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家政婦の彼女 -ふたりが夫婦になるまで3―  作者: 海來島オーデ
そして僕たちの関係が始まる
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僕は君の笑顔が見たい(2)



「あんたは、詩衿ちゃんの何が好きだったんだ?」


由佳ちゃんからの質問。それは、衿ちゃんの葬儀の後に見失ったことに気が付き、必死に思い出して、そして忘れようとしたもの。今は僕の中で、思い出として存在するもの。


由佳ちゃんは、黙っている僕を心配そうに見る。


「言えることだけでいいから。」


僕は彼女に微笑んで、右手を軽く振って大丈夫だと答えた。


「言うよ。栞里さんにも聞いてほしい。だからお昼ご飯にしないか。さっきから栞里さんがこっちを気にしている。」



栞里さんがちらし寿司の大皿を持ってきて食卓の中央に置く。魚の切り身やエビが並び、イクラや田麩が散りばめられている。その豪華な姿を見ているうちに、取り皿や箸が並べられていく。最後にお茶が置かれた。


「ちらし寿司。詩衿が好きだったの。エビとイクラが好きだったから多めにしてる。...食べましょう。海苔で巻いて手巻きずしにしても美味しいよ。」

「ああ、たべよう。」

「「いただきます。」」



食事に手を付けて、一頻り料理を褒めて栞里さんを労った後、さきほどの宿題を話し始める。


「衿ちゃんを好きになった理由。恥ずかしいけど聞いてほしい。」


ふたりが僕を見て頷いた。


「子供の時から一緒に遊んでいた。衿ちゃんと栞里ちゃん。ふたりがいつも一緒で、ふたりともいつも笑顔だった。僕はその笑顔が見たくて遊びに行ってて、いつしか女の子として見るようになり、僕はふたりに恋をした。衿ちゃんは僕を引っ張ってくれる無邪気な女の子。栞里ちゃんはいつも見守ってくれている優しいお姉さん。

中学に上がったころ、僕の背が伸びてふたりに追いついた。また精神的に成長したんだろう。ふたりを見る目が変わった。衿ちゃんは行動的で気まぐれで、目が離せない気になる女の子。栞里ちゃんはおっとりとしていて優しい、甘えさせてくれる女の子。」


この後に言おうとしていることに、僕の胸がチクリと痛んだ。


「この頃の僕は思ったんだ。ふたりの好きなところが合わさったひとりにならないかなって。...今ならとても残酷なことだが、幸せだったあの頃の僕は確かにそう思った。」


息苦しく感じ、胸を押さえながら話を続ける。


「そして僕が衿ちゃんを選ぶ理由となった日が来た。」




中学2年の春。僕たち三人は大きな公園に来ていた。彼女たちの家から歩いて30分ほどの距離。歩くには少し遠い場所だが、寄り道をしながらの道程は遠くには感じなかった。大きな池と周囲を囲う森。遊具は大きな滑り台とフィールドアスレチックがある。

アスレチックで遊んでいる。前を行くのは衿ちゃんで、僕の手を掴んで引っ張っている。栞里ちゃんは遊ばずに僕たちの様子を見ており、僕が見ると小さく手を振って微笑んでくれた。

不意に強く手を引かれて、引いた相手、衿ちゃんを見る。


「余所見してると怪我するよ。集中しよっ?」

「栞里ちゃんの様子を見たんだ。暇だろうから。」

「お姉ちゃんがやらないのはお姉ちゃんの勝手だよ。それに、...。」

「え?」

「なんでもない、行くよ。」


彼女は僕の手を放して先に進む。僕はその場で立ち止まり彼女を見ていた。

周囲の雑踏と小さな声により聞こえにくかったが、微かに聞こえたその声は「見ててほしい」と聞こえた。何でもない言葉だが妙に気になり、もう一度、今度ははっきり聞きたいと思った。


