約束
夢を見た。
高校生になって間もない時。彼女の希望で海辺の観光地に来ている。
真木詩衿。彼女の名前だ。以前は「衿ちゃん」と呼んでいたが、いつからか「しーちゃん」と呼ぶようになった。
ショートの黒髪、眉毛の太い、ぽっちゃりとした女の子。
僕の従姉妹で同い年。子供の時から仲が良く、高校生になった今では恋人となっている。
「悠くん、あの展望台に登ろうよ。」
「ああ、行こう。」
ふたり並んで手をつなぎ、ゆっくり歩きながら木々のトンネルを抜けて展望台に向かう。展望台の周りは開けており、春の日差しがまぶしい。
展望台に昇ると眼下に海原が広がる。陸地のほうを見ると富士山が見えた。
「わぁ、すごいよ。こんな大きい富士山は初めて見る。」
「ああ。裾野まで見えるのは初めて見た。」
「家からだと頭のほうしか見えないの。来てよかった~。」
「喜んでくれてよかった。嬉しいよ。」
「ん、わたしも嬉しい。」
展望台で景色を楽しんだ後、昼食にする。
海岸が見える見晴らしの良いレストランに入り、テラス席に座った。波しぶきが見え、展望台でみた穏やかな景色とは違い、岩場に波が打ちつける姿に驚く。
「わたし、岩場の海を見るの初めて。波がこんなに激しいのね。」
「僕も驚いている。穏やかな波なのに岩場では波しぶきがこんなに打ち上がるんだ。いままで落ち着いて見たことなかったから気が付かなかったよ。」
「海にはよく来るの?」
「海岸まではね。サイクリングでよく来るんだ。海岸で折り返すから、こっちまでは来ないけどね。」
注文した丼が運ばれてきた。母のお勧めで名物らしい。
「美味しそうだね。」
「うん、黒いところがすこし気になるけど・・・」
「そうだね。・・・食べようか。」
「そうね。」彼女が苦笑いをする。
「では」
「「いただきます」」
彼女は無難に身のほうを食べたようだ。僕は黒いところを食べる。
「どう?」
「食感は特にないかな。少し苦い。」
「身のほうを食べたけど、少し苦いよ。」
「なるほど。どこを食べても苦いのかな?」
「ん、そうみたい。」
いろいろなところを食べるが、少し苦い。
「うーん、大人の味って感じなのかな。」
「うん、わたしも。」
ふたりで顔を合わせて苦笑いをした。
昼食後、長い階段を下りて海辺の洞窟に行く。
ふたり手をつないで中に入っていき、暗くなったところで彼女が僕の腕を抱きしめる。彼女の温もりを感じながら、ゆっくり足を進める。海が見える場所で彼女を背中から抱き、ふたりで海を見る。
「悠くん、いつまでもこうしていたい。」
「僕もだ。」
しばらく彼女の温もりを感じながら佇む。
潮が満ちていき、波しぶきが脚にかかる。そろそろ出なければならない。
「そろそろ行こうか。」
「あのね、わたし、、、」
「ごめん、まずは外に出よう。潮が満ちるのが早い。」
洞窟から出て岩場に登る。
「ここなら大丈夫だろう。さっき何か言いかけていたけど、なに?」
「ううん、なんでもない。・・・もう少し、海を見ていたいな。」
「ん。海岸を歩いてから帰ろう。」
階段を上る。彼女の手をしっかりと掴んでいる。
「足場が悪いから気をつけて。」
「ん。」
「もうひとつ、行きたいところがあるんだ。」
永遠の愛が叶うという場所に向かう小道を、ふたり手をつないで登っていく。疲れているのか彼女は浮かぬ顔をしているが、僕に手を引かれて素直についてくる。
「僕と一緒に、、。いいかな。」
「・・・うん。」
夕方
彼女を家まで送る途中。彼女の家の近くの公園で、ふたりでベンチに座る。
彼女は俯いており、見慣れないその姿を不思議に感じ、彼女が口を開くのを僕は静かに待った。
「大学に行こうと思ってて、頑張らないといけないの。だから暫くゆうくんと会えないよ」
「どれくらい?」
「・・・大学に入るまで? 出るまでかも?」
最低でも3年間になる。その長さに僕は言葉を失う。
「時々は会えないのかな。」
「・・・会うと頑張れなくなると思うの。」
「電話はダメかな。」
「声を聞いたら会いたくなっちゃう。。。」
「メールならどう?」
「ん~、メールなら良いかも。」
「分かった。メールするよ。」
「時々にしてね。」
「ああ、週に1回くらいにしておく。邪魔したくないから。」
「ん、ありがと。」
黙っていると彼女は行ってしまうと思い、思い切って彼女の肩を抱いて引き寄せた。彼女は驚いたのかビクッとしたが、そのまま僕の肩に頭を乗せる。
「学校を卒業したら結婚しよう。」
「え?」
「約束してほしい。そしたら待てると思う。」
「ん、・・・わかった。約束する。」
「ありがとう。」
僕たちは初めてのキスをした。