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第八話:大魔王様はオークションを楽しむ

 こちら側の魔王、そのダンジョンに足を踏み入れた。

 シエルが隠密系スキルと変身を解いて青髪の少女形態になる。

 これだけ来客がいるのだ。変に姿を隠すより、堂々と客に紛れ込んだほうがいい。


 だが、いささか心細さを感じている。

 いつもは、こういう危険な場には、天狐のクイナ……もっとも信頼する【誓約の魔物】を連れて来ていた。しかし、ここにクイナはいない。


 ただ、その不安を表に出すようなことはしない。

 クイナたちがいないことで、シエルがいつも以上に張り切っている。頼れる先輩がいない分がんばろうとしてくれているのだ。

 そんなシエルを悲しませるようなことはしたくない。


「魔王様、何があってもシエルが守るです。シエルにぴゅいっとお任せなのです」

「ありがとな、シエル」


 シエルの頭を撫でてやる。


「ううう、くすぐったいです。子供扱いするなですよぅ」


 口調は嫌がっているようだが、うれしそうに甘えてきている。

 この子は、妙に大人ぶっているが、生まれて間もないこともあり根は甘えん坊で褒められるのは大好きだ。

 たまにはこうして甘やかしてやりたい。


「よう兄ちゃん、ずいぶんと上玉を買ったみてえだなぁ。ぐひひ、お楽しみのときには声をかけてくれよ。なんならおすそ分けをて、えっ、……ひっひいいぃ、なっ、うわああああああああ」


 声をかけてきた中年のよっぱらいが足をもつれさせながら逃げていく。


「ただの人間に魔王様が殺気をぶつけられたら、下手したら死んでたです。もう少し手加減するですよ」

「すまないな。娘を馬鹿にされたようで、少し苛立った」

「もう、今目立つわけにはいかねーですよ。わかってるですか? でも、うれしいです」


 腕に抱き着いてくるシエルを見ながら、苦笑する。

 俺もまだまだだな。

 あんな酔っ払いを相手にしてむきになるなんて。


「クミンとアルヒの状況は見えているんだな」

「安心してくれです。小さい分裂体をくっつけて、視覚共有してるのですよ。やべーことになったら、すぐに気付けるし、この最高位スライムの分身です。ノミサイズでも雑魚魔物ぐらいなら、余裕でぶっとばすです」

「そいつは頼もしい。なら、俺らは情報収集に徹しよう」

「なのです!」


 しばらくは客として周囲を見て回ろう。

 これからの交渉に備えて、どんな小さな情報でも集めておきたい。


 ◇


 シエルと二人で、魔王のダンジョンを見て回った。

 やはりコンセプトは街のようだ。


 金を払うことで、生贄の少女たちを使った見世物を楽しめるし、さらに金を払うことで見るだけでなく体験できる。それも、人の世では倫理的に許されないことまで。


 ここに来ている客たちは、普通の人間だ。普通の人間が、獣欲を満たすために押し寄せている。

 魔王は金など必要としないが、金を集めそれを有効利用することでダンジョンをより飾り立て客を呼べる。


 よくよく見ると、金持ちや貴族といった特権階級の者が多い。彼らはVIP待遇だ。

 人の世界では味わえない興奮を与える代わりに、彼らに便宜を図らせているのだろう。

 ……良くできている。

 それだけに苛立つ。

 同じ街を作ることを志した魔王としてどうしようもなく、嫌悪する。


 これだけ、定期的に女を攫って村が滅びないかと疑問に思ったが、どうやら、そこもフォロー済のようだ。

 客を取らせれば、女は孕む。その子供たちを各村に押し付けて育てさせている。


 ここで生まれる子供たちは、相手が人間以外であることも多く、ときには魔物と人間のハーフが産まれることもある。

 クミンとアルヒもそういう子だ。彼女たちがキツネ獣人なのは魔物の血が混じっているから。

 だからこそ二人は迫害されている。

 まあ、そんなことを百年以上続けているせいで、混じり子と呼ばれる存在は、もはや珍しくないみたいだが。


「胸糞悪いな」

「魔王様とは大違いです。魔王様は人間と魔物の共存。でも、ここは魔物による人間の搾取です……あっ、クミンとアルヒがやべえです。オークションが始まるみたいです」

「本当にものとして扱うんだな」


 オークションが意味することはわかる。二人を他の男に買われるわけにはいかない。

 彼女たちを好き勝手にさせるわけにはいかない。


 そろそろ、情報は集まった。

 いい加減、挨拶に行こうか。

 オークションをぶち壊すか?

