由佳の試練
「おはよー」
朝から由佳の元気な声が家の中に響いた。出迎えた栞里さんの後に続いて由佳ちゃんが居間に入ってくる。
「悠人、おはよう」
「おはよう」
「ごめんね、朝から来ちゃって。学校始まるまでずっとバイトで、ゆっくり出来るの今日しかないんだ。」
「忙しいんだな。」
「新学期が始まる前だから散髪に来る子が多くて忙しいんだって。」
栞里さんがお茶とお菓子を持ってきた。
「お茶にしましょう。パウンドケーキにドライフルーツを入れてみたの。...膨らみが少ないわね。ちゃんと出来ていると良いのだけれど。」
パウンドケーキをテーブルの上で切り、切り口を確認している。ムラはなさそうだが、あまり膨らまなかったことを気にして、大丈夫かな?と首を捻っている。
僕は手を伸ばして、切ったばかりのパウンドケーキを掴んで頬張った。
「ん、うまいぞ。みんなで食べよう。」
栞里さんに微笑むと、彼女はにこりと笑う。
パウンドケーキが取り分けられたが、僕が1切れ食べたからだろう、数が合わなくなって余った2切れは元の皿に残しており、テーブル中央に置いている。栞里さんらしいと思い苦笑した。
「余りは二人で食べていいよ。僕はつまみ食いしたから。」
由佳ちゃんがニヤニヤとして僕を見た。
「そういうのをサラっとやるところ、色男だね。」
「早く食べたかったんだ。食いしん坊なだけだよ。」
「まったく、そんなんだから誤解される。」
僕はそれでいいんだと首を縦に振り苦笑する。由佳ちゃんは僕を見て呆れたと首を横に振って苦笑した。
「このまえ悠人と会った後に、叔母さんに聞いてみたんだけど、小さい頃にあたしたち遊んでたみたいなんだ。」
「そうか。」
由佳ちゃんが栞里さんを見てニコッと笑う。
「栞里ちゃん、あたし小さい頃、栞里ちゃん家の近くに住んでたんだって。それで公園で一緒に遊んでたみたい。...栞里ちゃん?」
「あ、ごめん、なに?」
「小さい頃に栞里ちゃん家の近くに住んでて、公園で一緒に遊んでたみたいなんだ。」
「えっ、そうなんだ。」
「小学校に入る前だって。あたしは全然覚えてないんだけど。」
「わたしも分からないけど、...その頃の写真はある?」
「栞里ちゃんぽい子と写ってる写真は無かったよ。あっ、あたしの写真を持ってくればよかったね。今度持ってくるよ。」
「うん。わたしも写真を持ってくるね。」
ふたりで手を取り合って笑いあっている。意思が合ったところを水を差すようだが、もうひとつ探すところがあるだろうと口を挟む。
「あー、あれだ。うちにある写真を見ようか。二人とも写っているかもしれない。」
「あ、そうだね。持ってきてくれる?」
「ああ、わかった。ちょっと探すのに時間かかるかもしれないから、なにかやっててくれ。」
「うん、お昼ごはん作りながら待ってるから。栞里ちゃん、野菜持って来たんだ。何かに使って頂戴。」
「ありがと。お昼はなにするのか決めてる?」
「ううん、あたしが作れるのはこの前見せちゃったからもう無いんだ。」
「悠くんはリクエストある?」
「そうだな。...魚は? このところ食べてないから。」
「そうだね。ツナ缶以外で食べたのは先週のサバ味噌煮かな。...由佳ちゃん、買い物に行きましょう。」
栞里さんと由佳ちゃんが買い物に出掛け、僕は写真を探す。
父さんが編集したアルバムと、写真を保存した光ディスクを見つけた。アルバムを開いて中身を見たが、母さんの写真集と化したそのアルバムには、僕以外の子供は写っていなかった。
「栞里ちゃんと衿ちゃんが写っていないのは驚いたな。父さんの母さん好きもここまでくると気持ち悪い。...仕方ない。光ディスクを取り込むか。」
数十枚あるディスクを見て、ため息をつきながらパソコンを起動した。
ふたりが買い物から戻った。栞里さんが興奮しながら買って来たものを取りだしていく。
「悠くん見て~。すごいよお魚、カンパチ一匹。小振りだけど80センチくらいかな、大きなしっぽ。黄色に色付いてて可愛いね~。」
