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家政婦の彼女 -ふたりが夫婦になるまで3―  作者: 海來島オーデ
そして僕たちの関係が始まる
12/39

由佳の手料理(1)


夢を見た。衿ちゃんが初めてひとりで僕の家に来た時のこと。


「いらっしゃい」と玄関を開ける。

「来たよ。悠くん。」と衿ちゃんが赤い顔をして微笑む。


「さあ、入って。」

「うん。お邪魔します。」

「何度も来ているだろ?、そんなに緊張するな。」

「そうだけど、ひとりで来たのは初めてだから。」


いつもと違って、恥ずかしそうにしている。


「そんなに緊張していると、僕も恥ずかしくなる。」


僕もおそらく赤い顔をしている。顔が熱い。


衿ちゃんはフリルのついたワンピースを着ている。付き合い始めたころにワンピース姿を見たが、動きにくいからとズボンを履くようになった。久しぶりに見るワンピース姿にドキッとしたことも、僕が緊張している理由のひとつだ。


上がり框に腰を下ろして靴を脱ぐ。僕は手を伸ばして衿ちゃんの左手を取り、立ち上がるのに手を貸した。ふたりの距離が近くなり、ふわっと石鹸の香りがしてドキッとした。


「ありがと。ちょっと洗面台を借りるね。」

「ああ。居間で待ってるよ。」

「うん。」


衿ちゃんが洗面所に入っていく後姿を見送った。


居間に行き、買ったばかりのティーポットで紅茶を入れる。貯めていた小遣いを(はた)いて買った白磁のティーポット。先日のデートで入った喫茶店の紅茶が美味しくて、そこで使っていたものに似た、まるこい形のものを買ってきた。残念ながらティーカップまでは小遣いが足らなかったが。


衿ちゃんが居間に入ってきた。


「お待たせ。」

「紅茶を用意しているから。おやつにしようよ。」

「うん。あ、羊羹を持ってきたの。出すね。」


家族では何度も来ているため勝手を知っている。衿ちゃんが慣れた手つきで小皿を用意し、羊羹を切って持ってきた。丁度良く紅茶をマグカップに注ぎ終わる。


「それじゃ、食べようか。」

「うん。」


衿ちゃんが笑顔を見せたところで、夢から覚めた。




今日は由佳ちゃんが泊りに来る。僕は時間に合わせて居間で座っている。

仲の良い女子が(栞里さんの部屋にではあるが)泊りに来るという大イベントに緊張をしている。夢で見た衿ちゃんがひとりで僕の家に来た時思い出も、意識を高めている要因なのかもしれない。


