中
互いの秘密を告白しあった後、私たちはしばらくともに遊びました。
双方ゲーム機器のようなものは持っておりませんでしたので、鬼ごっこやらかくれんぼやら、そんなことをして遊んだような気がします。遊び場にしたのが廃病院でしたので、とても刺激的で、どこか背徳的な楽しさがあったことを覚えておりました。
涼しい廃病院の空気や、放棄されたままのガラス器具、ボロボロのベッドなどがそこいらにありましたので、かくれんぼでは隠れる場所に困りませんでした。むしろ、隠れる場所が多すぎて、後半は範囲を決めて行うほどでしたから。
そうやって、日暮れ直前まで遊んでから、私たちは家路につきました。
その帰り道に、私は少年Aとその弟から、明日はここにいるのか、と聞かれました。その時に、私は思い出しました。この新しい親友と、あと数日たたないうちに別れなければならないことをです。
なにせ、私は両親が忙しい一週間だけ祖父母の家に預けられたのです。ですから、いずれあの退屈な都会に戻ることになります。たった数日遊んだだけとはいえ、秘密を打ち明けあった私と彼らは、すでに親友でした。
私は、言葉に詰まって、明日はいる、と答えました。
そう答えると、少年Aは嬉しそうにこう言ったのです。
明日は、夏祭りだから一緒に回ろう、と。
夏祭り。何と素敵な言葉の響きでしょう。私の街でも、夏祭りというやつはございました。立ち並ぶ縁日に、普段は歩くことの許されない道路の真ん中を堂々と歩くことの許される、数少ない日でした。
私は、間髪開けずに首肯し、口で肯定しました。まだ、祖父母に許可すらもらっていないというのに。
私の勇ましいその答えに、少年Aとその弟は喜びました。遠くに見える入道雲と、茜色に染まりだした空と彼らの弾けるような笑顔が、素晴らしいコントラストを作り上げておりました。
その後、彼らと別れた私は祖父母に頼み込んで、明日の夏祭りへの参加権をもぎ取りました。何せ、明日はこの祖父母の家の最後の滞在日でしたから、祖父母を置いて新たな友達と遊びに行くというのは大層不満なことでしょう。これが、せめて祖父母と一緒に回りたい、というものでしたら歓迎されていたのかもしれませんが、私は馬鹿正直に友達と回りたい、と言いましたから、大層心配されました。
なにせ、私の目から少年Aは年上の兄のような存在でも、祖父母にとっては子供に過ぎないからです。いえ、彼ら老人にとっては、保育園も幼稚園も小学校も、特に変わりはないのかもしれません。最後の方は、私に押し切られるように、不承不承といった様子で私の一人行動を許してくれました。
そして、夏祭り当日。つまり、私と親友二人との別れの日。
いつも通りの半そで短パンを身につけた私は、約束の時間より三十分も前に茜色に染まりあがった空を見ながら家を出ました。なにせ、この狭い田舎は山の連なりのおかげで、音がとてもよく反響したのです。そのため、祭囃子の太鼓の音も私の祖母の家まで届いておりました。祭囃子は幼い私の好奇心と楽しみを煽り、体を動かしました。
コンクリートで舗装されていない細いあぜ道を駆け抜け、私は少年二人と待ち合わせた空地へと向かいました。盆であることもあり、いまだに油蝉は求愛の声を上げ続けておりました。少ない家の軒先にはあの祭りのときに吊り下げられる、白いひらひらとした紙が幾枚か熱気を含んだ風にあおられ、沈みゆく太陽の代わりとなる赤提灯が次々にそのオレンジとも赤とも言えない、柔らかな明かりをつけていきました。
空地につけば、私よりも先に彼らが空地についておりました。まだ、待ち合わせ時間を十分に残した状態でしたので、私は大層驚き、そして同時に大層共感しました。彼らもまた、私と同じく祭囃子に誘われてきたのです。
待ち合わせ時間など、あまり意味のない時刻を忘れ、私と少年二人で、祭りを回り始めました。
冷たく甘いかき氷。
大きな水槽の中を涼しそうに泳ぐ金魚。
この暑さにも負けずに祭囃子を奏でる男たち。
熱い鉄板の前で客に声をかける屋台の店主。
少々浮かれた雰囲気の田舎を、私たちはしばらく歩き回り、たまに遊び、祭りを堪能しました。
くじ引きでいいおもちゃは引けませんでしたし、射的は菓子に掠ることすらしませんでした。しかし、すべてが全て、楽しかったことを覚えております。祖母に内緒で祖父は私にお小遣いを握らせてくれましたので、祭りを存分に楽しむことができたのです。
いえ、祖父のおかげだけではないでしょう。少年二人がいたから、私はここまで楽しめたのです。
祭りの街路を一回りした後。私と少年二人は、元の空き地に戻りました。歩き続けて疲れたためでした。
そして、祭りの戦利品たる小さな箱入りのガムや、たこ焼き、かき氷などを食べながら、同じ保育園の誰が好きだの、小学校の誰がすごいだの、どんなゲームが面白かっただの、そんなくだらない話を始めました。
そんな話の中で、少年Aの弟が口を開きました。
曰く、お母さんが宝探しの準備をしている、と。
