料理(1)
「あ、やっぱり。久しぶり。」
「あら、こんにちは。いらっしゃい。」
「約束、破ったよね。しっかり聞かせて貰うわよ。」
「わかったわ。どうぞ上がって。」
「お邪魔します。」
下川さんは鋭い目つきで栞里さんを睨んでいる。言葉もきつい口調だ。
二人は知り合いだったのか。驚いた。
居間にふたりを招いて椅子を勧める。
「あ、紅茶を入れるから。」
「私はお菓子を用意するわね。あ、悠くん、ティーカップ買ったの。用意するわね。」
テーブルに白磁で無地のティーカップが並ぶ。ティーポットと並べると様になっている。
「いいね、ティーポットに合っているよ。」
「よかった。」
紅茶を注いで「どうぞ」と各席の前にカップを置く。その間に栞里さんがパウンドケーキを持ってきた。
「はいどうぞ。ココアでマーブルにしてみたの。」
「ありがとう、いただきます。」と高橋さん。下川さんは軽く頭を下げた。
栞里さんが各席にケーキ皿を置いてから席に座る。僕の隣に栞里さん。僕の前に高橋さん、隣に下川さんだ。
「下川です。以前はどうも。」
「あ、高橋です。」
下川さんが射るような目付きで栞里さんを見ている。
「家政婦さんですよね。」
「はい。」
「前に話し合ったことを憶えてますか。」
「はい。」
「栞里ちゃんでいい?」
「...はい。」
「あたしがなんで怒ってるか分かるよね。まあ、しょうがなかったんだと思うけど。」
「うん、ごめん。」
「じゃあ、また今から友達ね。」
「え?」
「連絡先交換しよ。あれからスマホ買ったんだ。」
「ん。由佳ちゃん変わらないね。」
「あたしはあたしだよ。」
「ありがと。」
「毎日ここに来てる?」
「うん、毎日いるよ。」
「お弁当のおかずの作り方を教えて。お願い。」
「いいわよ。」
「明日、来てもいい?」
「えっ、うん。」
「10時はどう? 一緒にお昼ご飯を作りながら教えて。迷惑掛けた分は仕事を手伝うよ。」
「うん、大丈夫だけど、お願いするときは言うわね。」
「おっけー。...あ、いただくね。...うん、美味しい。」
パウンドケーキを食べた下川さんが、目を白黒させている。
「ありがと。レシピ通りに作っただけなのだけど。」
「あたし前に作ったらパサパサだったよ。今度作ってるとこ見せて?」
「うん、いいわよ。」
「明日は何を作る? 持ってくるよ。」
「ううん、こっちで用意するからいいわよ。何を作るかまだ考えていないし。」
「それじゃ悪いから。...うん、適当に持ってくるね。別の料理に使ってくれればいいから。岡田くんもお昼食べるでしょ?」
「明日だな。食べるよ。」
「よし、あたしの手料理を食べさせてあげるね。」
「ああ、わかった。」
「ケイちゃんは来る?」
「ん~、私はいいや。」
「残念。じゃあ、明日からお願いします。」
「うん、こちらこそ。」
「えーと、僕の予定は聞かないの?」
「なにか予定あるの?」
「いや、何もない。」
「じゃあいいじゃん。美味しいごはん食べさせてあげるから、楽しみにしてて。」
「はぁー、わかったよ。」
「今日、昼ごはん食べるよね。すぐ作るから待ってて。」
「あたし手伝うよ。」
「私も手伝います~。」
3人で台所に向かった。慌ただしいと思いながらその姿を何気なく見ている。
「キッチン広いね。三人居ても余裕ある。」
「コンロ周りが広いし、楽そう。」
「冷蔵庫が少し離れているから、不満はそこくらい?」
「使ってみると、食材を置く場所が広いから、使うものを冷蔵庫から全部出して、必要な分だけ取ってからまたしまうの。だから全然気にならないわよ。」
「あー、あたし苦手かも。次はあれ出して~とかやっちゃうわ。」
「ゆかちゃん準備できなさそうだもんね~。出したら出しっぱなしだし。」
「もう、その通りだから困っちゃうじゃない。」
三人とも笑い声を上げる。
「それで、何を作るの?」
「カレーライスよ。はいこれ、炒めてもらえる?」
「挽肉ね。任せて。」
「高橋さんはサラダの盛り付けをお願い。はいこれ。野菜洗ってね。」
「任せて~。」
「由佳ちゃん、つぎこれ混ぜて。」
「はいよ。」
「水いれて、全体がグツグツしたら一度火を止めてルーを入れてね。10分混ぜながら煮込んだら出来上がり。」
「はーい。あらかじめ必要な分量で分けてあるのね。」
「うん、用意しながら作るのは大変だから、作り置きできるものは暇なときに準備しとくの。」
「勉強になる。あたし作りながら切ったり量ったりしてたから忙しくて、それで失敗してたかも。」
「高橋さん、最後にゆで卵。切ってから乗せてね。」
「はーい。」
「ごはんよそうわね。」
「出来たからカレー掛けるよ。」
テーブルに料理が並べられていき、全員が席についた。
「「いただきます。」」
「美味しい。ジャガイモ入れてないのに味がする。なんで?」
「ルーと一緒にジャガイモのポタージュを入れたの。固まりがあったほうが美味しいけど、今日は手抜きね。」
「ジャガイモは大変なの?」
「洗ったり芽を取ったり、手間かかるの。」
「あー、そうだね。作り置きは?」
「ジャガイモは冷凍するって聞いてるけど、まだ試してなくて。」
「ふーん。いろいろ考えてるんだね。家政婦さんって大変そう。」
「最初は大変だったけど、いまは余裕があるかな。買い物と料理の時間がほとんどになってる。」
「毎日何時間くらい仕事してるの?」
「うーん、まとめると4時間くらい? いまは学校が無いから、結構自由に過ごしてる。学校始まったら大変かな~。」
「朝早いでしょ? 大変じゃない?」
「ううん、朝ごはんは7時で、6時から準備始めれば十分間に合うから、いまは5時半くらいに起きてるよ。学校始まっても、近いからあんまり変わらないかな。」
「えっ、あんた何処に住んでるの?」
「此処だけど、も?」
下川さんが強張る。僕は苦笑いをする。高橋さんがニヤリと笑い、楽しそうに聞いてきた。
「同棲?」
「違うぞ。同居だ。」
「彼女じゃないの?」
「違う。」
「これからも?」
僕は言葉に詰まる。栞里さんが顔を背けたのが目に入った。
「先のことは分からないが、予定はない。」
「ふーん。」
下川さんに表情が戻り、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「あたしも住む。ここに住む。」
「下川さんは駄目だろ。同級生で同居は学校で問題になる。」
「由佳って呼んで、前みたいに。あたしも悠人って呼ぶから。」
「あ~、わかったから落ち着け。」
「落ち着いてるもん。」
「とりあえず座って。」
「ん~、わかった。」
下川さんは座りながら話を続ける。
「一度泊まりに来ていいかな。栞里ちゃんと話がしたいし。あ、もちろん栞里ちゃんの部屋に泊まるよ。」
「まあ、1日くらいならいいかな。栞里さんはどう?」
「うん、いいよ。いつにする?」
「明日は?」
「いいよ。悠くんもいいよね。」
「ああ。」




