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家政婦の彼女 -ふたりが夫婦になるまで3―  作者: 海來島オーデ
そして僕たちの関係が始まる
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そして僕たちの関係が始まる(2)



栞里さんと由佳ちゃんが台所で夕食を作っている。

僕はソファーに座りパソコンでメールを書いている。出版社の担当さん宛で、執筆状況の連絡のためだ。先程栞里さんの許可を貰い、この小説を世に出すことにしたが、まだ直すところが多くあることを伝える。

メールを送信して一息つくと、栞里さんがお茶を持ってきてくれた。言葉はなく、顔を合わせてにこりと微笑んでくれるだけだが、それで優しい気持ちになった。


時計が夕方6時になり、テレビをつけると先日見たアニメの放送が始まる。

場面は学校内で調理実習のようだ。いじめっ子が主人公に言いがかりをつける。「男が料理が得意でも何の自慢にもならねーんだよ」 反論する主人公とクラスの女子。いじめっ子が啖呵を切る。「そんなに細かく刻みやがって女々しいやつ。男の料理を見せてやるぜ、どっちがうまいか勝負しやがれ」

出来上がったカレーライスはどちらも甲乙つけ難く、主人公がいじめっ子の料理の武骨な野菜の切り方に、「細かく切って出る旨味もよいが、乱切りでの野菜の旨味を頂くのもまた良い。共に拙者琢磨しようぞ。」と言って互いに拳を合わせて認め合う。

いじめっ子も料理が得意なのに注目されないことへのやっかみだったんだと、素直になればいいのになれなかったんだなと、僕はくすりと笑う。


「悠人、アニメを見るんだね。すごい嬉しそう。」

「この前、たまたま見てね。面白かったからまた見ている。」


エンディングが流れる。


「この曲知ってる。ずっと気になってたんだけど、アニメの曲だったんだね。」

「そうか。すこし、切ない曲だな。」

「そう思うんだ。」

「ん?」

「何でもない。ご飯だよ。」

「あ、そうか。分かった。」


いつもは7時に夕食となるが今日は少し早い。食事を早く終わらせて、衿ちゃんの亡くなった時刻の7時10分に黙祷をする。

食卓につくと、すでに料理が並んでいた。


「詩衿が好きだった料理よ。悠くんは少し苦手と思うけど、今日だけだから。ね?」

「ああ、大丈夫だ。それに食べられないわけではない。」

「ん。」


トマトソースのエビドリア、ジャガイモのポタージュ、ローストビーフ。ローストビーフの付け合わせに、サニーレタス、チーズ、野菜スティック、タルタルソースなどのソースが数点。

衿ちゃんと栞里ちゃんの家でときどき出てくるメニュー。衿ちゃんが好んで食べていたメニューを思い出す。今まで忘れていたことに苦笑する。


「どうしたの?」

「ファミレスで衿ちゃんが頼むのはグラタンかドリアだったな。忘れていたよ。」

「そうね。...思い出して偲ぶ日だからそれでいいんだよ。料理を食べて、また少し悲しみを忘れる。」

「そうだな。僕たちは前を向かないと。いつまでも泣いていては衿ちゃんに笑われる。」

「ん。」


由佳ちゃんと栞里さんも椅子に座る。ふたりとも僕を見る。僕の号令を待っているようだ。なぜふたりはいつも僕を待つのか。その理由が分からず苦笑する。


「では、たべようか。」

「「いただきます。」」


ドリアをスプーンで掬う。トマトソースの下にホワイトソースが隠れており2層になっている。ひと口食べると、エビの香りのホワイトソースにチーズとトマトソースが良く合う。


「美味しい。」

「何これ、美味しい。」

「うふふ、ありがと。ずっと準備してきたんだ。ローストビーフも食べて。サニーレタスでローストビーフと一緒に好きなのを包んで食べてね。詩衿のおすすめはチーズとジャガイモとタルタルだって。わたしは野菜を挟んで胡麻ドレッシングが好き。」


楽しみながら食べるが、少し寂しくて、紛らすためにいつもより少し言葉が多めだった。


食事が終わり、7時10分が近づく。


「10分になったら黙祷をするから。1分間でいいかな。」

「うん。」

「合図をするから、よろしくね。」

「ん。」

「準備して...黙祷。」


スマホで1分のタイマを動かした後、目を瞑った。何も考えないようにしようと思っていたが、心の中で衿ちゃんに『今までありがとう』とつぶやくと、衿ちゃんが息を引き取る直前の出来事を思い出す。

彼女が僕を見て『元気だった?』と言って微笑む。僕は指輪を衿ちゃんの指にはめて、『君にありがとうと言いに来た』と言う。彼女が自分の指を見て目から涙を流し『幸せだよ』と言った。

