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家政婦の彼女 -ふたりが夫婦になるまで3―  作者: 海來島オーデ
そして僕たちは新たな関係を始める
32/39

学校



学校の教室で自席に座り、隣の席の由佳と雑談をしている。

始業時間が近づき、教室に生徒が増えてくる。高橋さんが来て「おはよ」と言いながら席についた。席に着いてすぐに後ろを向き、僕を見てニヤニヤした後、由佳を見る。


「休み中、どうだった? 恋は叶ったの?」


相変わらずだが妙に鋭いところを突いてくる。僕と由佳は顔を合わせ、僕は首を振った。


「なにもないよ。」


由佳が答えたが、高橋さんは僕たちを見てまたニヤリとする。


「ふーん、分かっちゃった。あとで教えてね。」


高橋さんは機嫌を良くして鼻歌を歌いながら前を向いた。


男子生徒が僕たちの間を通り、僕の前の席に着く。


「おはよう、下川さん、高橋さん。悠人、久しぶり。」


岡本友幸(ともゆき)。メガネを掛けた小柄な男子。中学3年のときのクラスメートで名前で呼び合うくらいに仲が良かったが、高校ではクラスが違ったために疎遠になった。話しをするのも2年ぶりとなる。


「久しぶりだ。元気だったか?」

「体は問題ないが、悩みは尽きないかな。」

「なんでこっちに来たんだ。理系だろう?」

「たまたま興味を持っていただけなんだ。いまはこっちに用がある。」

「そうか。」


始業のチャイムが鳴り、担任の秋山美代先生が教壇に立った。1年の時からクラス担任の女性の先生で、科目は生物を担当している。年齢は30歳になるかどうかというところだろう。


「席に着け。...委員長!」

「はい。起立、礼。」


あだ名が委員長の女子が号令をかけて礼をする。彼女は1年の時からクラス委員で、ずっと委員長と呼ばれている。うろ憶えだが、苗字は相川だったと思う。


「岡田、来たな。話があるからHRが終わったら一緒に来い。1限は途中からになるが、先生には伝えてあるから気にするな。」


先生の言葉に小さく手を挙げて答えると、先生は頷いて話をつづけた。


「それから全員への連絡事項だが、......」



HRが終わり、先生の後を付いて応接室に入る。テーブルを挟んで対面に座った。


「あれから1年経ったが、大丈夫ってことでいいか?」


あれとは衿ちゃんが亡くなったことだ。僕はその後の1か月近くを自宅で過ごし、その後は学校に来てはいたが、1学期の成績は酷いものだった。


「はい、大丈夫です。今は僕を励ましてくれる人がいると知っているので。」


先生は頭を掻いて苦い顔をする。


「それはよかった。...お前が1組に居ることを問題視している保護者がいてな。中学校でお前のために下川が停学になったと言われている件だな。そして去年のお前の1か月の休学と1学期の成績だ。あたしは仔細を知っているが、表面しか見ない者もいる。お前が女生徒を誑かしているとか、休みが多いから他の生徒に悪影響を与えるとか、嘘っぱちな噂を信じて受験前の進学クラスにお前を置くのを嫌がる保護者がいる。...これまでは何とか抑えてきたが、これからまた目立つことをしたら庇えるかわからん。学校には必ず来い。問題を起こすな。お前を慕う()を悲しませるようなことをするな。...いいな?」

「分かりました。」

「ふっ、いい子だ。ちょっと待ってろ、コーヒーを入れてくる。」


先生は苦笑しながら立ち上がり、部屋から出て行った。数分して戻り、僕の前にコーヒーが入った紙コップを置く。


「砂糖だけでいいよな。」

「はい。」

「それで、下川とは仲良くやってるのか? まあ、それも頭を悩ませるところだが。」

「はい。昨日、付き合うことにしました。」

「なに? 今までは違うのか?」

「違いますよ。僕は亡くなった彼女しか見ていなかったから、ふたりに気が付かなかった。」

「そうか。...ん? いま、ふたりと言ったか?」

「はい。」

「もうひとりは誰だ?」


言葉が迷うことなく出てくることに驚く。少し前までの僕なら、恋愛に関する話題は避けていただろう。

ふと視線を窓に向けて外を見る。校庭が見えるがそこには誰もいない。視線を戻して先生を見ると、先生は真面目な表情でまっすぐに僕を見ている。心の中を見透かされている気がして、ため息をついた。