エラと尾を掴んで頭上に持ち上げて踊っている。それを由佳ちゃんは嫌そうな顔で見ていた。
「悠人、いつもあんななのか?」
「そうだ。」
「魚屋で凄い勢いで喋っていたぞ。魚屋のおばさんがどん引きしていたくらいだ。」
「そうか。一緒に魚屋に行ったことがないから知らなかった。」
「...イメージ変わったよ。」
「そうか。この後料理するんだろ? 頑張れよ。」
「え?」
「教えて貰うんだろ? 魚を捌くの。」
「えーっ!」
由佳ちゃんは絶句した。
何度か絶叫がありつつも、無事に料理が出来あがり昼食となった。カンパチは刺身、塩焼き、あら煮になり、他にアサリの酒蒸、イカの生姜炒め、きんぴらごぼうが並んだ。
由佳ちゃんが正直な感想を述べる。
「美味しい。美味しいんだけど。...生の魚とイカ、初めて触った。初めて捌いた。...ネチョっとしてて、内臓が気持ち悪くて...たぶんもうやらない。」
昼食後、パソコンの出力をテレビにつないで、三人でわいわいキャッキャッと騒ぎながら写真を見る。騒いでいるのは女子ふたりで、僕は言われるがままに黙って操作をしている。
本来の目的はそっちのけで、あれが見たい、これが見たいというリクエストに答えていく。
栞里ちゃんが髪を黒く染めた後の三人で買い物に行った時の写真。記念に三人で並んで撮ったものだ。
「可愛い。そっくり。これは見分けられないよ。どっちが栞里ちゃん?」
「わたしはこっち。」と右側を指差す。
「どうして分かるの?」
「詩衿と決めてたの。並んで立つときは右が詩衿でわたしが左。」
僕の母さんと栞里さんのお母さんが並んで写っている写真。二人とも赤ちゃんを抱えていて、栞里ちゃんはお母さんの足に掴まって立っている。
「お母さん若くて可愛い。ちょっと太ってるのかな。いまはガリガリなのよ。...これより前はあるの?」
「電子ファイルはこれが一番古い。これより前だと父さんのアルバムがあるよ。見るか?」
「うん、見せて。」
父さんのアルバムを開くと、母さんの写真が並んでいる。中学生の頃の写真。高校生の頃の写真。成人式の写真。
「お母さん、写ってないな~。姉妹でいつも一緒に居たって聞いていたのに。」
「悠人が生まれた。赤ちゃん可愛いな。」
再びパソコンの写真を見ている。
僕が赤ちゃんの時の写真。小さな栞里ちゃんが座って赤ちゃんを抱えており、赤ちゃんは小さな手で栞里ちゃんを掴んでいる。
僕が歩きだしたころの写真。栞里ちゃんに向かって歩きながら手を伸ばしている。
僕が3歳のころ。僕と衿ちゃんが栞里ちゃんと手を繋いで歩いている。
「小さな栞里ちゃん、可愛いな~。」
「わたしお姉さんやってるね。」
「いまでは考えられないね。」
「一応、ふたりよりお姉さんなんだよ。忘れてると思うけど。」
「うん、年上と言われてもね...」
「もー!」
幼稚園のころの写真を一覧表示している。
「あ、これってこの前の場所じゃない? 遊覧船が写ってる。この写真、大きくしてもらえる?」
「これだな。」
「あ、これあたし。あたし男の子っぽいよね。この子は悠人?」
「そうだな。」
「ここで見切れてるのは栞里ちゃんかな。次の写真!...これ、髪がとても明るい。可愛い。」
「あたしだと思う。」
「一緒に写ってるけど、一緒に遊んでる感じではないな~。次!」
数枚進めた。
「あっ、あたしと悠人が手を繋いでる。次!...栞里ちゃんと詩衿ちゃん。4人で遊んでるね。みんな可愛い。」
数枚進めた。
「あたし叔母さんに抱っこされてる。叔母さん若い。」
「お母さん。しがみついてるのは詩衿ね。」
数枚進めた。
「これ、この前のロープウエイ。あたしと詩衿ちゃん? 手を繋いで一緒に外を見てるけど...富士山を見てるのかな?」
その後何枚か一緒に写っている写真があった。
「やっぱり一緒に遊んでたね。」
「うん。」
「あの場所で知り合った感じだね。」
「うん。」
「えへへへ」「うふふふ」
「あたしたちずっと友達だったね。」
「うん!」




