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物語の結末を導くのは

作者: 青い犬

ふんわりした設定です。それでも読んでいただけるとありがたいです。

 私が前世の事を思い出したのは、つい先日のことでした。


 婚約者であるアルフレッド殿下と、優れた魔法能力を持つと言われているシンシア様が一緒にいらっしゃる姿をお見かけした時、私の頭に一つの違和感が生まれました。……この光景に似た状況を知っている気がすると。


 瞬間、私の頭に知らない記憶が流れてきました。そして気づいたのです。その記憶が私の前世の記憶であることに。


 幸い、記憶を思い出したことで寝込むようなことにはなりませんでした。前世の記憶と言っても、多くを思い出したわけではありませんから。ですが同時に、私はこれから起こるはずの未来に気づいたのです。この状況を見たことによって。


 最近この国で流行っている小説の中に、王子のようなこれから国を引っ張っていく優れた男性が、愛する女性と出会って変わり、その女性をいじめていたとされる婚約者を糾弾し、婚約破棄をするという小説がありました。その婚約者の女性は「悪役令嬢」と呼ばれ、最後には罰が下る。そして、残った女性と男性は結ばれ、ハッピーエンドになるというものです。


 今の私はその「悪役令嬢」と似ています。私はその女性をいじめていませんが、シンシア様はこの学校の特待生で、実家は花屋の一般市民の方だと聞いているので、小説のヒロインと立場が似ています。美人で優しくいろんな方から慕われているようで、男女問わず人気のあるお方です。そんな方と楽しそうに話していた殿下は、きっと彼女の事を愛しているのでしょう。殿下はお優しい方なので口には出しませんが、私を見ると目をそらします。私の事がお嫌いなのでしょう。私の弟であるブライアンや幼馴染のクライヴも同じです。昔はよく一緒に遊んでくれていましたが、シンシア様が転入してきてからは、私のことを避けるようになりました。小説のヒロインは、ヒーロー以外の男性にも慕われていましたし、彼らとシンシア様が仲良くしているということを噂で聞いていたので、彼らもシンシア様を愛しているのだと思います。


 お二人の姿を見たときに感じた違和感は、その類の小説を私が読んだことがあるからでしょう。その「悪役令嬢」は、ヒーローとヒロインが一緒にいる姿を見て、その場で嫌味を言うはずですから。私は思わず逃げ出してしまいましたが。


 小説と同じようになるのなら、ヒロインはシンシア様で、ヒーローがアルフレッド殿下、そして私がライバルである悪役令嬢になるのでしょう。それなら私は小説と同じように、婚約破棄をされる運命なのかもしれません。


 私は殿下の事を愛してはいますが、殿下は違います。婚約破棄されるのはおかしくないことです。

 殿下はお優しい方なので、小説のように没落したり最悪死刑にされたりというようなことにはならないでしょう。ですから、今から足掻いて婚約破棄を免れようとしたり、殿下に仕返ししたりするということはしません。どうすればいいのかわかりませんしね。


 家族も失望させて今後の結婚も望めないかもしれませんが、そうなれば修道院に入ればいいでしょう。お父様は特に厳しいお方で、きっと婚約破棄をされれば、家を追い出されると思いますから。


 ただ一つ心残りがあります。それは前世の私の最後の願いです。


 前世の私は、親を早くに亡くし、叔父夫婦に幼い妹と共に引き取られました。叔父夫婦は優しい方たちでしたが、私は迷惑をかけたくなくて、高校卒業したあとは就職して叔父夫婦の元を離れました。


 そのとき妹も一緒に家を出たので、私と妹は二人で暮らし始めました。妹は才能があったらしく、高校生になってから応募した小説がきっかけで小説家になりました。そのおかげもあって、二人の生活は思ったよりも苦にはなりませんでした。


 私が死んだその日は、私の二十歳の誕生日でした。私は冬生まれで誕生日よりも先に成人式が行われたのですが、私は成人式に参加しませんでした。スーツで行くのも普段とあまり変わりがなく、振袖をレンタルするくらいなら妹にお金を使いたい。何より、その分仕事をした方が良いと思ったからです。結果、妹には怒られました。「一生に一度しかないのだから、行くべきだった」と。私は別に成人式などどうでもよかったのですが、妹は「もっと前から姉を説得しなかった自分も悪い」と落ち込んでしまい、それについては申し訳なく思いました。だから、「それなら二十歳の誕生日は盛大に祝おう」という妹の提案を、私は快く引き受けました。今思うと、妹が私の誕生日を祝うという行為自体も嬉しかったのですが、成人を祝われるということも嬉しかったのでしょう。成人式はどうでもいいと思っていましたが、成人するということ自体は、なんだかんだ私にとって特別だったみたいです。きっと、これで妹を大人として守ることができるという気持ちと、ここまで頑張ってこられたことを認められるんだという気持ちがあったからでしょう。