「両親はいま海外で仕事をしていて、僕は家政婦として家に来た従姉と暮らしています。」

「その娘がもう一人か。」

「はい。」

「そうか。お前たちが考えて決めることだから、あたしはとやかく言わないが、節度のある付き合いをしろよ。そしてどちらにするか早く決めてやれ。」

「はい。」


先生はグイっとコーヒーを飲み干す。


「なにか聞きたいことはあるか?」

「いえ、何かあれば相談します。」

「そうだな、そうしてくれ。あ~、今度お前の家に訪問に行くから。来週の金曜がいいな。お前の同居人の予定を聞いておいてくれ。」

「え?」

「お前の母親に頼まれているんだ。ときどき様子を見てくれってな。お前が悪いことをしていないか確認しに行く。いいな。」

「わかりました。」

「話しは以上だ。教室に戻れ。」



教室に戻って授業を受ける。休み時間になると、隣に座る由佳が僕に聞いた。


「先生の話は何だった?」

「僕だけだが、家庭訪問だそうだ。去年のことを気にしているらしい。」

「両親とも居ないじゃない。」

「栞里さんで良いそうだ。というか、栞里さんに会いたいらしい。」

「そっか。話したんだ。」

「ああ。君のこともね。」

「え? あっそう。そっか~」


由佳は頬を押さえて、えへへと言いながら悦に入る。その仕草が可愛く見えて微笑した。


「岡田くん、いいかな。あっ、邪魔だったら後にするよ。」


声のしたほうを見ると委員長が立っている。


「大丈夫だ。なに?」

「3年でもいろいろ手伝って欲しくて。また手伝ってくれる?」

「ああ、いいぞ。」

「ありがと。それでね、今日の日直はわたしと岡田くんだから。お願いね。」

「あれ? 遠藤は?」

「遠藤くんは2組に行ったから、岡田くんが先頭だよ。」

「オーケー、ごめんな。気が付かなかった。」

「いいよ。次の休み時間はよろしくね。」

「ああ、任せろ。」

「うん、お願いね。」


前かがみでにこりと微笑み、片手をふりふりしながら立ち去る。そのやり取りを目の前に座る友幸が見ていた。


「お前、相変わらずモテるな。」

「ん?」

「俺なんて、女子から声を掛けられるなど覚えがないぞ。」

「あれ~? 朝、声かけたよね。忘れたの~?」


高橋さんが割り込んで、ニヤニヤとしている。


「おっと、すまぬ。言葉のアヤというやつだな。」

「なに~? モテないのを僻んでるの?」

「羨んでいるんだ。まあ俺はひとりだけでいいが。」

「ふーん。ゆかちゃん、ひとりだけでいいって。どう思う?」

「なんであたしに聞く?」

「だって、岡田くんにはふたりいるよ。怪しそうなのを含めるともうふたり? 委員長と、美代(みよ)先生。呼ばれたらホイホイついていくよね~。」

「あー、あたしも時々気になってた。」

「いや、無いから。用事がないのに断るのは悪いだろ。さっきのだって社交辞令だ。」

「だが嬉しいんだろ?」

「まあ、そうだな。頼られるってのは良いな。」

「...お前、変わったな。明るくなった。」

「そうか?」

「...よかったな。」


授業開始のチャイムが鳴って次の授業が始まる。友幸が言葉を発したところで授業が始まり話が終わった。何気ない会話の中で何かが心に引っかかったが、授業を聞いているうちに忘れていった。



終業のHRが終わり、雑談をする者、弁当を広げる者、帰宅する者と、各人が思い思いの行動を取っている。

日直の仕事を片付けて席に戻ると、3人はまだ席に居て雑談をしていた。


「なんだ、待っていたのか?」

「おう、久しぶりだったんで話をしたかったんだが...」


友幸が周りにいる女子ふたりをちらっと見てから、カバンを持って立ち上がる。


「今日は忙しそうだから帰るかな。じゃあまた明日。」


肩越しに手を振りながら教室を出ていこうとする。


「いや、忙しくはない。女子に聞かれたくない話か? というか、明日からしばらく忙しい。」


友幸が足を止めて振り返る。「そうか」と呟いて考える素振りをした後、自席に戻った。


「では話をするかな。すこし時間を貰うが、いいか?」

「ああ。」

「彼女は残念だったな。挨拶が遅れてすまない。」

「...大丈夫だ。ありがとう。」

「今日のお前を見て、もう大丈夫だと思ったが...大丈夫か? 相談なら受け付けるぞ。...いまさらですまない。」

「ああ、大丈夫だ。」

「俺は悠人とまだ友達だと思っている。まだそれでいいか。」


僕は苦笑する。


「それを心配してたのか。友達だよ。」

「そうか。ありがとう。お前が一番苦しい時に声を掛けられなくてな。とても見ていられなかった。少し離れていたこともあってな、俺は逃げて、お前に声を掛けなかった。すまない。」


