由佳のアルバイト
駅で栞里さんを見送った後、ロードバイクに跨り、家とは異なる方向に走りだす。栞里さんと衿ちゃんの実家がある町に到着し、自転車を降りて手押ししながら商店街を歩いていく。彼女達の実家より少し手前、広場のある公園で足を止めた。
公園の中に入りベンチに座る。公園の砂場では幼い子供達が砂遊びをし、水場の近くでは小学生が水風船を投げ合っている。
「公園のベンチに座って一人で思い出を振り返るって、おじいさんみたいだな。」
苦笑しながら商店街の自販機で買ったペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。
幼いころに彼女達の家に遊びに来たときは、よくこの公園で遊んでいた。出かけた帰りに彼女達を家まで送る際に必ずこの公園によって話をしていた。衿ちゃんに告白したのはこの場所で、衿ちゃんの姿をした栞里ちゃんにキスをした場所でもある。
「やっぱりここが一番の思い出の場所かな。」
ひとりごとを呟いて空を見上げた。正午を過ぎたばかりで太陽が頭上にあり、サングラスをしているものの、まぶしさに目を細めた。
しばらく佇んでいると、姉弟がキャッチボールを始めたのが目に入った。姉は高校生くらい、弟は小学校低学年くらいだろう。年の離れた兄弟だとくすりと笑う。足元にボールが転がってきたのに気が付き、足で止めてから手で拾い、ボールを拾いに来た姉に投げて渡す。「ありがとうございます」と声をかけられたが、その姿は見覚えのあるものだった。
「由佳ちゃん?」
「え?」
サングラスを外して、挨拶代わりに右手を振った。
「悠人?」
「こんなところで会うとは思わなかったな。」
「なんでいるの?」
「それはこっちの台詞だ。」
由佳ちゃんが一緒に遊んでいた男の子に話をして、男の子はひとりで壁あてを始めた。由佳ちゃんが駆け寄ってきて僕の隣に座る。
「おまたせ。それで、なんでいるの?」
「栞里さんの家がこの近くでね。衿ちゃんのお墓参りに行った帰りに、思い出のこの公園に寄ったんだ。」
「ふーん、そうなんだ。あたしはアルバイトで叔母さんの家に手伝いに来てるの。この近くなんだよ。美容室をやってて、手伝いをしながら勉強してる。それで、いまお客さんがいないからシンちゃんを遊ばせに来たんだ。」
「すごい偶然だな。」
「そうだね。子供の時から時々来てるから、会ってたかもしれないね。」
「そうだな。」
「あたし夕方までなんだけど、一緒に帰る?」
「いや、自転車なんだ。もう少ししたら行くよ。」
今日の僕は、ジョギングをするようなトレーニングウエアを着ている。服装からはサイクリングとは分からないだろう。
「ここからって、凄く遠くない? どれくらいで着くの?」
「片道で2時間くらいかな。」
「すごいね。あたし自転車で来ようなんて思ったこともないよ。」
「ロードバイクだから早く走れる。県境を越えたこともあるよ。」
「どんな自転車乗ってるの? それ?」
「ああ、これだ。」
ロードバイクを指さす。ホワイトを基調にしたカラーで、数年乗っているためかなり汚れているが、強い日差しの中で白く輝いている。
「格好いいね。高いんじゃない?」
「中学生の時に父さんに買ってもらった。値段は知らない。だいぶ乗ったからもうガタが来てて、買い替えを考えている。」
「またお父さんに買ってもらうの?」
「いや、自分で稼いだお金で買うつもりだ。」
「えっ、悠人もアルバイトしてるの?」
「うーん、アルバイトではないけど、、、まだ言えないかな。」
「ふーん。言えるようになったら教えてね。」
「ああ、約束するよ。」
由佳ちゃんの携帯電話が鳴った。呼び出しのようだ。
「お客さんが来たって。ごめんね、仕事に戻るよ。」
「ああ、頑張れ。またな。」
「ん、ありがと。またね。」
由佳ちゃんが男の子の手を取って公園を出ていく。出る直前にこっちを向いて手を振っていった。




