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その2

「へー、すごいね……君。バイクに走って追いつけるんだ。改めてヴァンパイアって恐ろしいねぇ……」

「ヴァンパイアですから。まぁ、見ての通りカツミがいなきゃ気軽に変身も出いないんだけれどね……えっと、普段は変身しちゃいけないけれど、緊急時の変身は認められているんですよね? 研修で習った通りなら……」

 ハイネは酒が回ってきたのか、少し顔を赤くして警察官に尋ねる。

「あぁ、心配しないでいいよ。きちんと変身監督許可証持ちのシルバーブラッドを連れた状態で、所定の訓練を終えている認定証も首輪についているから、街中での変身も問題なしだね。ともかく、ひったくり犯の現行犯逮捕のご協力、ありがとうございました」

 警察官はハイネとカツミ、そしてひったくりの被害者の女性や、連れ立った男性の話を聞き終えると、犯人をパトカーに乗せて連行していった。それを見送った二人は、被害者の女性からの心ばかりの感謝を受け取り、これで次は何を飲もうかと上機嫌で帰っていった。

「はい、お返しします」

 カツミはハイネに代わってバッグを盗まれた男性に盗品を返す。

「あ、はい、ありがとうございます……」

 その態度は、見ていて苛立たしくなるくらいによそよそしく、受け取った瞬間にバッグに体毛の一つでもついていないか心配しているようなそぶりを見せる。

「別に、ヴァンパイアが触ったものに触れたくらいでヴァンパイアになったりなんかしねーよ」

 カツミは不機嫌な様子で男に言う。

「あ、すみません。ありがとうございます」

「……助けてやったやつにその態度かよ」

 彼は体を張って取り返してくれたハイネに対しても、おびえたような態度をとった。カツミはハイネの代わりに怒りをあらわにし、にらみつける。だが、それ以上のことはしない。こっちはネームプレートも下げているのだ、暴力を振るってSNSにでも拡散されたらたまらない。

「……ありがとうございます」

 カツミにすごまれた男は、しぶしぶといった感じでお礼を言う。ひさびさに、助けて損したと思うような相手に思わずカツミは気分を悪くする。ここまで露骨な奴は少数だが、運悪くこういうタイプに当たったときの不快感はひどいものであった。


 ◇



 警察とのやり取りを終えた二人はほどなくして帰宅する。

「あ、ハイネちゃん、かっちゃん。聞いたわよ、ひったくり犯捕まえたんだってねぇ」

 二人は買い物袋を床に置いてからしばらくソファに腰かけていた。すると、数分もしないうちに近所のおばちゃん、田宮の訪問を受けた。

「田宮さん、なんでそれ知ってるんですか?」

 その話がすでに伝わっていることに驚きを隠せない様子でハイネは苦笑する。

「SNSで流れてたのよぉ、池袋のホテル街でネズミのヴァンパイアが爆走してるって。そんなのハイネちゃんしかいないじゃない? 偉いわねえ、ハイネちゃんもかっちゃんも」

「はは、確かに……」

「そうだ、そんな二人にはご褒美を上げなきゃよね。はい、これ。この前温泉に行ったときに買ったお土産なんだけれど、お酒のつまみになるから、ハイネちゃん好きでしょ?」

「おお、これ熱海の干物に揚げかまぼこ……いいじゃん、大好物! ありがとう」

 田宮からもらったお土産を見て、ハイネは思わず顔がほころぶ。

「いいのよぉ、これからも街をよろしくね、ハイネちゃん、かっちゃん」

「どういたしまして。田宮さんも、暴走したヴァンパイアに襲われないよう気を付けてください」

「うん、危険な仕事だし、二人とも事故を起こさないようにね。頑張るのよー」

 そういって、田宮さんは足早に家へと帰っていく。二人の家の電気がついたたのを確認したらすぐに向かってきただろう、抜け目のない人であった。訪問者との応対が終わったtぽころで、二人は夕食の準備を始めた。最初は二人で分担して野菜を切るなどしていたが、並行して出来る作業が終わった後は、ハイネに任せてカツミはテレビをつけた。

「あの警官、ヴァンパイアって恐ろしいって……それに、バッグ盗まれた男も、ずいぶんと失礼だったな」

 テレビを見ながらカツミはハイネに話しかける。

「そりゃそーでしょ。私だって自分がヴァンパイアになる前は恐ろしいって思ってたし。もう慣れたよ。私が傷ついていないか気にしてるの? お気遣いありがとう」

 ハイネはいいながら、溶いたてんぷら粉をまぶした具材を熱した油に投入していった。

「その程度のこと、いちいち気にしていられるもんじゃないっしょ? 別に、差別されてるわけじゃないし平気平気」

「そっか、良かった……気にしていないかと思って心配してたんだ」

「ちょっと気にしてはいるけれど、思い出したくもねーし」

「そっか、ごめん」

 カツミは天気予報と今日のニュースを見ながら微笑んだ。

「お、始まった……」

 カツミが視聴を始めたのは、ヴァンパイアに関するドキュメンタリー番組であった。一般自民はヴァンパイアとはほとんどかかわることなく日々を暮らしているが、カツミとハイネは当事者だ。テレビでヴァンパイアのことをどれだけ面白おかしく言われているか、カツミは確かめておきたかった。

