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家政婦の彼女 -ふたりが夫婦になるまで3―  作者: 海來島オーデ
そして僕たちの関係が始まる
23/39

夫婦ごっこ(1)



窓から差し込む光を感じて目を覚まそうと思うが、疲れているのか体の自由が利かず、心地よい温かみと重みのあるなにかが覚醒することを妨げている。

その温かいものを撫でたり掴んだりしながら微睡んでいると、昨晩の出来事を思い出してはっと覚醒した。掛け布団をはぐと、僕にくっつくように栞里さんが眠っている。


昨晩の彼女が「一緒に寝るの久しぶりね」などと言っていたが、それは小学生のころまで遡る。

栞里ちゃんの家に遊びに行き、遊び疲れて眠りそうになったところを栞里ちゃんに抱えられ、いつの間にか布団で一緒に寝ていた。なにかホッとしたことを覚えている。


あのときの彼女はお姉さんだった。時が経ち背丈が追いつき、追い越し、いつの間にか妹のように感じるようになった。

会わなくなって2年の月日が流れ、久しぶりに会った彼女はお姉さんに見えた。そしていま隣で眠る彼女のことを妹のように感じている。


「僕はどう見ているのか。どう見たいのか。」


呟いた後、ふと思い出してスマホに保存している写真を見る。写真の中の僕たちは微笑んでおり恋人同士に見えた。



起きてベッドの上に座る。彼女は横向きに寝てスヤスヤと寝息を立てており、ふわふわしたシャツのはだけた隙間からお腹が見えている。

目覚まし時計を止めて時刻を見ると、針は5時半を指しており、彼女がいつも起床する時間だと思ったが、寝かせておこうと掛け布団を掛けた。今日の予定は午後のため急ぐ必要はない。


机の前に座りパソコンを使って、先ほど感じたこと考えたことを日記に書く。書き終わった後も集中が続き、手を動かして軽快なタイピングの音を鳴らす。

不意にベッドからうめき声が聞こえ、集中が切れて現実に戻された。栞里さんが寝ていたことを思い出してベッドに視線を向けると、彼女が起き上がる仕草をしていた。ベッドに腰掛けて彼女は周囲を見渡し、僕に気付いた素振りもなく再びベッドに横になる。

時刻を見ると6時半を過ぎており、そろそろ起こそうと声を掛けた。


「おはよう、栞里さん」


僕が声を掛けると彼女は驚いて目を見開き、素早く布団の中に潜り込む。もぞもぞと動いて顔だけ覗かせた。


「悠くん、おはよう。えっと、今何時?」

「6時半を回ったところだな。」

「寝坊しちゃった。」

「今日は昼前くらいに出掛けるからまだ余裕だ。寝ててもいいよ。」

「んー、そうもいかないよ。朝ご飯準備するね。普通にご飯食べて、少し早く出掛けて、途中で軽めのお昼ごはんにしようよ。」

「なるほど、そうするか。」



毎日(いつも)のとおりに7時に居間に行くと、食卓の上に朝食が用意されていた。寝巻の上にエプロンをした姿の栞里さんが、どうだと言わんばかりに手を腰にあてて胸を張っている。「凄いな、もう用意できたのか」と言い驚くと、顔をほころばせた。

一緒に朝食を取りながらの他愛もない会話は、いつもより弾んだ気がした。


朝食の後、ソファーに腰を掛けて空き時間をゆったりと過ごしている。出掛ける準備は済んでおり、あとは喪服に着替えるだけとなる。栞里さんも家事を終わらせて僕の隣に腰を掛けた。

彼女はお気に入りの普段着に着替えており、白のTシャツの上から肩紐のあるブルーのワンピースを着ている。髪は後ろに流して黒いシュシュで纏めており、明るい色の髪を引き立てている。


「準備終わったよ。あとは着替えるだけ。」

「まだ時間があるから、ゆっくりしよう。」

「うん。」


ポットから冷えた紅茶をグラスに注ぎ、グラスを手渡して、シロップとかき混ぜ棒を彼女の前に置く。彼女は手渡したグラスをそのまま口に付けてひと口飲み、一息ついてから話し始めた。


