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その3

 とある平日の朝。今日は夕方から深夜までのパトロールのある日の朝がた。

「はい、今日もお仕事頑張ってね」

 カツミは首輪をつけた男性、菱田と握手を行う。ヴァンパイアとなってしまった人間は、普段こそ普通の人間のように暮らせているが、時間経過によって徐々に獣化しやすくなるために、定期的にシルバーブラッドとの身体的な接触が必要となる。

 『身体的接触』とはいっても、牙や角、体毛が生える、骨格が変わるなど、変身が始まってしまうと、血液を摂取すること以外で暴走を止めることは不可能だが、変身途中でもなければシルバーブラッドと握手をするだけでも一週間程度は大丈夫である。そのため、近所にシルバーブラッドの人間がいるなら、1週間以内に一回握手。それだけで構わない。そういったことを気軽に頼める知り合いがいない場合はしかるべき公的機関に所属するシルバーブラッドとの接触が必要となる。当然、遠出する必要があるため非常に面倒くさく、シルバーブラッドとして生まれた者は(と、言ってもまだヴァンパイアが発生してようやく10年経ったところだが)、近所にヴァンパイがいれば自然と頼られるようになる。

「いつもすみません、カツミさん」

「いいんだよ、これもシルバーブラッドの仕事だし」

 予定が合う日は、こうやって近所のヴァンパイアに頼られることも多く、それは彼の言葉通りカツミに限ったことではない。時間を合わせる手間はあるものの、握手をしてからヴァンパイア用の首輪についたスキャナーに自身のネームプレートをかざし、マイクロチップで認証をする。これだけで感謝されるなら安いものである。

「それじゃ、次は四日後に」

 近所に住む男性の首輪についたタイマーはリセットされ、167時間59分の表示となった。

「あ、神谷さん。これ、実家から届いたお菓子です。後で食べてください」

「おお、いいねぇありがたい……あとでハイネと食べるよ」

 シルバーブラッドとして、ヴァンパイアの人によくしていると、大体がこんな調子である。ヴァンパイアの面倒を見ているシルバーブラッドはよっぽど人当たりが悪くなければ感謝され、お土産なんかも貰えたりする。もっとも、Silver Bulletに所属するカツミとハイネの場合は、そんなものでは済まないくらいに贈り物をもらうのだが。


 夕方となり、出発の時間。カツミとハイネは黄緑色の制服をまとい、カツミはシルバーブラッドの証明書が入ったネームプレートを首から下げ、腕にはSilver Bulletの腕章をつける。

「ハイネ、そろそろ行くぞ」

「オッケー。今日はお仕事ないといいな」

「ホント、暇が一番だ」

 二人はそんなやり取りをしながらバイクに乗り込み、池袋東口、サンシャイン通り周辺へと繰り出した。通常は、一週間以上普通に暮らしていてもヴァンパイアが獣化してしまうことはない。しかし、恐怖や怒り――科学的に言えばアドレナリンが出るような興奮した状況で獣化が促進されやすい。

 例えばそれは怖い男に絡まれるとか、目の前で事故や爆発が起こったとか、地震や雷、野生動物が原因で恐怖を感じることもある。とはいえ、普通に生きていればそんな恐怖を感じるような出来事にはなかなか遭遇しないものであるし、それがヴァンパイアともなればなおさらだ。普通の人間は、ヴァンパイアを相手に喧嘩を売ったりはしない。変身されでもしたらたまったものではないからだ。

 だが、母数が多くなれば、時にそういったトラブルに逢ってしまった者が偶然ヴァンパイアだったということも。ありえない話ではない。例えば交通事故。事故の当事者でなくとも、目の前で人が死ぬような大けがを負ったとなれば、それが極度の興奮を生み出したとしても不思議ではない。それが大都会ともなれば……


 二人はバイクをゆっくりと走らせながら移動する。彼らの仕事はヴァンパイアに変身してしまった人間を取り押さえ、シルバーブラッドの血液を飲ませること。それもヴァンパイアがいなければ暇なものだ。だが、消防や軍隊は暇なほうがいいように、カツミとハイネは退屈に嫌気がさしながらも、暇であることを感謝しながら街をぶらつき、夕食の時間になったら食事をとる。