 誕生日当日、私は浮かれていました。叔父夫婦は優しかったけれど、私たち姉妹の誕生日を祝うことはありませんでした。理由は、私たちが遠慮したからです。「わざわざケーキを買ってもらってプレゼントをもらうなんて申し訳ない」と。妹も幼かったのにもかかわらず、私の気持ちを悟ったのか、叔父夫婦に祝ってほしいと言うことはありませんでした。けれど、姉妹ではお互いの誕生日のときは祝いあっていました。もらったお小遣いで買ったお菓子をあげる程度でしたが。私たちはそれで幸せだったのです。


 その誕生日の日は、妹が小説家になって初めてもらったお金でケーキと花束を買い、私を祝ってくれるはずでした。私は自分の給料で妹の誕生日を祝ったことはありましたが、される側になったのは初めてでした。妹が誕生日を祝ってくれるのは初めてではありませんでしたが、妹が私のために自分で稼いだお金を使って祝いたいと言ってくれたことが嬉しかったのです。


 でも、それは叶いませんでした。仕事の帰り、雪でスリップした車にはねられ、私はそこで死んでしまったのです。


 死ぬ間際私は思いました。現世では成人を祝ってもらうことは叶わなかったけれど、来世では愛する人に、心から成人することを祝ってもらいたい。家族でも恋人でも私の愛する人に祝われるのなら、きっと幸せだから。


 私の前世の記憶はそこで途切れました。そう願ったのは、次こそは前世の妹のように私の愛する人に祝ってほしかったからです。でも、それは叶わない願いでしょう。


 今の私にとって「愛する人」は、アルフレッド殿下です。それはきっとこの先も変わらないでしょう。だから、前世の私には酷なことですが、前世の願いはあきらめようと思います。今の私は「ロレッタ・スウィンフォード」という名の女性で、「前世の私」ではないのですから。


 あと一週間ほどで卒業式です。卒業式と同時に私たちは成人扱いになりますから、おそらくその日に正式に婚約破棄となるでしょう。殿下が成人すれば、彼の意見も尊重され、王妃になる方を決定することも可能になるでしょう。そうすれば、きっと王妃様はシンシア様になります。


 そのことを考えると胸が締め付けられる思いですが、私にはやることがあります。いつでも殿下の申し入れを受けられるよう、家を出る準備をしなければ。あと、当日は淑女としてきちんと振舞えるよう、婚約破棄される覚悟もしないといけませんね。




 あれから一週間が経ち、今日は卒業式です。この一週間は特に変わらずの日々でした。


 殿下は私を見ると目をそらして立ち去り、ブライアンやクライヴの姿は学校で見かけることはありませんでした。お父様やお母様には卒業式まで気を抜かないように注意され、学校の生徒達には遠くからこそこそとされることがよくありました。友人のカーナ様も、どうやら忙しい様子で、一緒に過ごすことはほとんどありませんでした。屋敷の使用人たちが話しているのを聞いたのですが、どうやら殿下はずっとシンシア様の実家である花屋に通っていたようです。シンシア様に会いに行っているのでしょう。聞かなければよかったと後悔しました。なぜか侍女のポーラは珍しく殿下に腹を立てていました。「肝心のお嬢様を放っておくなんて」と。ポーラは殿下の事を信頼していて、彼に対して怒ることなどめったにないのに。すぐに気づいたようで、私に「今の発言は忘れてください」と謝ってきましたけれど。私の心配をする素振りを見せるなど、彼女はしないので正直驚きました。いつもは両親同様私に厳しく、あまり感情を露わにしない人ですから。


 卒業式自体は滞りなく終わりました。普通ならこれで終わりなので帰るところです。


 ですが、私には用事があります。昨日、殿下から手紙が送られてきたのです。「卒業式の日、中庭に来てほしい」という内容の手紙を。


 おそらく、ここで婚約破棄をされるのかもしれません。でも、小説のように式の最中に大勢の前で婚約破棄をされるわけではないので、まだ良い方なのかもしれません。私は覚悟を決め、中庭へと向かいました。




