脱獄者×姫
彼は貧しい家に人手の為に生まれた。
幼い頃から兜し屋として育てられてきた。
たくさんの血を見ても、動じなくなった。
そんな感情を失ってしまった。
だから、兵が来た時、抵抗しなかった。
もう兜さなくていいんだ、という安堵。
そして、静かに目を閉じた。
オリヴィアはこの国の末のプリンセスとして生まれた。
家族にも愛され、外の事は知らなかった。
ある日、いつものように城内の探検していた時、城の後ろにある重たい鉄の扉が開いているのが見えた。
「誰かいるのかしら?」
オリヴィアは誰とでも気さくに話せるその人柄から、城のだいたいの者と顔見知りだった。
だから、単なる好奇心から、そこへ近づいた。
ギイイ
「ロビン?そこにいるの?」
だが、何かの腐ったような、今まで嗅いだ事のない臭いが鼻を突いた。
「ここは危ない、早く帰りなさい」
若い男性の声が、暗闇の中に響いた。
「あなた、どうしてこんな真っ暗な所にいるの?」
男はかなり痩せ細っていて、足は重たそうな鎖で繋がれていた。
それが、オズワルドとオリヴィアの出会いだった。
身につけているもの、教養のある話し方。
彼女が誰であるか、流石のオズワルドにもすぐわかった。
だからこそ、彼女がこんな所に来ている事に驚いた。
毎日護衛達の朝餉の時間を見計らっては、健気にも自分の残した食事を持ってくる。
もちろん彼は手を付けなかった。
「帰ってくれ、俺に構うな」
「こんな所を他の者に見られたら君は、」
それでも毎日毎日、運び続けた。
オリヴィアの事になると、ヒヤヒヤしたり、イライラしたり、自分にもまだ感情があったのかと思うと苦笑する。
嬉しくて、嬉しくて、愛おしい。
彼女は、こんな存在と出会わなくても、幸せが将来が約束されている。
それなのに、来てくれる。
自分に会いに、自分の為に。
触れたい。
でも、こんな血に染まった手で、彼女を穢したくない。
伝えられない想いは、日に日に強くなっていくばかり。
彼には最後の夢があった。
その為には、此処を抜け出す必要があった。
そして、ある日の夜、それは実行された。
愛する彼女の居場所へ足は自然と向いていた。
「オリヴィア姫…」
「あなたに出会えて、とても幸せでした。この強い想いを胸に秘め、生きてゆきます」
「どうか、お赦しを」
そっと、唇を重ねた。
だが、オズワルドとした事が、誤算があった。
オリヴィアは、起きていたのだ。
「オズワルド」
彼は生きてきて1番、驚いた。
「何処かへ行ってしまうのね」
寂しそうに、服の裾を掴む。
「ひとつ約束して」
約束など、守れる訳がなかった。
彼は、目的を果たしたら命を絶つつもりだったのだ。
だから、答えなかった。なのに。
「いつか必ず私に会いに来て」
これは命令よ、と。
優しい、愛のある束縛。
国の姫君の命令により、オズワルドが命を絶つ事は出来なくなった。
「はい、必ずや」
深々と頭を下げた。
そして、闇の中へ消えていった。
それから5年。
オリヴィアは、大好きな中庭で、大好きな童話の本を読んでいた。
姉達は既に嫁いてしまい、城に残っているのは彼女だけだ。
生き遅れのプリンセスと呼ばれていた。
愛想良く笑顔なオリヴィアを慕う者はたくさんいたし、求婚する者も後を絶たなかった。
だが、オリヴィアは独りを貫いた。
大好きな本を探して、広い図書館をウロウロする。
背の高い本棚ばかりで、取るにははしごを登らなければならない。
途中まで登ったところで、ふらっと揺れる。
気づいた時には体は後ろに倒れていた。
だが、誰かがまるで、待っていたかのように、すっと腰を抱きとめられる。
「どうぞご自愛を、姫様」
触られた腰が熱い。
懐かしい声。ずっと忘れられなかった人。
「オズ…」
「行って参りました、オリヴィア姫」
愛しそうに、首に絡んだ髪の毛をたくしあげる。
「武術の試験を受け、今日からあなたの護衛として、一生をかけてお守り致します」
涙が溢れ、思い切り抱きつく。
「愛しています」
「オリヴィア、世界でただ一人、あなただけを」
そう言って、可憐な唇に己を重ねた。