40話 役者は揃ったはず
「ありゃ~、船漕いじゃってるよ」
公国宰相のエミアは、セプテン城の居壁で、こくりこくりしているデモーク公爵を見つけた。城下では魔異同士が苛烈な攻防を繰り広げている最中、我関せずと気持ち良さそうに眠りについていた。
「おーい、デモークの爺ちゃん!起きなよ〜」
返事はなかった。体を揺さぶるも目を覚ます気配は全くない。
エミアはデモーク公爵の耳元に手を当てて、鼓膜が破れるくらいの大きな声で叫んだ。
「起きて〜、デモークの馬鹿爺ちゃん〜!!」
「!!...んんっ!」
片目を半開きにし、驚いた表情を見せるデモーク。その勢いで、城壁から落下しそうになるのを慌てて支えるエミア。
だが、まだまだ微睡みから覚めない様子だった。
「どうやったら、戦場で寝れんだよ〜」
もう、と言うとエミアは背中を何度か叩いた。
その反動でゴホゴホとむせたが、眼の前にいる孫のエミアを視界に捉えると、はっきりと目を覚ました。
「なんだエミアか。久しいなあ」
笑顔を見せると、嬉しそうにエミアの手を掴む。
「いや、孫との再会を喜んでる場合じゃないよ。何しにここに来たのさ!」
「さあ。わからぬ」
「ほんとにボケたんじゃないの。リスト公がお呼びだから、とりあえずこっち来て!さっ!」
二人はゆっくりと宙に浮かぶと、孫娘に手を取られながら城下へと降り立っていった。
地上では、玉座で肩肘つきながら眼前の巨体を眺めるリスト。
マリッド級の悪魔"コリン"は完全に召喚されていた。人の5倍ほどある大きさだが、頭はデカく子どものようなずんぐりした胴体。だが、立ち上がることはなく背中を丸め、両手を前についていた。
「...」
「...」
両者は睨み合っていた。
明らかに不機嫌な"コリン"は、相も変わらず暴言を吐きながら、地面をバンバンと叩いていた。その度に大地は揺れ、両軍の攻撃の手は止まる。"ヴァルキューレ"の弓矢が突き刺さっても物ともせず、敵に堂々と背中を見せる"コリン"。魔力が枯渇しかけているため、どうにもすることができないリストはため息をつく。俺も滑られたものだなと独りごちた。
「リスト公〜!連れてきたっすよ〜」
遠くから声が聞こえ振り返ると、エミアに手を取られながら、ふらっと飛んでくるデモーク。その姿を見てリストは玉座を消し去ると、恭しくお辞儀をした。
「閣下。ご無沙汰しております」
「そう固くせんでよい。おお、"コリン"ではないか。元気にしておったかい」
デモークの姿を見るや"コリン"の態度は百八十度変わった。何かを思い出したのか、背筋を伸ばすと、片膝をつきながらゆっくりと立ち上がった。
「へえ。私めは元気ですぜ。して、閣下はいかにお過ごしで?」
「楽しく余生をすごし...おっと」
彼らに向けて"ヴァルキューレ"の弓矢が放たれたが、公爵は体を傾けて回避。"コリン"は初めて異界軍に目を向けた。そして、鬱陶し蝿を潰すかのように手を叩くと、遠くの"ヴァルキューレ"の軍隊はぺしゃんこに押し潰れた。
これには異界の指揮官デメルングも眉をひそめた。