「悠くん、今日はどうしたの? いつもなら自室(へや)に行くのに。」

「父さんを真似てみた。父さんはいつも忙しくて、家にいるときはいつも書斎にいるんだ。それでも日曜日は、朝食後にここに座っている。テレビや雑誌を見ることもなく、何もせずに此処にいる。なんでだろうと思っていたよ。」

「答えが分かったの?」

「父さんは母さんを見ていたんだ。朝食後に食器を洗う。その姿がここから見える。その後、母さんがここに座って一緒にコーヒーを飲む。今の僕たちのように。」


グラスを持ち、一口飲んだ。

彼女も僕に続き、グラスを持って一口飲む。


「母さんも日曜日の朝食後は食器を洗っている。他の日は後回しにする時もあるけど、日曜日はいつもね。だから父さんが見ているのを知っていて、見せているんだと思う。」

「素敵ね。」

「そうだな。」


彼女がにこっと笑う。だが、どこか寂しそうな感じに見えた。


「どうかしたのか?」

「え?」

「少し寂しそうに見えた。」

「うちの両親、喧嘩ばかりしていて、そういう素敵な姿を見たこと無いなって。」

「そうか。」

「詩衿が病気になったとき、ふたりで相談して協力してた。だから仲良くなってよかったって思ってたんだ。だけど詩衿が居なくなったらまた喧嘩するようになって、以前よりもバラバラになっちゃって。...夫婦って何だろう、なんで夫婦をやっているんだろう。そう思った。」

「そうか。」

「昨日ね、考えてたんだ。わたしは幸せな夫婦になれるのかな。喧嘩をしないでいられるのかな。ずっと好きでいられるのかな。...とても不安になって、気が付いたら悠くんの部屋にいたの。」

「僕も寝られなかったんだ。夫婦って何だろうって考えていた。母さんは見ての通りだが、父さんは態度に出さないから、心の中でどう思ってるんだろうか。...僕が夫婦になったとき、僕は相手をどう思って、どう接していけばいいんだろうか。そんなことを考えていた。」

「一緒だね。」

「ああ。」

「今日一日、夫婦として一緒にいて、一緒に感じたら、答えが見つかるかな。」

「そうだな。見つかるといいな。」




予定の時刻が近づき、着替えを済ませて荷物を持った。


「そろそろ時間だな。行こうか。」

「うん。」


僕が玄関のドアを開け、ふたりで外に出て、栞里さんがドアの鍵を締める。彼女がカバンにカギをしまうところを何気なく見て、しまったのを見て声をかける。


「行くよ。」

「うん。」


日常の何気ない仕草、何気ない会話。不思議と新鮮に思えた。



駅までの道程を歩いている。いつものとおりに僕が前を歩き、栞里さんが左を1歩遅れて歩く。駅前通りからひと筋外れただけの道路だが、日曜日の昼前にも関わらず他に通行人の姿はない。


「僕たちのことを親戚は初めて聞くわけだから、今日はいろいろ聞かれると思う。質問された時のことを合わせておこう。」

「うん、いいよ。」

「まずは『いつ一緒になったの、結婚すると決めたの』だな。」

「うん。」

「僕と衿ちゃんのことを知っているかもしれないから、去年の6月にしよう。僕たちの間では6月に決めたが、親に言ったのは先月。喪中だから周りには言ってない。」

「うん。」

「『いつ一緒に住むの』って聞かれたら、そのままだな。いま一緒に住んでいる。」

「ん。」

「『いつ籍を入れるの』と聞かれたときは、僕が7月で18歳になるから、その後ってことで。」

「ん。」

「まだ学生だから『学校はどうするの、仕事は決めてるの』って聞かれると思う。学校は通う。学校に通いながら出来る仕事をするよ。」

「どんな仕事?」

「まず君は主婦でいいかな。僕がいま仕事を考えてて、詳しくは聞いてないってことにしてくれ。」

「うん、わかった。」

「とりあえずこんなところかな。」

「ん。頑張るよ。」





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