友幸が深く頭を下げる。


「ああ、いいよ。その言葉で十分だ。僕は余裕がなくて周りが見えていなかった。みんなを頼ってもよかったのにな。」

「そうか。」


友幸が視線を外し、言い辛そうに言葉を続ける。


「俺を信じろ。...大人になっても笑いながら話がしたいと思っている。」

「珍しいな。友幸が強い言葉を言うのは。」

「それだけ本気なんだと思ってくれ。」

「そうか。なにか分からないが、信じるよ。」


友幸は深く息を吸って吐き出した。話は終わりらしい。


「僕からも聞いていいか?」

「おう。」

「好きな人は居るか?」

「...ここで聞くのか? 女子が聞いているぞ。」

「ああ、すまん。」

「もし居ないって言ったら誰か紹介してくれるのか?」

「いや、そうではない。」


友幸は笑う。一呼吸おいてから真剣な顔になり答えた。


「好きな人は居るよ。前に告白してふられた。友達では居てくれるそうだからその後も普通に話しをしている。」

「すまない。言いにくいことを聞いてしまった。」


友幸はメガネの位置を直し、僕をまっすぐ見た。


「お前、悩んでいるな。なんだ?」

「一緒に居たら、ドキドキするか?」

「お前とか? しないな。」

「違う。好きな人とだ。」

「...今はしないな。最初は緊張したさ。何を話したらいいか真っ白になるくらいに。だが何回か話をしているうちに慣れたかな。今は自然体で接している。」

「そうか。...ありがとう。」


友幸が笑みを浮かべて話を続ける。


「お前、一緒に居てもドキドキしないから悩んでたのか?」

「...ああ。」

「お前も慣れたんだ。」

「理由がわかってホッとした。」

「...やっぱりお前、雰囲気変わったな。」

「ん?」

「彼女のことで苦労してたんだな。昔の顔に戻ったように思う。」

「そうか?」

「自分じゃ分からんか。まあそうかもしれんな。じゃあ、俺は帰るよ。」


友幸は肩越しに手を振りながら教室を出ていく。今度は呼び止めなかった。


「では、僕たちも帰るか。」


由佳が僕を見ていた。僕が見たのに気が付いて眉をピクリと動かし、僕に聞いた。


「岡本君とは一緒に帰らないんだね。」

「あいつは気を使ったんだ。」

「そうだね。......仲良いんだ。」

「あいつ、変わっていなかった。嬉しいものだな。」

「...そうなんだ。じゃあ、帰ろうか。」

「ああ。」



教室を出て校門まで3人で歩き、校門の外で解散する。


「ケイ。あたしこっちから帰るから。ごめんね。」

「いいよ。岡田くんと付き合ってるんでしょ?」

「うん。」

「邪魔者は帰るね~。じゃあね~。」


高橋さんが手をひらひらとさせながら駅のほうに歩いていくのを見送った。



由佳の家までの道を、ふたり並んで歩いている。学校から由佳の家までは7分ほどの道程。今日のデートはその短い時間だけだ。


「由佳は、今日は何をするんだ?」

「今日はアルバイトの面接なんだ。近くのコンビニで募集していて。」

「そうか。採用されるといいな。」

「うん。...だけど少しね、悩んでるんだ。お金を稼ぐには仕方がないことなんだけど、代わりに時間が無くなるから。理容師の勉強にもならないし。」

「まあ、そうだな。」

「それに、悠人にも会えないから。」

「そうか。」

「...嬉しい?」

「ふっ...嬉しいよ。思われて嬉しくないわけがないだろ?」

「ドキドキした?」

「ん?...はは、気にしているのか。」

「気にするよ。あたしにはドキドキして欲しいから。」

「...そうか。」


微笑して由佳を見る。彼女が微笑みを返してから、小走りで前に進んで振り返り、前屈みになり僕を見て笑顔で言った。


「あたしのこと好き?」


いつのまにか彼女のサイドテールの髪は解かれており、ウェーブのかかった髪が彼女の周りを舞う。良く晴れた空の下、日差しがあたって彼女の髪を輝かせた。


その姿に、衿ちゃんを見た気がした。


「え...」


出そうになった言葉を無理やり飲み込み、僕はその場で立ち止まる。すぐに気持ちを切り替えて笑顔を作り、由佳だと思い出して彼女を見る。

彼女は微笑んで僕を見ており、僕はホッとして微笑み返す。


「ああ。一緒に居たいと思ってる。」


彼女を家の前まで送り、微笑んでいる彼女に軽くキスをしてから離れる。帰り道に足を向け、玄関の前で手を振る彼女に微笑みながら手を振って答えた。





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