 ……そう思っていたのは私の勘違いだったようです。


 中庭に着いた私を出迎えたのは、殿下だけではありませんでした。弟のブライアンや幼馴染のクライヴ、友人のカーナ様もいました。陛下や王妃様、私の両親もいらっしゃいます。そして、殿下の隣にはシンシア様もいらっしゃいました。


 まさか、親しい人たちの前で婚約破棄されるとは思っておらず、顔が引きつってしまうのをなんとか耐えました。私は精一杯笑みを浮かべ、アルフレッド殿下の方を見ました。


「殿下、私に何の用でしょうか」


 殿下とシンシア様が顔を合わせて頷くと、殿下は私のほうに歩いてきて、私の前で立ち止まりました。


 シンシア様とそこまで愛し合っているのだと気づき、胸が痛みましたが、今はそれどころではありません。


 私の背中を汗が伝っていくのを感じました。これから起こる出来事に、私の心臓がばくばくと音を立てているのもわかります。それでも、私は笑みを浮かべ続けました。


 殿下は一言、「周りをよく見ていてくれ」と言いました。「周り」というのは、ブライアンたちや陛下たちを見ろということなのでしょうか。私は彼らがどんな目で私を見ているのか見ることができず、視線を下にずらし、まだ花が咲いていない花壇を見つめました。……覚悟を決めたはずですのにね。


 けれど、それを合図にするかのように、殿下は小さく呪文を唱え始めました。それが魔法を使おうとしているということはわかりましたが、私には何の魔法なのかはわかりませんでした。ただ、高等魔法なのはわかります。学校で習ったことのない呪文でしたから。


 殿下は呪文を唱え終えた瞬間、パンッと手が合わさるように叩きました。その音に私の体が反応し、少しだけびくりとはねましたが、私の表情に不安が表れることはありませんでした。


 いえ、不安という気持ちが一瞬でどこかへ行ったと言った方が正しいでしょう。代わりに私の中に驚きと感動という気持ちに支配され、私は心からの笑みを浮かべました。


 殿下が手を叩いた瞬間、目の前に広がったのは綺麗な花たち。花壇には何も咲いていなかったのが、一瞬で色とりどりの花々が咲き乱れました。驚いて思わず顔をあげると、寂しかった木々にも白やピンクの花が咲いていくのが見えました。その様子を見ていたブライアンたちや陛下たちの方からは、感嘆の声が聞こえてきます。ただ、シンシア様だけは、わかっていたかのように誇らしげに花々を見つめていました。


 アルフレッド殿下の方を見ると、先ほどまで強張っていた表情から一転して、安心したかのように微笑んでいました。殿下は私が彼を見ていたことに気づくと、満足気に私の方を見つめてきました。思わず恥ずかしくなり、私は彼から顔を背けようとしました。


 しかし、そうはなりませんでした。殿下が私の顔を包むように手で押さえたからです。


「ようやく笑ってくれたと思ったのに、顔を背けないで」


 殿下の真剣な瞳に、私は「押さえるのをやめてください」と言おうとした口を閉じました。


「どうかそのまま私の話を聞いてほしい」


 私の顔から手を離すと、殿下は申し訳なさそうに頭を下げました。


「まず、君に寂しい思いをさせてしまってすまない。先ほどここに来た時の顔を見て気づいた。君の顔は不安そうで、それは私の行動や態度のせいでそうさせていたのだとわかった。本当に申し訳ないと思っている」

「で、殿下。顔をあげて下さい」


 私が慌てて言うと、殿下は申し訳なさそうにしつつも頭をあげてくれました。これ以上頭を下げ続けたら、私が困ると分かっていたからでしょう。


「それで、ここしばらく私が何をしていたのか、話を聞いてほしい」


 殿下が小さく呪文を唱えて指を鳴らすと、殿下の左手から一輪の花が現れました。


「まず、この花が何かわかるだろうか?」

「え、えぇ。名前は知りませんが」


 先ほど、殿下が花壇に咲かせた花たちです。私が名前を知らないと言ったのは、「この世界でのその花の名前を知らない」という意味で、私はその花を知っています。


 なぜなら、前世の私が好きだったからです。確か、「パンジー」という名前だったはずです。


 前世の妹が小学校のときに園芸委員として育てていて、それを先生が園芸委員の子たちに特別にくれたのです。そして、そのパンジーを妹が私にくれました。初めて妹がくれた花だったので、前世の私はその「パンジー」という花を好きになったのです。


