その4
一方、カツミは犬型ヴァンパイアを確保したことを連絡する。
「あー、Silver Bullet本部ですか? こちらB級隊員の神谷 克己と鳥羽 灰音。池袋で発生したヴァンパイアの鎮圧に成功。血の匂いは無し、他者への加害の可能性は低いと思われます。周囲の緊急事態を解除されたし。ほかの隊員がもしも外に出ているようならば、労ってあげてください」
「了解、池袋周辺の緊急事態宣言の解除を宣言します。事態の解決に尽力いただき、ありがとうございます」
「どうも。変身したヴァンパイアのほうは、検査と聴取をお願いいたしますので、現在地を……えっと、池袋の……はい、近くにフェアリーマートがあります……はい、では……」
Silver Bullet本部とのやり取りが終わり、カツミはため息をついて、犬型ヴァンパイアだった男性へと声をかける。
「大丈夫ですか? 誰も怪我をさせていないようで良かったです。変身が始まっても、理性を失わないように堪えていたんですね」
「は、はい……どうも……」
「元気ないなぁ……誰も怪我していないんだからしょげるのは無しっしょ? ちょっとめんどくさい聴取が待っているけれど、罰金とかもなくて、今日中に家に帰れるはずだから、とりあえず今のうちに家族とかに連絡しときなよ。ほら、初めての暴走の時は怖くても、二回目からは怖くなくなるって。もうあんたは同じようにヤクザとの喧嘩に出くわしてもヴァンパイアにならない……そう前向きに考えようぜ?」
ハイネはまだ変身した、ネズミの姿の状態でにっこりと笑いかける。と、言っても変身したヴァンパイアの表情の変化に慣れていないと、これが笑顔とは認識しづらいが……声色からは笑顔だとわかるだろう。自分が他人を傷つけてないか、何か事故なんか起こっていないか、そんなことを気にしていた男性もハイネの言葉で心底安心したらしい。
彼は起こした上体を再び寝かせて、今度は本当に星を見ている。まだヴァンパイアに変身した影響の疲労が残っているようだ。
「ありがとうございます、本当に」
「お礼を言ってくれるのはありがたいですが、もう緊急事態は解除されたから、そのうちここにも車も来ちゃいますよ? 座り込むのならせめて道の端に行きましょう」
カツミはそう苦笑して、シルバーブラッドから派遣される迎えを待つことにした。
◇
シルバーブラッドと警察は連携しており、彼を迎えに来た車両はパトカーであった。先ほどまで変身していた人は犯罪者ではないので手錠はかけられないし、パトカーが向かう先もただの交番で、聴取はパソコン越しにSilver Bulletと行われるテレビ電話だ。ハイネの言う通り、事情聴取は面倒だが罪を問うようなものではないし、それが終わりさえすれば、彼は今日中に家に帰れるだろう。
彼が変身したきっかけは前情報通りで、中国人と暴力団のいざこざに巻き込まれる形で、顔から血を流した中国人が逃げていくのを見ていたら、それを追う暴力団に邪魔だと大声で怒鳴られ。突き飛ばされた。それで心臓が跳ね上がった結果、変身が始まってしまったということらしい。
「まーったく、それで、ヴァンパイアに変身させた張本人のヤクザは知らん顔ってわけか。全く、ろくでもねえな。任侠映画みたいな渋くて筋を通せるヤクザはもういないんだな」
「だな。悪いやつはいつも野放しだ。今回は事故だから何とも言えんが、謝罪の一つでもしたらどうなのかね」
家に帰って夜食を取った後、カツミはハイネの飲みに付き合っていた。ハイネはオクラ、イカ、納豆、トロロ、ワサビ、海苔、ネギを混ぜ合わせ、酢と醤油とごま油で和えたものをスプーンでつまみながら酒を飲んでいる。変身すると嗅覚がよくなって食事がおいしいから……と、ハイネはネズミの姿になって酒を飲むのが大好きだった。
放っておけば暴走の可能性もあるので、それを防ぐためにも今日は酒盛りに付き合って一緒にいなければならないらしい。
なんでも、ヴァンパイアの感覚は、人間と動物のいいとこどりらしく、人間のように色や味を認識し、かと思えば猫型のヴァンパイアは夜でもはっきりと物が見え、蝙蝠型のヴァンパイアは聴覚において右に出る者はいない。変身許可認定タグがあれば、私有地での変身は自由に行えるので、Silver Bulletに所属するヴァンパイアは自宅で変身して生活する者は珍しくない。変身したまま瞑想したり食事をしたり、オンラインゲームで無双したりなど、逆境をバネにして人生を豊かにしているのだ。
だけれど、シルバーブラッドの血液を飲んで正気でいられる時間は訓練し、特定の血液が体に馴染んだ者でも活動状態で10分から12分ほど。落ち着いた状態で20分から60分ほど。それを過ぎると、訓練したヴァンパイアでも自分の意志だけでは人間に戻れなくなってしまう。
血液を飲ませなくとも、シルバーブラッドの体臭を感じたり、物理的な接触をしたり、体液を摂取し続けることで変身は抑えられるが、暴走までは抑えられない。暴走の時間も一緒にいることで引き延ばすことはできるが、それはつまりカツミがハイネの近くにいなければならないということ。ハイネが先ほど採取した予備の血液を飲んで人間に戻るところを見届けるまでは、カツミは飲みに付き合わされることになる。
カツミは一人で部屋に帰って副業に集中したいのだが、今日はハイネの部屋でノートパソコンを叩くしかないようである。すでに酔ったハイネの絡み酒に何度も邪魔されているし、宅飲みだとハイネはたまに下着姿になるまで脱ぐから性質が悪い。
これ以上話しかけられたり、あられもない恰好で気を散らされたりと、副業を邪魔されないよう祈りながら、カツミは彼女と同じ部屋でノートパソコンを叩くのであった。
名前:神谷 克己
分類:シルバーブラッド
性別:男
年齢:令和11年時点で22歳
備考:Silver Bulletで活動する青年。高校生の頃は写真部という名前の登山部で、高卒で就職してからもよく山登りに行っていた。
右中指にオニキスの指輪をつけている。
名前:鳥羽 灰音
分類:ヴァンパイア
性別:女(♀)
年齢:令和11年時点で24歳
備考:大酒のみの女性。酔って帰った帰り道でヴァンパイアに噛みつかれて自身もヴァンパイアになる。その時転んでしまって付いた傷が目立たないよう、伊達メガネでごまかしている。
店で飲むときはなんてことないが、家で飲むときは無防備になる癖があり、カツミには厄介がられている。首輪には両手斧のチャームをつけている。大卒で事務仕事に就職したが、ヴァンパイアになってからいづらくなって実家にしばらく引きこもっていた。