僕の頬に涙が流れるを感じたとき、アラームが鳴った。「ありがとう」と言ってから涙を拭い、アラームを止めた。


衿ちゃんが好きだったショートケーキを食べてから解散とした。

由佳ちゃんを家に送るため玄関を出る。出掛けに栞里さんに声を掛けた。


「行ってくるから。」

「うん、気を付けてね。」


僕はにこりとしてドアを閉める。閉まるまでの間に栞里さんの笑顔と手を振る姿が見えた。


由佳ちゃんの家に向かって歩く。由佳ちゃんは僕の右を歩き、僕の右手を掴んでいる。いつの間に外したのか、サイドテールの髪は解かれていた。


「玄関でのやり取り。夫婦だなって思っちゃう。敵わないなって。」

「...そうか。」

「だけど諦めないからね。あたしたち付き合ってるんだから。ん~、名前呼び捨てで呼んで。」

「ああ、いいぞ。ふたりきりの時だけでいいな。」

「いつでも。」

「学校でもか?」

「そう。嫌?」

「別にいいが、みんなに宣伝するようなものだぞ?」

「いいよ。もともとあたしたちが付き合っているって思われてるから、変わらないでしょ?」

「そうなのか? 知らなかった。」

「女子の間ではよく言われるよ。まあこれで本当になったけど。」

「...そうか。」

「悠人、優しくなったね。暗くて分からないけど、いま微笑んでいるでしょ?」

「そうかな。変わったつもりは無いんだが。」

「ううん、変わった。言葉が柔らかくなった。それによく話すようになった。少し前までの悠人なら、今日の詩衿ちゃんの話、あんなに話す姿は想像できなかったから。...中学の頃に戻ったような気がした。」

「そうか。」

「明日と明後日は午前中だけで、金曜はHRだけだよ。それから、勉強会は今週は休みで、来週からだって。」

「ああ、知ってる。」

「何か予定ある? 無ければデートしてほしいな。」

「明日はちょっと忙しいかな。明後日は出版社に行ってくる。金曜日でいいかな?」

「いいよ。どこか行きたいところはある?」

「いや、特には。」

「じゃあ、考えとくね。」

「ああ、頼む。」


由佳ちゃんの家の前に着いた。


「もう着いちゃった。もう少し歩きたかったな。」

「いつでも会えるから。今日はここまでな。」

「そうでもないんだよ。土日はバイトだから、放課後だけになる。」

「そうか。まあ、うまく時間を合わせていこう。」

「ん、そうね。じゃあ、はい、キスして。」

「必要か?」

「必要。恋人同士はいつでもキスするんだから。」


左手を由佳ちゃんの頬にあて、唇に軽くキスをする。


「へへ、ありがと。なんだか慣れてるのが悔しいけど。」

「じゃあ帰るよ。また明日な。」

「うん。お休み、悠人。」

「ああ、お休み。」

「名前呼んで欲しいな。」

「...お休み、由佳。」

「ありがと。じゃあね。」




「ただいま。」


家に着いて、栞里さんに声を掛けた。


「お帰りなさい。お風呂、出来ているわよ。」

「ありがと。じゃあ入るよ。...寝る前にすこし話をしないか?」

「いいよ。では、悠くんが上がったら私もすぐに入るね。」

「ああ。」


風呂から上がり、入れ替わりで栞里さんが風呂に入る。

僕は居間のソファーに座って彼女が来るのを待つ。妻を待つ夫という気分だ。待った後にふたりは何をするんだろうか。...父さんが母さんを待っている姿を見たことがあったことを思い出した。ふたりきりになるなら2階で待てばいい。ソファーで待っていた理由が思い当たらなかった。


風呂から上がった栞里さんが来た。髪はまだ乾いていないようで頭にタオルを巻いている。


「見たいテレビがあるの。見てもいい?」

「ああ、いいよ。一緒に見てもいいかな?」

「うん、いいよ。」


時間がギリギリだったようで、テレビをつけるとすぐに番組が始まった。女性が主人公の恋愛ドラマだ。

冷茶をグラスに注ぎ、栞里さんの前に置く。彼女はありがとうと言ってグラスに口をつけた。ドラマの内容に一喜一憂する彼女を横目に見ながら、一緒にテレビをみる。

ドラマの中で、主人公が幼馴染に上司のことが好きだからと言おうとして、それを遮るように幼馴染がキスをする。エンドロールが流れた後に映像があり、キスをしている二人を偶々見かけた上司が、主人公の脇を歩いて去って行った。