 でも、その話は殿下にはしていません。そもそも、私が前世を思い出したのは最近です。最近会っていなかったのにもかかわらず、話すことなどできません。


 それに今の私はどの花も好きなので、特定の花の話をしたことなどないはずなのですが……。


 疑問に思っていると、殿下は説明を始めてくれました。


「君がわからないのも無理はないかもしれないね。この花の名前はね、『イヴオラ』というらしいよ。君は『パンジー』と呼んでいた。そのせいで探すのに時間がかかったけれどね」


 なぜ殿下がその名前を知っているのでしょうか。他の方たちも初めて聞く名前に首をかしげていましたが、ただ一人、シンシア様だけは驚きもせず話を聞いていました。


「君がその名前を口にしたのは偶然だった。幼いころ、病気で寝込んでいた君を見舞いに訪れたとき、寝ている君が口にしたんだ。その名前をね。一瞬人の名前かと思ったけれど、『色とりどりの咲いているパンジーを見たい』という言葉で、すぐに花なんだと気づいた。君が特定の花の名前を出したことには驚いたけれどね」


 まさか、寝言でそんなことを言っていると思わなくて、私は過去の自分に驚きました。前世を思い出したのは最近でしたが、もしかして無意識に前世の事を覚えていたのかもしれません。


 殿下はそのあと帰ってすぐにそのパンジーを探したそうなのですが、どこの花屋にも「聞いたことがない」と言われたそうです。


 本当はその見舞いのときにでも渡したかったらしいのですが、誰に聞いても知らないと言われ、諦めていたらしいです。


「このままだと見つけられずにあっという間に卒業式になってしまう。そうなると、君の願いを叶えられなくなると思ったんだ。昔、君が父上や母上に言った『成人したら褒めて祝ってほしい』という願いを」


 殿下に言われて、私は昔陛下と王妃様に言った言葉を思い出しました。


 当時、始まったばかりのお妃教育を辛いと感じていた私は、よく陰で泣いていました。その光景を誰かに見られていたらしく、ある日お二人に聞かれたのです。「辛いのなら、辞めますか?」と。


 私は首を振りました。その時の私はすでに殿下を慕っていて、自分が怠ったばかりに殿下に迷惑をかけることが嫌だったからです。


 それでも不安げに私を見るお二人に、私はこう返しました。


『陛下、王妃様、お願いがあります。もし私が勉強を頑張ったら、大人になったときにアルフレッド殿下に私を褒めてほしいのです。そして、頑張った私を祝ってほしいのです。頑張っていないと判断されたのなら、私は仕方のないことだと諦めます。けれど、それまでは私の最善を尽くすとお二人に誓いましょう』


 そのときの私の精一杯の難しい言葉でお願いしたことを思い出しました。お二人は、殿下に伝えておくと返してくれました。約束通り、その「願い」が殿下に伝わったのでしょう。


 それを願った経緯は違うとはいえ、前世の私と現世の私は同じ願いをしていたなんて。そして、殿下は私の願いを叶えようとしてくれていました。つまり、私の努力を認めていただけたということ。


「そんなとき、シンシア嬢に出会い、ようやく花を知っている人に出会ったんだ。彼女の家は花屋だったから、『パンジー』も知っていたらしく、遠い国での呼び名だと教えてくれたよ」


「そして私が、その花を使った魔法……先ほど見せた花々を一度に咲かせる魔法を見せたらいかがと提案したので、殿下は私にやり方を教えてもらうべく、私と一緒に練習していたのです。私は運よく魔法能力が高く、先ほどの魔法の存在を本で見て知っていたので」


 シンシア様が私のもとに来てそう説明してくれた。殿下がシンシア様のもとに通っていたのはそういう理由だったのですね……。


 ですが、何か引っかかるような気が……。


「カーナ様やブライアン様、クライヴ様が学園にいないことが多かったのも、今回の計画のためなんです。彼女たちには、計画が漏れないよう他の者たちへの口止めだったり、この場所の許可や陛下、スウィンフォード公爵の許可をもらったりしていたんです。万が一、危ないことが起こったら大変ですから」


 シンシア様の説明を聞いて、ブライアンたちや私の両親の方を見ると、彼らが申し訳なさそうに私を見ていました。彼らもこの計画を口外してはいけなかったのでしょう。だから、避けられているのだと、私の事を嫌っているのかもしれないと感じてしまったけれど、実際はそうではなくて安心しました。