10時に玄関のチャイムが鳴り、栞里さんが出迎えて、二人が居間に入ってくる。

由佳ちゃんがいつもと変わらない表情と態度で僕に挨拶をする。


「やあ、悠人。」

「おはよう」


互いに小さく手を振って挨拶を交わす。由佳ちゃんが椅子を指さし、僕が頷くと椅子に座った。いつもと変わらない態度に、僕の緊張は解れていく。

栞里さんがくすりと笑い、お茶を持ってきた。


「おやつを食べながらお昼ご飯を何にするか相談しましょ?」

「あたしが作るよ。クリームパスタ。材料も持ってきたから。」

「あら。」

「泊めてもらうし、ご飯も食べさせてもらうから、これくらいはさせて。」

「うん、ありがと。」

「悠人も、いいよね?」

「ああ、ありがとう。」

「んふっ。...栞里ちゃんの仕事をあたしが手伝うってことだからねっ!」

「ぶっ。わかった。」


急に恥ずかしくなったのか、最後はツンデレになったのが面白かった。




「じゃあ、あたしが作るから栞里ちゃんは見てて。駄目そうなところがあったら言って。」

「うん、わかった。」

「始めようとしているところ悪いが、勉強していてもいいかな?」

「いいけど、そこに居て。」

「なぜ?」

「喧嘩するかもしれないでしょ。その時は悠人が止めて。」

「わかった。一度部屋に行ってくる。すぐ戻るから。」

「いいよ。」


問題集を持って戻ると、二人で手分けして食材を切っていた。


「おわったよ。」

「栞里ちゃん、早い。」

「毎日やってると、慣れてくるよ。」

「えー、慣れたくないな~。」

「いいお嫁さんになりたいんだよね?」

「まあそうなんだけどさ~。料理ができるお婿さんを貰おうかな。あっ、悠人に聞かれた。」

「悠くんが料理をしているを見たことないよ。」

「しまった~。あ、終わったよ。」

「はい、それでは使う順番に食材を並べて。入れるタイミングが違うなら分けて置いてね。」

「はい先生。...並べ終わりました!」

「フライパンお願い。わたしは鍋でお湯沸かすね。」

「おっけー。悠人、待っててね。おいしいの作るから。」


由佳ちゃんがこっちに手を振っている。小さく手を振って答えた。


フライパンに火が入り、バターの香りがしてくる。


「あ、それ、ベシャメルソース?」

「そう。作ったことないの?」

「うん、作るの和食が多いし、シチューは市販のルーを使うから。」

「はい出来あがり。簡単でしょ?」

「うん、簡単そう。」

「えへへ。弱火にして、焦げないようによく混ぜるんだって。」

「ん、今度作ってみよ。」

「じゃあ次ね。大きなフライパンが2コあって楽ちん。そのまま置けばいいもの。」

「うん、全部で3コあるの。」

「ええっ、うちなんて1コしかないよ。」

「わたしも最初驚いたんだけど、慣れちゃって、、、今は3コとも使ってる。」

「うひゃー」


炒めたニンニクの香りがしてきて、そこにベーコンの香りが混ざる。さきほどおやつを食べたはずなのだが、おいしそうな匂いにおなかが鳴った。


「お湯沸いたよ。」

「塩入れた?」

「いま入れた。」

「おっけー。パスタ茹でて。」

「うん、やるよ。」

「広いといいね。コンロ前でふたりで作業できるなんて、憧れちゃう。」

「茹で加減はどうする? 固め?」

「普通でいいよ。」

「ん、わかった。」

「あたしのほうは出来たから、一度火を止めるね。」

「ん。」

「悠人、もうすぐできるから。」


由佳ちゃんがまたこっちに手を振っている。小さく手を振って答えた。


「そろそろ茹であがるよ。」

「はーい。」

「あれ、湯切りしないの?」

「しないよ。トングで持ち上げるだけで十分。...はい完成。盛り付けするね。」

「はーい。わたしはオニオンスープを入れるね。インスタントだけど。」

「おっけー」


「運ぶよ。」

「うん。」

「悠人、お待たせ。」

「悠くん、お待たせ。」


テーブルに料理が並んでいき、栞里さんが各席にフォークを置いて、座席に三人が揃った。僕の前に由佳ちゃん。その隣に栞里さん。


「「いただきます。」」


全員で揃って食事の挨拶をして食べ始める。


「うん、美味しい。由佳ちゃん、すごいよ。」

「えへへ。悠人はどう?」

「ああ。美味しいよ。」

「それだけ?、もっとあるでしょ?」


とろっとしたソースをパスタに絡め、口に含むとベシャメルソースのクリーミーな中にニンニクとチーズが香り、ベーコンから滲み出る旨味と丁度良い塩加減とコクが下を喜ばす。もちっとしたパスタが歯ごたえ良く、ピリッとした黒コショウが良いアクセントになって、うま~い!

などと考えたが、これを言うのは恥ずかしい。僕にはグルメリポートは無理だ。


空想を振り払って前を見ると、由佳ちゃんが真剣な顔で僕を見ている。その右手は胸の前でサイドテールの髪を忙しなく弄っている。

美味しく感じたのは間違いない。正直に思ったことを述べることにし、頑張って言葉を多くする努力をした。


「うん。とろっとしてるけど食べやすくて、味付けも丁度良くて好きな味だな。美味しいよ。」

「んふっ。とっても嬉しいな。ありがとう。」




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