「あー……ピザ食べ放題行きたい」

「それは明日からな……というか太るぞ?」

「ヴァンパイアはカロリー消費人間の4倍以上だから大丈夫っしょ」

「10分変身してても1時間分にならないぞ」

「明日はジムで訓練だから1時間以上運動するし」

「はいはい」

 歩行者天国をバイクを押しながら歩き、ハイネは食欲を発揮した言葉を繰り返す。焼肉に行きたい、ピザ食べ放題行きたい、スイーツ食べ放題に行きたい。暇だし、一応は業務中なためあまり大っぴらにスマートフォンもいじれない。退屈だからこのようなことを言って気を紛らわせているだけなのだが、それにしたってもうちょっと話題が欲しいところであった。

 しかし、日常というものは容赦なく切り裂かれてしまうものである。肌寒さを感じる夜の風がそよぐ中を、あくびをしながら歩いていても、事件はどこかで起こっている。ポケットに入れていた仕事用にカスタムされたスマートフォンから警告音が鳴り響き、二人は即座に真剣なまなざしになる。

「おいおい、北口かよ……ここからちょっと走るな」

「こんなことなら家で寝てたほうが現場に近かったじゃん」

 ハイネとカツミは防犯ベルを抜く。けたたましい音の警報が鳴り響き、二人は一斉に注目の的となった。首輪をした女性と、Silver Bulletに所属することを表す腕章をつけた男が防犯ベルを鳴らす、というのはつまるところ、この街のどこかでヴァンパイアが発生したことを意味していた。

「皆さん、屋内に避難してください!」

「ヴァンパイアが発生しました! 警報が解除されるまで、屋内で退避。逃げ遅れた方がいる場合はちゃんと受け入れてあげてください!」

 カツミとハイネが叫ぶ。

「付近でヴァンパイアが発生しています。速やかに屋内へ退避し、車の方は車から出ないようにしてください!」

 ハイネも同様に叫ぶ。通行人は我先にと屋内に逃げ込み、普段は通行人でにぎわう場所もゴーストタウンのようだ。しかし、そんな情景の変化を見ている場合ではなく、ハイネはカツミの腕をゴムチューブで縛り、消毒液に浸した脱脂綿でひじの裏側を消毒。暗いところでも血液を抜けるように作られたライト付きの注射器で血液を抜いて、3mlの血液を三つのカプセルに分ける。ハイネはそのうちの一つをポケットに、もう一つは胃袋で溶けるカプセルをかみ砕き、もう一本は予備としてカツミに渡す。新鮮なシルバーブラッドの血液を摂取したハイネは、ネズミの姿に変身してヘルメットを装着せずにバイクの後部座席に乗り込んだ。


 位置情報を常に利用しているスマートフォンからは、地震速報と同じようにヴァンパイア速報が出ており、池袋付近に居るものは今やほとんどの人間が避難済みだ。それでも、車は普段通りに動くので、救急車などの緊急車両がそうであるようにSilver Bulletの車両はサイレンを鳴らしながら、ほかの車よりも優先的に道路を通る。

 車は自然と道を譲り、広くなった道路を悠々とバイクで駆け抜ける感覚は、今まさに人が死ぬかもしれない状況ということを除けば気持ちのいいものだろう。二人は本来バイクは押して歩かなければいけない地下通路を徐行で抜けて、ようやくヴァンパイアが発生したという北口に到着する。


「現在の状況なんだが……中華街で外国人と暴力団が揉めていて、その外国人がたまらず逃げだしたところに、ヴァンパイアの人が出くわしたらしい。で、その人があまりの剣幕に驚いて、それが原因で変身が始まってしまった。それを見た周囲の人はすぐに屋内に退避、通報した後のだが、ヴァンパイアはその後は行方知れず……」

「ヴァンパイアにGPSをつけるのは人権侵害だって、馬鹿な団体がうるさいせいで仕事がやりづらいねぇ……アメリカじゃ首輪のGPSでヴァンパイアの居場所なんてすぐにわかるのに」

 ハイネは毒づきながら周囲を見渡す。ネズミは暗がりでも平気で活動できる目を持っているが、その眼をもってしても周囲にそれらしき人影は見えない。ハイネの言葉通り、ヴァンパイアの首輪にGPSでもついていれば楽なのだが、人権保護団体がうるさいためにいまだに実現されていない。