「今咲いたパンジーたちは魔法で咲きましたが、別に花自体に悪い影響があるわけではないので安心してください」


 シンシア様の言葉を聞いて先ほどの殿下の言葉を思い出し、私は先ほど感じた違和感についてようやく気付きました。


 驚いてシンシア様を見ると、彼女は私が気付いたことを一瞬で察知したようで、私の耳元に口を寄せ、他の方たちに聞こえないような声で言いました。


「ようやく気付いてくれたね。だから大丈夫。私は味方だから。お姉ちゃん」


 ハッと気づいたときにはシンシア様は私から離れていて、私に向かって笑みを浮かべていました。


 その表情は、かつてのあの子の笑顔を思わせるもので、彼女が今幸せなのだということがわかり、私も微笑み返しました。


「……ロレッタ・スウィンフォード嬢。改めて君が成人し、今まで私たち王家、そして国のために努力したことを認め、感謝を述べる」

「ありがとうございます、アルフレッド殿下」


 他の卒業生の方々も成人したのに、私だけ成人を祝われるというのもおかしな話かもしれませんが、それでも私は祝われて喜びを感じ、今回協力してくれた皆様方への感謝の気持ちでいっぱいでした。


「そしてロレッタ嬢……いや、ロレッタ。私の話を聞いてほしい。私も君も心身ともに成長し、ようやく成人として認められた。それは、この国を率いるものとして認められたと言ってもいいだろう。そこで改めて申し入れたい」


 殿下はそういって私の前で跪きました。


「私と結婚し、この国の王妃として、そして私の妻として私を支えてほしい。どうか受け入れてくれないだろうか」


 私の視界は嬉しさによる涙で揺れていました。殿下の顔が見えなくなるくらい。


「はい。喜んでお願いいたします」


 私は殿下に涙をぬぐわれながら、笑顔で返事をしたのでした。






 こうして、王子様と婚約者の女性は結ばれました。

 のちに王妃となった女性を王様になった王子が成人を祝った話は広まり、毎年王妃様の誕生日にはイヴオラの花が届けられました。

 王妃様はそれを見て喜びますが、何より喜んだのは王様の贈るイヴオラの花だったそうです。






「……『めでたし、めでたし』っと」


 私はペンを机に置くと、大きく伸びをする。

 本当はここのところ徹夜続きのせいでベッドに入ってしまいたいのだが、今日は店にお客さんが来ることになっている。こういう時に限って両親は午前中出かけている。そのため、今ここで寝ることはできないだろう。


「それにしても、ここが私の書いた小説の世界だなんてね……」


 改めて部屋を見回すも、この子の部屋の細かい描写などしていないので、あまり実感がわかない。


「でも、よかったわ。殿下に聞かれた時に思い出せて」


 あのとき殿下に花の名前を聞かれたのは偶然だっただろう。小説にその展開はなかったし、そもそも、「パンジー」なんて花、出していない。


 でもそのおかげで私は思い出せたのだ。姉の好きだった花を。そして、ロレッタが姉であることにも気づき、姉を守ることもできた。


 本来ならこの小説は書きかけではあったものの、もともとはハッピーエンドにはならない予定だった。ヒロインであるロレッタは悪役であるシンシアに殺され、それを知ったアルフレッドはロレッタの墓の前で死ぬ。そして、アルフレッドを好きだったシンシアは狂ってしまい、アルフレッドの弟である第二王子をアルフレッドだと思い込み、彼を監禁してそれがばれて処刑される。


 ……うん。我ながらどこがおもしろいのかわからないな。姉を亡くしたショックで鬱々としていた時に書いたから、誰も幸せにならない結末だったのだ。今思うと、途中で止めて正解だったと思う。


 とにかく、今の私は幸せだ。姉は死んでいないし、私も処刑されていない。何より、姉が幸せそうだ。


「そうだ。今書いた姉の話を出版社に見せたら……いや、この国の王様と王妃様の話なんて、もう民衆に広まっちゃっているか。せっかく書いたけど、それはやめておこう」


 私は机の引き出しにその原稿をしまう。今の私も小説を書いている。何を隠そう、この世界に悪役令嬢の話を広めたのは私だ。


「……すみません。花を予約した者ですが」

「はーい! 今行きます!」


 今日花を予約していたお客さんの一人だ。成人した娘にイヴオラの花を贈ると言っていた。


 今日は姉が王妃になってから四年目の成人の日だ。王妃様に肖り、成人した子供にイヴオラの花を贈る親は多い。


 今日は忙しくなるだろう。私は寝不足で瞼を閉じないよう、気合を入れるように頬を叩くと、階段を降りて一階の店へ行った。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] これってサプライズですよね しかもサプライズされる相手を不安にさせるような 意地の悪い良くないタイプの
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