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4話 恋する女神

「呼びましたか」



イデアの声が聞こえてくる。しかし、彼女の姿はない。



「授けてくださった秘密の書架を訪れました」



「少し前からあなたを感じていましたよ」



部屋全体に彼女の声が響き渡り、幸せな気持ちで胸が一杯になる。



「感じていましたよ…ということはここはやはりあなた自身の内なる部分ですか」



「私の中の一部ですが、私自身の内ではありませんよ」



微笑ましく囁かれるが、また人を煙に巻くような話し方だ。真剣な質問にお茶を濁されるとなんだか腹が立ってくる。



「変な言葉遊びはやめて頂きたいです。ならばここは天界なのでしょうか。先程から以前あなたと対話をした場所と同じ雰囲気を感じています」



少し間があり、



「天界といえばそうかもしれませんが、この部屋と直接繋がっているわけではありません。おそらく流れ込んだエーテルの影響かと思います」



エーテル…たしか天界を構成している架空の物質。



「エーテルとは神々の力の源泉でしょうか」



「源泉ではありませんよ。力は強い意志から生まれます。エーテルはただ天界を構成しているだけにすぎません」



「エーテルから意志のようなものを感じます。エーテルはやはり力ではないのですか」



「エーテル自体に力はありませんよ。そうなれば天界の崩壊を引き起こしかねません。先程私の秘蔵書を前にして感じた興奮が、神を志したその強い力にエーテルが感応したのでしょう。エーテルは世界の構成とともに無意識下にある観念を描写します」



つまり、独り残された世界に対して深い絶望を抱きながらも、安らぎを望む実直な心情にエーテルが反応したということなのか。というよりも神を志したのバレてる。あ、エーテルを介してかな。



「なるほど。なんとなくですが理解できたかもしれません」



イデアの目が笑ったような気がした。



「それはよかった」



「あとひとつ。ここにある知恵は僕の知らない言葉で綴られています」



すると突然イデアがすぐ目の前に降臨した。背後より真っ白い眩しさを放つ美しい女神。地面に垂れ下がる髪に笑うと三日月になる目、高くはないが鼻筋が通っていて、彫りの深い均整な顔立ち。笑顔の女神は一段と眩しかった。



「私の言葉のことですね。あなたの使う言語とそっくりなのですよ」

「あ、いきなり現れたことに戸惑いを感じていますね。この私の部屋について話すには対面でないと伝わりきれないと思いまして…というのもここにあるものって人間を研究して編纂されたものが多数なのですよ。人の総てがここにあると言っても過言ではありませんし、それこそが、私のすべてでもあるのです」「いかに人間が素晴らしいかいかに愚かなのかいかに脆いのかいかに力強いのか人間とはなにかというすべての問いに答えることができますのでそこここもどれもこれも読み応えがあって読後に圧巻されることは私が保証します」「自叙的なのから口語調のものまであらゆるジャンルを蒐集した自慢のコレクションですのでとにかく何もかもが上手くできているのです」「なかには物語もあり寓話から空想で描かれた世界の英雄伝説もありますし恋愛というのもあります」「恋愛といえば人間の特殊性から生まれた理解し難い産物ですが(だって生殖活動には性的興奮を添えれば完結するのですもの)機微な心情の動きと変化と熱に浮かされた高揚感に真冬よりも厳な悲壮感にどん底にまで突き落とされてそれらが隣り合わせで時には表裏一体で揺れ動くそれはそれは神秘的と形容する以外に何もありませんわ」「ああ恋愛とはどういったものなのでしょう神であるわたくしからすれば恋愛というものに強い憧れをもつのですのよ」「だってそうでしょ神は(わたくしは貴方からみれば神のような存在ですので神を名乗っても差し支えありませんわよね)遺伝子を後世へと紡いでいかなくとも永遠の生があるのですもの」「はあ 甘くて酸っぱい果実を噛ってみたいものですわ恋をしてみたいわたくし恋をしてみたいのですよ一度でいい一度だけでいいから愛の嵐に情熱を傾けて全てを投げ捨て心底陶酔してみたい頭がぼーっとして熱に浮かされる経験をしてみたいのですわ誰かを愛し愛される相思相愛な関係はどれだけ甘美さがあるの」「初恋をして告白をしてそれに続いて初夜に至って…なんて神であるわたくしが妄想するなんて背徳的で耽美すぎて考えただけで体が悶えてきますわ」…「…まあそれは置いといて数多あるなかでも特に読んでもらいたいのが初めてのエーテル学と初めての魔法学等の初めてのシリーズに魔法と科学と火薬に存在と魔法なんかは筆舌に尽くし難いですわ」「何が言いたいかというとどれもこれも素晴らしいできなのですわ」「そんなことよりもああ恋い焦がれる思いをしてうっとりしてみたいものです………!!」