「衿ちゃん、ちょっと待って。」


縄で出来た網をよじ登り、高台の足場に手をかけると、衿ちゃんが顔を覗かせた。僕はその場に留まり問うた。


「さっき、何と言ってた?」


僕が質問をすると、彼女はにっこりと笑み、悪戯っぽく答える。


「教えない。...ほら、上がってきて。」


彼女は僕の手を掴んで引っ張る。片手を掴まれていると、返って力が入りにくいんだがと思いながらも、彼女に掴まれている感触を感じながら登り切った。


「悠くん、登れたね。」

「ああ、ありがとう。」

「ん。」


彼女の手が離れ、僕はその場で立ち上がる。彼女を見ると、手摺りから下を覗いている。


「おねーちゃん、ここだよ。」


大きな声で栞里ちゃんを呼び、手を振っている。手摺りから下を覗くと、栞里ちゃんが微笑んで手を振っていた。僕が小さく手を振ると、気付いて僕に手を振ってくれた。

衿ちゃんが隣に来て、手振りで先に進むと指差す。彼女の後ろに付いて向かうと、振り返って彼女が言った。


「悠くんが好きだから。わたしを見て。」


言い残して彼女は順路を進んでいく。僕は彼女が言った言葉に驚いて、立ち尽くして彼女を見ていた。



夕方まで遊び、彼女たちを家まで送り届ける。玄関の前で挨拶をして、彼女たちが家に入るのを見届ける。振り返って歩き出し、商店街のほうに向かう。途中にある公園の前を通っていると、後ろから駆け足の音が聞こえて、僕の右腕を柔らかいものが掴んだ。


「悠くん、ちょっと待って。少し話そうよ。」


日の入りの時刻を過ぎ、街灯の明かりが点いている。周りには他に誰もおらず、公園のベンチに座り、あたりが暗くなっていくのをふたりで見ている。「この暗くなっていく時間を黄昏っていうんだよ」と、衿ちゃんが僕の腕を抱えたままでつぶやいた。

恋心を抱いている相手に腕を抱えられ、彼女からほのかに甘い香りを感じて、否応なく気持ちが昂る。彼女が首をかしげて僕を見上げ、その顔の近さにドキッとして、鼓動が早鐘のように打った。


「わたしね、悠くんのことが好きになったんだ。この間までなんとも思ってなくて、弟のように思ってたんだけど。...悠くんは、わたしとお姉ちゃんのどっちが好き?」


僕は彼女を見る。数センチのところに彼女の顔があり、彼女の大きく開いた瞳に釘付けとなる。ほんの少し首を傾ければキスができると邪な思いが走るが、必至に気持ちを抑えた。

僕が答えられずにいると、彼女が首を戻して正面を見る。僕はそれを追いかけて首を彼女に向け、その横顔を見た。


「ずっとお姉ちゃんを見てたよね。悠くんが何を見てるかに気が付いて、わたし苦しくなって、悠くんに恋してるんだって気が付いたんだ。...わたしを見て欲しいって、わたしだけを見て欲しいって、そう思った。」


彼女は首を倒し、僕の肩に頭をのせる。


「教えて。悠くん。」


栞里ちゃんと、目の前にいる衿ちゃん。姿形は一緒だが性格や態度はまるで違う。僕はどちらが好きなのか。ずっと考えてきた僕の中の大きな課題。


「ふたりとも好きで、ふたりに会いに来ている。」

「決めて。」

「まだ、決められない。」

「いつか決めてくれるの?」

「ああ、そうだな。」

「わたしはあまり待てないよ。気まぐれだってわかってる。だからわたしを選ぶなら早くしてね。選んでくれたら...ずっとあなたしか見ないから。」

「わかった。」


彼女が立ち上がって前に歩く。数歩のところで彼女が振り返った。縛られていた彼女の髪はいつの間にか解かれており、ふわりと広がった黒髪が街灯の光を反射して瞬き、僕は目を奪われる。


「わたしのどこが好き?」


悪戯っ子のような笑みで僕に問うた。僕は座ったままで背筋を伸ばし、少し斜に構えて答える。


「気分屋で、我儘で、行動的で。強気で、はっきり物事を言って、周りの目を気にしない。だけど、間違いに気が付いた時には素直で、僕の言葉を聞いてくれる。僕のことを見ていて、僕に微笑んでくれて、僕を好きだと言ってくれる。...その全てが好きだ。」


彼女が微笑みながらまっすぐ僕を見て、近づいてくる。


「なにそれ。口説いてるの?」

「君が言えって言ったんだろ?」


彼女の手が近づいてきて、両手で僕の頬を包む。


「お姉ちゃんは?」

「僕が迷ったとき、悩んだときに、優しく包んで励ましてくれる。」

「じゃあ、わたしの勝ちね。」

「え?」


にこりと笑い、彼女は僕の頭を抱きしめた。僕は驚いて体をビクリと震わせるが、すぐに落ち着いて彼女の胸に顔を埋め、その腰に腕を回した。


「わたしに甘えてもいいんだよ? ちゃんと話を聞いてあげる。」


彼女の香りに包まれながら「そうだね」と答えた。





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