「仕方ないだろハイネ、ドローンを飛ばすからハイネはインカムつけといて」

「オーケー。頼むぜ」

 ハイネは耳にインカムをつけ、いつでも指示を受け取れるように。カツミはリュックサックからドローンを飛ばし、周囲の状況を赤外線カメラで観察する。飛ばしたドローンは熱源探知も可能な優れもの。生物の場所は簡単に見つかる。この状況で外を歩いているものはそう多くない、百メートルも上空に飛ばして周囲をくまなく見れば……

「ハイネ、北北西方向に人影! ズームしてみる」

「どうだ?」

「あたり! 犬型のヴァンパイアだ。そこからまずは北に行って! 俺もバイクでついていくよ」

「了解!」

 ハイネは足音を気にする様子もなくどかどかと駆け抜けていく。カツミはバイクで犬型のヴァンパイアのもとへと近づいていく。

「ハイネ、お前はここに身を隠せ。俺が囮になる」

「オーケー、怪我すんなよ!」

 もちろん、とばかりに頷きながら、カツミはバイクを降りる。右腕には噛まれても大丈夫なよう、プロテクターが仕込まれている。噛まれても一発ならば右腕を囮にすれば無傷で切り抜けられるだろう。

「俺はここだ! 来てみろ!」

 ヴァンパイアは人間しか狙わない。すなわち、ヴァンパイアを狙わない。ゾンビ映画でゾンビ同士が襲いあわないように。さらに言えば、ハイネのように理性を保ったまま行動するヴァンパイアから敵意を向けられれば逃げてしまう。変身した動物によって狩りの得手不得手はあるが、下手に理性を持ったヴァンパイアが攻撃を仕掛けると、場合によっては暴走したヴァンパイアに逃げられてしまうこともある。それを防ぐのに最善の手段は、シルバーブラッドを囮にすることだ。

 シルバーブラッドならば、最悪襲い掛かられても数針縫うくらいで済む。直接血液を摂取することもできるため、すぐに正気に戻る。最終手段として、『噛ませる』ために、シルバーブラッドは利き腕とは逆の腕にはプロテクターはつけない。

 カツミの姿を見た犬型ヴァンパイアは、即座に彼に狙いをつけて駆けつける。それを迎え撃つのはハイネ。物陰から飛び出た彼女は、とびかかろうとする犬型のヴァンパイアとカツミの間に立ち、相手の体に全体重を込めて体当たりをかます。

 犬型のほうが体格は上だが、訓練により膂力を上げ、体術も学んだハイネは相手のとびかかりを堪えると、お互いの両手を組みあった状況となる。組み合ったままの二人は互いに無防備な状態。カツミはハイネともみあいになっているヴァンパイア相手にスタンガンで攻撃を加えた。

 人体への使用はできないレベルの強烈な高圧電流によってヴァンパイアが怯む。そのすきにハイネがヴァンパイアを押し倒し、その口の中にカツミの血液入りのカプセルを握力で砕き、血液を手ごと突っ込んだ。最初こそ吐き出そうともがいていたヴァンパイアも、シルバーブラッドの効果で徐々に正気を取り戻し茫然として周囲の状況を確認する。

「あれ、俺……喧嘩してるやつらに出くわして……血まみれで、こっちまで殺されるんじゃないかって感じで……それで……お、俺、人を襲ったりしてませんか!?」

 まだ半分くらいしか頭が回っていない様子の男性だったが、自分が変身してしまったことは思い出したらしく、慌てて周囲を確認する。正気に戻ったことで安心したハイネは、彼の上から体をどかして微笑んだ。

「あぁ、血の匂いはしないから大丈夫っしょ。みんな避難は早かったからね。それより、災難だったね、この辺暴力団の事務所あるらしいし、外国人も多いから……怖い目に合ったみたいだね」

「えぇ、まぁ……その、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」

 それだけ確認した男は、急に気が抜けてしまってぼーっとしている。体を起こしてはいるものの、どこか星でも見ているかのような遠い目をするようになった。ヴァンパイアに始めて変身した影響で疲れてしまっているようだ。

 ハイネはそんな彼の状況を確かめようと、いろんな質問をした。意識や記憶に障害がないかを確かめる意味もあるが、何より大事なのは心のケアだ。気をそらしたり、もしも何か気に病んでいるようであれば励ますことも仕事の内なのだ。

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