番組が終わった後、栞里さんが目をうるうるとしながら僕を見る。


「悠くん。...切ないね。」

「そうだな。」


彼女はどちらの立場でドラマを見ていたのか。主人公の女性であれば、好きな人に好きだと言えない、言ってしまったら今の楽しい関係が崩れてしまうかもしれないもどかしさ。幼馴染であれば、ずっと近くに居て想ってきたのに、別の人を見ている彼女を見て切なくなる。

僕は主人公の立場で自分と重ねて見ていた。まだ衿ちゃんと付き合っていなかった頃、僕はふたりのどちらを選ぶかを考えていた。どちらを選んでも残されたひとりとは疎遠になる。それはとても寂しくて切なかった。

このドラマがどのような結末を迎えるのか分からないが、僕が衿ちゃんに告白する前のあのとき、栞里さんはドラマでの幼馴染の立ち位置にいた。僕が衿ちゃんを見ていたとき、栞里ちゃんはどのような気持ちで僕を見ていたのだろうか。


「ごめん。」


気持ちを押さえられず栞里さんを抱きしめる。栞里さんは少し抵抗したが、すぐに身を任せた。両手は所在無げに彷徨った後に僕の背中に回す。


「デートをしよう。今度は最初から栞里さんとして。」

「...うん。」

「今週の日曜日はどう?」

「...今週はちょっと。来週でいい?」

「いいよ。何処に行くかは任せてくれないか。」

「うん。」


少しの間、彼女を抱きしめていた。彼女は髪を乾かしに洗面所に行き、僕は部屋に戻り、パソコンで日記を書きながら今日あったことを振り返る。これでよかったのかと考えながら、ふたりへの気持ちを反芻したが、ふたりとも必要だという結論は変わらなかった。

僕はふたりに好きだと言っていない。言わなければならないと分かっている。一緒に居て欲しい。抱きしめたい。僕を見ていて欲しい。それが好きだという気持ちであるならそうなのだろが、一緒に居ても、抱きしめても、キスをしても、そこに特別な感情は沸いてこない。ただそうしたかったという結果だけだ。かつてのふたりに感じたドキドキは鳴りを潜めている。


「僕はどうしてしまったのか。何かを恐れているのか。」


天井を仰ぎ見てつぶやいた。


パソコンを閉じてベッドに横になる。

明日から学校で授業を受ける。3年生での初めての学校。1学年上がりクラス替えがあったが、2年からほとんど変わらないため不安は感じない。

栞里さんは初めての大学だ。不安があるだろうに、そんな素振りは見せなかった。ひと声かけるべきだったと気になった。朝になったら励まそうと思うが、何を言えばいいのか良い言葉を思いつかない。

考えているうちに眠りに落ちた。



朝起きて居間に行くと、栞里さんが朝食の用意をしている。

「おはよう」と声を掛けると、栞里さんがにこりとして「おはよう」という。その笑顔を見て嬉しくなり、良い朝だと思った。


「お弁当を作ったので、お昼に食べてね。」

「ありがとう。今日は半日だから帰ってきて食べるよ。」

「ん。わたしは4時前くらいかな。」

「大学での授業は初めてだから大変だろう。何かあったら言ってくれ、なんでも助けるから。仮とはいえ夫婦なんだ、気を使う必要はないよ。」

「ん、ありがと。」


彼女はすこし寂しそうな表情を見せた後、にこりとする。


「朝ごはんにしましょう」

「ああ。」



8時過ぎにふたり揃って家を出る。僕は歩きで、栞里さんは自転車での通学だ。「行ってらっしゃい」と互いに声を掛け合い、笑顔で別れて学校に向かう。

歩いて5分で学校の校門の前に着くと、由佳が待っていた。


「おはよう、悠人。」

「おはよう。どうしたんだ?」

「新しい教室の場所、分からないと思って。」

「ありがとう、助かるよ。」

「ふふっ、こっちだよ。」


由佳が僕の腕を掴んで引っ張っていく。まだ早い時間だが、生徒の姿はちらほらと見える。教室に着き、由佳が扉を開ける。誰もいない教室にふたりで入る。成れた位置の机に導かれ、彼女が微笑む。


「悠人の席はここだよ。前と一緒。あたしはここね。」


窓辺の一番後ろ。1年のときから変わらない場所。机と椅子は別のものだが、なぜか懐かしく感じた。

椅子に座って隣を見る。由佳がそこに座っていて、僕が見ているのに気が付いてこちらを見た。


「どうしたの?」

「これから、よろしくな。」

「うん。」


由佳が笑顔で、左手をグーにして伸ばしてくる。僕も右手をグーにして彼女の拳に合わせた。





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