突然はっと我に返り、僕の呆然としながら見つめる眼差しに気が付いたようだ。今の言動に恥ずかしさを覚えたのかすっと姿を消した。



イデアの自分語りに唖然として言葉がでなかった。すごかった、激烈な長広舌だった。僕はただ見知らぬ言語で書かれていることを主張して、多大な労力が必要になる翻訳作業をイデアの力でショートカットしてくれないかな、と淡い期待を込めて質問しただけなのに。


けど、捲し立てるような早口に身ぶり手振りも加わり、次第に熱を帯びていくと恋愛話へと転じていった…。どこでスイッチが入ったんだ、そんなポイントあったかな…

後半はお嬢様口調になっていたのは、恋愛を想像する時は令嬢にでもなりきってるのだろうか。



それにしても神の恋か、人類愛といった壮大なものではなくて、ただ一人の人間として恋をしてみたいということだろう。あと、勝手に容姿が女性であったので女神だと決めつけていたが、永遠の生と言ってたし性別は無いのでは…一応聞いてみようか。



「突然のことに言葉が詰まったこと、御許しいただきたいです。話をお聞きした限り人間よりも恋愛に強い興味があるようですが(本の内容についてよりも感情が昂ってましたよ)、ところでイデア、あなたは女性なのですか?僕は容姿からてっきりそうだと思い込んでいたのですが……イデア?」



返事がなかった。



「……」



何か言葉がうっすら聞こえるが声量がなさすぎて聞き取れない。



「…今言ったこと忘れてくれませんか」



やっとのことで聞こえた。



「恥ずかしくなったのですか?」



「私としたことが、初めて部屋を他者にオープンにしたため、どんなリアクションが来るかなとか、どんな解説をしてあげようかなとか色々煮詰めすぎて、いざ話を始めたら、この部屋のことよりも全然違う方向に感情が暴走しちゃいました」



「人間らしさを感じますよ」



「ホントですか?引いたりしません?なんか、この女神変な奴だな、世界救うのやめよっかなとか言い出しません?」



何を心配してるのだろう。



「全くそのようなことは思いません」



「よかった!では、続きを話してもいいのですか?」



「え、ああ、構わないのですが、先に質問の方を…」



「ああ、そうですね。お答えしましょう。私は女神なのですよ。つまり性別でいうと女です」



「神に性があるのですか」



「私の場合特別なのですよ。元々そのようなものは無かったのですが、人に近づいていくうちに憧れを抱いたのです。そして、恋を知り、愛の恍惚さは女性の方が強く感じることができるため、気付けば女神になっていたのです」



恋愛は神をも狂わせるのか…


イデアは姿を現し、



「各方面からは白い目でみられ呆れられたのですが、そんなものどうだっていいですね」


となかば自嘲気味に言うと、弱々しく俯いた。


天界で浮いた存在となっても恋に恋煩いしている女神さま。なんだかいとおしく思えてきた。



「そうでしたか。恋とはすごいのですね。どうぞ、続きをお話しください」



伏し目がちだったイデアはこちらを向くとパッと目を輝かせた。



「いいのですの! 天界ではこのようなこと話せないので、とても嬉しいですわ!ゴホン、ではではまずはわたくしの考える初恋のシチュエーションベストテンサウザンドから発表していきますわ。まずは第10000位!それは雪の降る真夜中の一幕です。ある冬の夜のことでした。街灯に照らされたボロボロの布切れをまとった幸の薄そうな少女は(でもホントは家出をした伯爵の娘なのですわ!)突然の吹雪に…」



そうしてイデアの恋話が始まった。話してくださいと言ったものの…テンサウザンドってなに?

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