それを聞いた私と少年Aは色めき立ちました。何せ、『宝探し』です。私との最後の別れを惜しむうえでも、私と少年A、それに、少年Aの弟は、彼らの母が隠したという『宝』を探すことにしました。
隠したらしい場所は、私たち(正確には、少年A兄弟)の秘密基地である、廃病院でした。何でも、数日前に少年Aの弟が、何やら大きな袋を大事そうに持って廃病院へと向かう母を見た、というのです。
その時の私たちはもちろん、その中身が何なのかは知りませんでした。しかし、祭りの熱気に浮かされた私たちには、彼の母が大きな袋一杯に何やら大切な宝物を詰め込んで、それを私たちの秘密基地に隠したのだと、そう思ったのです。
それを聞いた私と少年Aは、もう辛抱なりませんでした。少年Aの弟も、その宝が何なのかは知りませんですので、誰が反対することもなく、その宝物を探しに行くこととなりました。
勇ましい祭囃子を背後に効きながら、私と少年A兄弟は廃病院へ駆け出しました。先ほどまで仕事をしていた太陽は既に山の向こうへと超えていたため足元は暗く、空には天の川が輝いておりましたが、そんなこと、もう気にもなりませんでした。
夜の廃病院にも関わらず、私と少年A兄弟は祭りの効果で浮かれておりましたから、恐怖というものはほとんど感じませんでした。ただひたすら、件の『宝物』というやつが気になって仕方がなかったのです。
最初に探したのは、一階のフロアからでした。床はすっかりひび割れ、割れたタイルの隙間からは名前も知らぬ雑草が生い茂っており、熱気を吸い上げ、冷たい空気にかえておりました。
かくれんぼの時にも気が付いておりましたが、この病院はずいぶんと広いのです。三階建てのこの病院は、上の階に上がるにつれて経年劣化による破損がひどいものとなっておりました。
少しだけ探した後、私たちは早々に見切りをつけ、別の場所を探し出しました。飽きた、というのも理由ではありましたが、一番の理由は、私たちが昨日遊んだ場所が、まさにここだったためです。もしも、彼らの母がここに宝物を隠していたというならば、私たちは遊んでいた拍子に見つけていたはずなのですから。
下の階の見える階段を上り、私と少年たちは二階へと上がりました。二階は、もともと診察室だったのでしょう。たくさんの個室があり、私たちはそれを一つ一つ丁寧に調べていきましたが、それでも見つかりませんでした。鉄骨の見えるコンクリートの床に気を付けながら、私たちはまさに、『宝さがし』をしておりました。
そして、私たちは手すりすらない古びた階段を上り、三階に到着しました。
三階は、下の二階部分や一階とは雰囲気が異なりました。八月だというのに、何やら、異様に寒いのです。それでも私たちは『宝探し』を続行しました。ここまで来てしまったので、どうしても引き下がる気が起きなかったのです。
一つ部屋を上げてみれば、そこはどうやら、もともとは手術室だったらしく、ガラスの割れ切った棚に、錆びた金属片やら穴の開いたガラス器具やら鉄製のプレートやらが荒れ果てた様相で並べられておりました。
どこかに雨水がたまっているのか、ぴちょん、ぴちょん、という水音が、あたりに響いておりました。
しばらく探索しましたが、ここもはずれでした。
二部屋、三部屋と探し続け、それでも見つかりませんでした。あきらめた雰囲気の浮かび始めた四部屋目。ここは、さらに様相が異なりました。
何せ、この部屋を開けた瞬間に、生理的に受け入れられないような悪臭を感じたのです。まるで、汚水を煮詰めたかのような、呼吸の苦しくなる異臭でした。さらに嫌なことに、雨漏りの原因はここのようでした。床に、何かの液体のたまり場ができていたのです。
あまりの異臭に、私と少年A兄弟は部屋の中に入らずに、そっと古びてささくれた木製のドアを押し開け、中の様子を確認しました。ぎぃー、という扉のきしむ音が大層耳障りでした。
この病室……いえ、おそらく、手術室には、一つ、細長い、机を二つ並べたような台が中央にぽつりと残されておりました。そして、その上に、何やら黒っぽく変色した袋が置いてありました。割れた窓から差し込む月明かりに照らされたそれは、何やらぬるぬるとしており、気味が悪く感じられました。
その袋を見た少年Aの弟が、唐突に声を上げました。
「あったよ! あそこの袋!」
それを聞いた瞬間、私の評価は一転しました。
なんと。これが、件の『宝物』か、と。何と大きな袋なのだろう、と。
無謀と言えばいいのか、勇敢というべきなのか、それとも、好奇心旺盛というべきなのか。私たちは、異臭も寒さも忘れて、その袋に近づき、そして、その袋をばさり、と開けました。
当然、袋が外されましたので、その『宝物』とやらの正体が目につきました。
中に入っておりましたのは、
中に入っていましたのは、
中にありましたのは、
半分融解した男が一人、入っておりました。
遠くから聞こえる祭囃子の音が、一瞬、さらに遠のいたように錯覚しました。