10話 星降る夜に
下を向いた横顔の美しさに、つい見惚れてしまった。これほどの美人が僕の横で照れた顔を恥ずかしそうに隠すその仕草。
なんだか、信じられない気分で僕の顔も段々と赤く火照っていった。この感覚を自分が主体となって感じるのは初めての経験で、僕自身もどう振る舞えばいいかわからないし、この感情を表現する術を知らなかった。
気まずい空気がほんの少しの間流れて、耐えきれなくなった僕は口を開いた。
「あなたは人と関わりを持つことはほとんどなかったのですか」
イデアは俯いた顔をこちらに向け、
「まあそうですね。神と人間は隔絶した存在ですので。といっても身分を隠して接することは何回かありましたけど…」
行きましょうかと、ゆっくりと歩き始め、僕たち以外がいない世界を進みだす。初めて訪れた時は独りだった世界だが、イデアといると寂しさを感じなかった。
二人とも他愛のない話をしては無言になって、疲れたら足を止め近くの岩に腰を下ろす。それを繰り返していくうちに日が暮れて、あたりは暗くなっていった。
「もう少し先の断崖だと、星が綺麗にみえるんですよ。そこに向かいましょうか」
大地から照らす光がないので、数多の星が夜空を彩る。夕陽が沈むと段々と強い光となり、遠い宇宙の恒星や銀河の甘いきらめきが現れ出した。
ここですここ、とイデアは言った。
崖の下を覗くと、地上が遠くに見えて、夜空に一番近い場所。突き出た大岩の特等席をみつけると、二人ともゆっくりと腰を掛け、足をだらんとさせた。
なんて美しいのだろう。なんで、気付かなかったんだろう。こんな夜空があるとは思いもしなかった。
あの時は、この何も無い世界の恐怖と驚嘆と不安で押しつぶされそうで、無我夢中だった。
しかし、今は違う。ちらと横を見ると、足を揺らす女神様がいる。お互いに手はぎゅっと握ったままに。
ああ、そうか。その瞬間の感情で、景色の見え方はまるで違うものになるのだな。
そして、夜空を眺めながら、モヤモヤとしてずっと疑問だったことを投げかけた。
「なぜ、僕が選ばれたのでしょうか。ただ、現実から逃避しただけなのに」
遠い宇宙を見つめながら、足を組むとイデアは言った。
「最初に出会ったときに説明は済んだと思いますが、無を望む人間は全くと言っていいほどいないのですよ。誰だって来世や輪廻転生があると信じたいのです」
そう言うと、組んだ足をほどいた。
「それに根底には強い善意志があり、何よりも世界を否定しながらもその美しさを肯定する自家撞着。生きたいのに死を選ぶ人としての弱さの彼岸が強力なほどの無の選好。完全に無に支配されているそんな人物、悠久の時を過ごした私もなかなか出会ったことはありませんわ」
僕はそうだったんですねとか細く返事した。
突然、大気圏で散った星屑が何度も輝き、流星が降り注いだ。それを見て僕は思わず綺麗だと呟いた。
しばらく長い沈黙が続き、イデアが口を開いた。
「…あなたが気に入ってくれた星降る夜に天体観測。どうですかね」
横目でぼくの反応を見てるのがわかる。
そっと小さく、最高ですと返事をした。