『現在ではヴァンパイアと呼ばれている奇妙な存在は、令和1年、中国の武漢にて第一号が発生して以来、人類の歴史に様々な影響を与えました。発症すると哺乳類の動物と人間を足して二で割った、いわゆる獣人のような形態となり、付近にいる「人間」のみを襲います。犬や家畜など、人間以外の動物は巻き添えでもなければ襲うことはありません。この際、ウサギやヒツジといったほかの動物を襲わないような見た目となったヴァンパイアでも人間を襲い、噛みつく、極めて危険な性質を持っております。

 そうしてヴァンパイアに噛みつかれた人間は、約4分の1が同じヴァンパイアになってしまいます。そして、約四分の三が病気のような症状を引き起こし、症状や体調によっては後遺症が残るか、死に至ります。そんな危険なヴァンパイアを止める手段は当初、殺害してしまうか、もしくは力尽きるまで暴れまわるらせるしかないと思われていました』

 その番組で語られているのは、私情を挟むことのない平等な報道であった。面白みのない報道ではあるが、差別をあおるような報道をするよりかはよっぽどいい。

『しかし、約350人に1人ほど存在する特殊な血液の持ち主、シルバーブラッドであれば、少量の血液を与えることでヴァンパイアに正気を取り戻すことが出来……また、ヴァンパイアは正気を保ったまま、驚異的な身体能力を振るうことが出来るとされています』 ま、こんなものだろうとカツミは真剣に見るのをやめた。良くもないし悪くもない、いたって普通の放送内容で、これじゃあくびが出そうだと苦笑する。

「よし、揚がったぞー。あー、よだれ出てきた……」

「いい年してよだれとか、はしたないなお前は。あ、ハイネは出来たのを食べてろよ。今度は俺が揚げるから、今度の熱々は俺がいただくぜ?」

「はいよー。んじゃ、一足先に……いただきまーす」

 二人は仲良く食事と調理を交代しながら夕食を済ませる。

『現在、日本ではヴァンパイアを保護し、可能な限り一般市民と同様の権利を与えられるように努力してはおりますが……一部の国や地域ではヴァンパイアは発見次第、即座に殺害対象となっているなど……』

 辛い話が流れてくるが、これが現実だ。日本でもヴァンパイアは怖がられ、差別されているが、まだ諸外国よりはましなのだ。中国では香港の人間を人知れずさらってヴァンパイアに関する人体実験を行っているという噂もある。日本ではもちろんアメリカなど主要な先進国の大半ではヴァンパイアから一般市民を守り、一般市民からヴァンパイアを守る仕組みが出来上がりつつある。

 ただ、それでも一般市民にとってみれば恐怖の対象であることは変わらず、今もまだ差別の根は深い。ハイネは昔よりもずいぶんと気が強くなったから大丈夫と言っているが、まだ人通りの多いところは、人の視線が怖くて苦手なようである。番組ではヴァンパイアになってしまった人間が受けた暴行事件の例を挙げられており、カツミは複雑な表情でハイネを見る。

 超人的な身体能力を持つヴァンパイアでも獣人に変化する前であれば容易に殺すことが可能だ。暴行事件とぼかして表現されているが、その実態は後ろから金属バットや鉄パイプによる殴打だったり、アメリカでは過激なキリスト教徒による銃殺なんてのも少なくない。ハイネもヴァンパイアだというだけで因縁をつけられた経験があり、複雑そうな顔をしている。カツミは思わずリモコンを持ってきてチャンネルを変える。この時間、見られるときはいつも見ている芸能人とアイドルがわちゃわちゃしている番組だ。

「ヴァンパイアのドキュメンタリー番組、見たいんじゃなかったのか? 別に私に気を使う必要なんてないっしょ?」

「つまらなかったから」

 カツミは笑顔で取り繕って、天ぷらの調理を続行した。


 そうして、食事の時間が終わる。

「それじゃ、俺はこれで」

「あいよーカツミ。また明日ねー」

 カツミは皿や調理器具などを洗い終えると、ハイネの部屋を出て、アパートの隣の部屋へと帰っていく。ハイネはまだまだ飲み続けるだろうが、そうするとやたら絡まれるうえに、はしたない姿を見てしまうことになるので、彼女の名誉のためにも一人酒のほうがいいだろう。

「あいよー、明日もよろしくね」

 食卓には、今日貰ったばかりの揚げかまぼこと、つまみのクサヤが置かれている。同じ部屋にいるのも不快なくらいにかなりの匂いだが、彼女はあれが好きらしい。時には、嗅覚が優れているほうがいいからと、ネズミの姿で酒や匂いのきついつまみをあおることもある。カツミは換気扇なしでは耐え難い気分だというのに、人の好みというものは蓼食う虫も好き好きである。




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