 いやその必要はないな。きっちり客として参加しよう。


 ◇


 シエルに道案内を任せる。

 クミンとアルヒに張り付けた、分裂体がマーカーになってくれている。


 オークション会場は薄暗いホールだった。

 生贄の少女たちが牢屋に捕らわれていた。全員鎖付きの首輪をつけられており、名前を呼ばれると鎖を引かれて連れ出される。

 少女たちは、こちらに連れ込まれてから見栄えするように体を清め、ドレスに着替えさせられており、薄く化粧をしていた。

 オークションが始まる。

 なんでも、ここで少女を競り落としても持ち帰ることはできないが、この敷地内であれば何をしてもいいらしい。それこそ、殺してしまっても構わないようだ。

 そして、購入者が希望を出せば、購入者以外が触れることを禁止することができるらしい。

 

 少女たちが震えながら、ダンジョンで祈っている。少しでも優しい主人に買われるように。

 ……最悪なのが、最低入札価格で誰も落とさなかった場合だ。

 買われなければ、価値のない女として、もっとも過酷な使われ方をする。

 最初にデモンストレーションとして、買われなかったものの末路を見せつけてきた。

 人に欲情する虎の魔物を連れてきて、その虎が欲情している限りは犯され、虎の欲情が収まれば喰われるという最悪な催しだ。

 その少女は自分の命を繋ぐため、犯されながらも限界まで虎を興奮させようと奮闘したが、性欲が収まった虎の魔物に喰われて絶命した。

 そんなデモンストレーションを見た人間の男たちは少女を嘲り欲情し、檻にいる少女たちは恐怖と絶望に震えている。


 入札が始まり、次々と少女たちが買われていく。

 入札されない少女たちは必死に買ってくれと懇願する。

 中には服を脱ぎ捨て、涙ながらになんでもするとアピールするものも。さきほど虎型の魔物に犯され、喰われる少女を見ているだけに必死だ。

 そんな少女を見て、男どもは笑っている。滑稽だと、みっともないと、最高の見世物だと。

 あまりにも醜すぎて、眩暈がする。人間はここまで残酷になれるのか。


 ……凄まじい量の感情がここに渦巻いている。通常の魔王が好む命がけの戦い以上の激情だ。

 男も女も、これほどの濃度の感情を絞り出しているところは、俺のアヴァロンでも見たことがない。


 それらがダンジョンに吸収され、ここの主に注がれていた。

 これだけの感情を日常的に喰らっているなら、相当に強い魔王だろう。

 即座に潰したいが、それなりに慎重に対応しなければ逆にこちらが潰される。

 そして、とうとうクミンの番がきた。


「さあ、こちらは世にも珍しいキツネ魔物の血を引いた少女、それも姉妹だ! 見てください、この姉妹愛を! お互いを想いあい、かばい合っている。とびっきりの美少女なうえ、この姉妹愛を利用した面白いプレイができそうですねえ、さあ、今日一番のおすすめ品です」


