筋肉も脂肪もないと、女性は見た目がみすぼらしいだけじゃなく、力はもちろん持久力もないし、体力の回復力も衰えるし、生理不順とか肌や髪などにもダメージが入るし……要は、飯と運動と睡眠はたいていの問題を解決するってことだ。ま、モモカ教官ほど鍛えろとは言わんが、鍛えておけば人生が豊かになるぞ」

 コウスケがアサヒに熱く語る。元々はスポーツジムのトレーナーだけあって、栄養指導までできるのかもしれないが、途中から何か別のことを言っているような気もする。しかし、話の腰を折るのも何なので、カツミ達はつっこみを入れることはしなかった。

「ともかく、そんなに痩せていちゃ、今体力がないのは仕方ないさ、とりあえず、飯をきちんと食ってよく寝ていれば体力も付くし、見た目も良くなるから頑張ろうな? 何なら私が体重を増やすためのアドバイスもできるから、困ったときは聞いてくれ」

「……はい」

 コウスケの言葉をどれだけ理解できたかはわからないが、励まされているのは理解しているのだろう、アサヒは笑顔で頷いた。しかし、こんな痩せた子が研修生として研修に参加した時に、スポーツジムのトレーナーが同じく研修に訪れるとは、まさしく運命的な出会い、不思議な縁もあるものであると、カツミは老夫婦でも見るかのように二人のことを見ていた。


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