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9話 久々の大地

「ふう、本当はこの大地に降り立つのは禁忌なのですよ」


果てしなく広がる荒廃とした大地に、矢のように突き刺さる日光。

ずっと記憶の宮殿に併設された、イデアの図書館に閉じ籠もっていたからか、体が重く、また目を開くのもままならなかった。


「ま、眩しい…」


横でふふっと微笑むイデア。

「二十年以上も精神世界で暮せば当然ですよ」


「え、二十年…」

あまりの時の経過に驚いて思わず目を見開いた。太陽の輝きが強く目に染みる。


「あら、気付いてなかったのですね。まあ、それだけの時間を費やすほど私の理想とする恋愛の数は多いということですわ」


僕は全く信じられなかった。あっても、数ヶ月程度だと感じていたから。死後は時間の経過が早いのか、それとも時間という束縛から解放されると時の流れに鈍感になるのか。


段々と身体に慣れてきて、何もない景色がぼんやりと頭に入ってくる。横を見ると、イデアも同じように遠くを見ていた。そして、そっと呟いた。

「なんてキレイな世界でしょう」


「どこが、キレイなんですか。剥き出しの大地が目に入るだけですよ」


「空をご覧なさい。雲ひとつない青空が地平線の彼方までのびているのです」


嬉しそうに指差す先には快晴の空が広がっていた。


「それにこの大地もそうです。惑星の地表は生命の誕生をまだかまだかと待ち望んでいるかのようですよ」


「僕からすれば、殺風景以外には感じられませんよ。だって、いくら人工物で溢れてたとはいえ、大地は草木が生い茂っていましたし、世界は生物で溢れていましたから」


苦笑しながら、

「まあ、たしかにそうかもしれませんね。

ところで、少し歩いてみましょうか。二人きりの世界を」

イデアはそっと手を差し出した。


僕はその透き通るような掌を一瞥し、何も気づかなかったふりをして、前に向かって歩きだした。が、後ろから、ぐっと腕を捕まれ、

「私に恥をかかせないで下さい」

というと、無理やり僕の手を掴んだ。


イデアの暖かさを掌全体で感じる。僕よりほんの少し小さな手。シワ一つない純白の肌に輝く爪先。生前、誰かと手を繋いで歩いた記憶がない僕には妙な感覚が襲いかかってくる。すると突然、頬を涙が伝って落ちた。


「な、私は確かに貴方たち人間からすれば、尊い存在ですが、何も涙を流さなくても…」

イデアは困惑した様子でそう言ったが、


「いえ、そういうわけではありません。生前誰かと手を繋いだ記憶がなくて、こんなにも人の手は暖かいのかと思うと、なんだか勝手に涙がこぼれ落ちたのです」


それを聞くと、イデアはギュッと私の手を握りしめた。


「実は私も初めての経験でしてよ」


驚いた僕は横を見ると、イデアは俯きながら頬を少し赤らめていた。

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