 どうやら、美少女姉妹というところに目をつけて、アルヒと一緒に売ったほうがいい値が付くとセット売りにしたようだ。

 二人は司会者の言葉どおり、怯えながら抱き合っている。

 今日の生贄の中でもひと際美しい姉妹に、獣欲に支配された男たちが高値をつけていく。

 とっくに、今日の最高値は越えている。


「四百万バル!」

「五百万バル!」

「こっちは六百万バル!」

「ろっ、六百五十万バル!」

「くそっ、六百七十万バルだ」


 金持ちたちが張り合い、異様な熱気が場を支配する。

 しかし、財布の限界が来たのか、入札額が小刻みになってきた。

 そろそろか。

 俺も参戦しよう。オークションという言葉を聞いた瞬間、俺は平和的に二人を救えると確信していた。

 そう、客として二人を買い取るだけでいい。

 手を上げ、金額を宣言する。


「一千万バルだ」


 周囲が静まりかえり、しばらくするとざわつき始めた。

 この悪趣味な街には、この大陸中から金持ちが集まっているようだが、それでも一千万バルというのは少女二人の対価としてはあまりにも規格外だったようだ。


 すでに六百後半で十万単位で刻み始めていたことを考えれば、もっと安い値で競り勝てただろうが、そうそうに諦めさせるためにぶっ飛んだ値段をつけてみた。

 クミンとアルヒがこちらを見た。俺は彼女たちを安心させるために微笑みかけると、怯えた表情が柔らかくなる。


「いっ、いっ、一千五十万バル」


 それでも、一人の金持ちが競ってくる。

 さきほどから、とびぬけた美少女はすべて購入していた金持ちだ。

 全身を高価な品物で飾り付けている男で、金はあるのだろうが少々品がない。

 ただ、高価なものを片っ端から身に着けるだけでは、見苦しいだけだ。


 おそらくは、ここまでくるとクミンたちを買いたいのではなく、見得だろう。

 見た目からわかる通りに極度の見栄っ張りで、新参者の若造に競り負けるところを周囲に見られたくないという気持ちが透けて見える。


「二千万バル」


 男があんぐりと口を開ける。

 それから、さらに高い値段を宣言しようとして、家来らしきものたちに止められる。


 二千万を出すと、かなりまずくなるらしい。

 誰も、それ以上の値段を出すものはいない。

 シエルがつんつんと横腹を突く。


「魔王様、こっちのお金もってるですか」

「もっていない。だが、先ほどから金の受け渡しを見ていた。俺の能力を忘れたか」

「そっ、そうだったのです」


 魔王はそれぞれ、固有能力を持っている。

 俺の場合は【創造】。

 それは記憶にある物質を、質量に応じた魔力を対価に具現化する能力。


 こちらの世界で流通する金は見たことがなかったが、オークションでは金が飛び交っていた。

 ゆえに、魔力がある限り金などいくらでも生み出せる。


 加えて、こちらには金貨百枚分以上の価値がある白金硬貨が存在するのがいい。

 俺の【創造】は金属の希少さなど関係なく、質量のみを参照するのだから。白金硬貨が存在するなら魔力の消費を抑えられる。


【創造】を使い、白金硬貨を大量に生み出す。

 もっとも、目の前に通貨を生成するわけにはいかないので、用意してあった空っぽの鞄の中に生み出したのだが。


「でっ、ではそちらのお兄さん、二千万バルで落札です」


 あまりの金額で落札した故に、凄まじい注目を浴びる。

 その注目を浴びながら、降りていき、【創造】で生み出した白金硬貨を支払う。

 ……ねばついた敵意を感じる。

 そちらを見ると、最後まで俺と競っていた男が歯ぎしりしていた。

 その男は、この会場にいる人型の魔物を捕まえ、鬼のような形相で何かを囁いている。

 悲しいことに、その後の展開が読めてしまった。

 こういう輩はどこにでもいるし、対応にも慣れてしまっているのだ。


 ◇


 ホールを出る。

 それから、クミンとアルヒの首輪を外してやる。


「二人とも、助けるのが遅くなって悪かったな」

「とんでもないです。来てくれて、ほんとうに、ほんとうにうれしかったです」

「魔王様はすごい人。アルヒも大好き」


 はにかむクミンと、抱き着いてくるアルヒ。

 二人ともよほど怖かったようだ。可哀そうにきつね尻尾もしぼんでいる。

 しかし、俺と一緒にいるとやっと警戒心がとけてきたせいか、もとのもふもふ尻尾に戻った。

 ひとまずの急場は凌いだが、この街では購入しても連れ出すことはできない。それも何とかしないといけない。


 まずは何かこの子たちに食べさせようと、シエルのほうを向いたとき、俺たちのもとに……いや、俺のもとに鬣が無数の蛇になっているライオンが飛びかかってくる。

 まあ、こうなるか。

 シエルは動かない。動けないわけじゃなく動かない。この程度は脅威ですらないからだ。


 上着を、なびかせる。

 すると、内ポケットに入っていた、青く輝く刀身だけのナイフが十二本、次々と飛翔する。

 刀身は、魔力を纏い、超高速振動しながら俺に襲いくる魔物を迎撃し、ミンチにしてしまう。


「この程度の魔物をけしかけてくるとは、ずいぶんと舐められたものだ」


 ライオンを惨殺した十二のナイフは俺を守るように、滞空し、整列する。

 正確にはナイフではなく、ゴーレムだ。

 飛翔式単分子短刀型自動人形。

 ED-06K イージス。

 ナイフサイズの刀身に、ジェネレーターとして超小型ゴーレムコア及び、自動制御のための頭脳を格納している原子と原子の結合を解く単分子カッター。

 刻まれた魔術付与エンチャントは【斬撃】の概念強化と【加速】。


 最高出力では、音速の二倍にも至り、その斬れ味は鉄どころか、オリハルコンすら切り裂く業物だ。

 特筆すべきはその速度を完璧に制御し、俺を守る頭脳。

 俺の身に脅威が迫れば、たとえ俺の意識がなくとも自らの意思で外敵を排除する十二の刃。


 俺を守るために、世界最高のドワーフたるロロノが作りあげた護身具。

 Aランクの魔物すら、一蹴するイージスだ。せいぜいCランク程度の魔物など数十体同時に襲われても、どうにでもできる。


「お得意様に便宜を図ったのだろうが、ここが街であるなら最低限のルールを守ってもらいたい!」


 宣言と同時に、イージスに指示を出し、十本を残し、二本を射出。

 離れたところからこちらを窺っていた成金趣味の男、その肩口を抉り、壁に張り付けにする。

 悲鳴が響き渡り、このダンジョンを守る魔物たちに囲まれる。


 しかし、襲い掛かってくる気配はない。

 ゆっくりと、紳士服を纏った、蝙蝠の翼を持つ人型魔物が前に出る。


「お客様、大変申し訳ございませんでした」

「客を襲っておいて謝罪だけか。こちらは、そちらのルールにのっとり、正当な対価を支払って女を手に入れたというのに。これでは、安心して遊べないではないか」

「おっしゃる通りです。ただ、従業員が独断で動いたようでして、我が主の意思でないとは弁明させていただきたい。……主から、謝罪をしたいと申しています」

「従業員の独断か。言い訳としては下の下で不快だ。しかし、謝罪を受け入れる準備はある。そちらに向かおう」


 予定通りとは言えないが、目的通りこちらの魔王に会えそうだ。

 それも貸しを一つ作った状態で。

 こんな最悪のダンジョンを作った魔王はどんな顔をしているのだろうか?

 ある意味、会うのが楽しみだ。

 

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