第六話:大魔王様は食事をする
村長とその息子とやらが来て、キツネ姉妹をこちらの世界の魔王へと捧げる生贄にすると告げてきた。
キツネ姉妹が怯えている。
……それを横目で見ながら、シエルにだけ聞こえるように言葉を放つ。
「シエル、俺はこちらの魔王と会う。この姉妹を奪われたくない」
「相変わらず、魔王様はお人よしなのです。でも、きらいじゃねーですよ」
こちらの世界の魔王と会おうとは思っていた。
だが、ここまで早いタイミングだとはな。
最悪の場合はこちらの魔王と敵対する可能性がある。
当初は、シエルの魔力が回復して【完璧模倣】が使える状態になってから乗り込むつもりだった。
【収納】していた十体だけで敵を殲滅できるとは考えていない。シエルの力があれば、どんな状況であろうと撤退することは可能だと考えていた。
逆に言えば、シエルの回復を待たずして挑むことは多くのリスクを抱えることとなる。
そんなふうにシエルと密談していると、キツネ姉妹を脅している男と目が合った。
「そこの男はなんだ! 僕を振っておいて、そんな優男と一緒に暮らしているとはどういうことだ!」
「そういうのじゃありません。森で怪我をしたアルヒを助けてくれた恩人です」
「その恩人がどうして、クミンの家にいる!?」
「事情があって、故郷に戻れないのでしばらく私の家にとどまってもらうことにしたんです」
「くっ、そ、そうだ。よそ者を勝手に村へ住まわせるなんておかしい。パパ、こんなこと許していいの!?」
ルールを守れと言っているように見えて、ただの嫉妬だ。
未だに、クミンに執着があるのだろう。
それにしても、女心がわからない奴だ。好きな女の前で父親に泣きつくなんてどうかしている。
「息子の言う通りだ。勝手に村に住むのは許せん。そこのおまえ、今すぐ、この村から出て行け」
「ふむ、それは構わない」
どっちみち、ここに滞在していたのは食事のためだ。
キツネ姉妹の感情が口に合っていたから、ここを拠点にした。
彼女たちがいないのなら、こんな場所に留まる意味はなくなる。
村長の息子が、クミンの手を握る。
「クミン、考え直さないか? 僕ならお前たちを救ってやれる。僕のものになるなら、生贄を他の女にできるんだ」
ああ、そうかこれが本命か。死にたくないなら、俺の女になれ。つくづく情けない男だ。
クミンがアルヒの顔をみた。
それから、毅然とした表情で、村長の息子の手を振り払った。
「いいえ、必要ありません……私たちが生贄になります」
「あの化け物に食われるより僕と一緒になるほうが嫌だって言うのか!」
「はい、その通りです」
「ぐっ、好きにしろ。せっかく、僕が助けてやるって言ったのに。明日だ、明日の朝にはおまえは生贄だ」
顔を真っ赤にし、それから泣きそうな顔になり、大股歩きで姉妹の家を出ていこうとし、村長はその後を慌ててついていく。
放っておいてもいいが、一つだけ奴にアドバイスをしてやろう。
「どうして、おまえが振られたか教えてやる。おまえは何一つ、クミンのことがわかっていない。二日前に出会ったばかりの俺よりもな。愛してほしいなら、まずはおまえが相手を愛せ」
肩が揺れた。だけど、そのまま振り向かずに彼は去って行く。
彼は、結局クミンのことが何一つわかっていなかった。
彼女の性格を考えれば、自分が生贄を断れば、他の誰かが犠牲になると思ってしまう。
……もし、クミンのことを少しでも見ていれば、妹を助けるため、そういう交渉の仕方をするべきだった。
実際、クミンはアルヒのことを考えて悩みながらアルヒの顔を見て、妹が首を振ったから提案をはねのけた。
もし、最初からアルヒをだしにして、考える暇もなく畳みかければ、彼女を手にいれることはできただろう。
あるいは本気でクミンを愛しているなら、問題の根本。魔王への生贄問題を解決するべきだった。
まあ、それは求めすぎか。
ただの人間が魔王をどうこうするなどできるわけがないのだから。
来客がいなくなってから、泣きそうな顔でクミンが振り向く。
「ごめんなさい。プロケル様、私、一生恩を返すって誓ったのに、ダメそうです」
驚いた、ここまで追い詰められた状況で、まだ俺への気遣いができるのか。
……気に入った。
「だめじゃないさ。俺はこう見えて、クミンとアルヒのことを気に入っている。おまえたちの感情は心地いい」
正真正銘の本音だ。
量こそ少ないが、この感情はひどくうまい。
「だからこそ、手放したくない。おまえもアルヒも守ってやる」
「そんなの、無理です」
「無理じゃない。相手が魔王であろうと、俺もまた魔王だ……話し合いで解決するかもしれないしな」
こちらの魔王もメダルで魔物を生み出すのであれば、こちらは贋作メダルを出せる。
本来、魔王は月に一度、自らの属性のメダルを生み出すだけだ。
だが、一度でも魔物を生み出すために使ったメダルなら、一ランク性能が落ちたものをDPと交換で生み出せる。
いくらでも代えが利く人間より、贋作とはいえ、希少なメダルのほうが価値がある。
交換に応じてもらえる可能性は高い。
「魔王様ってすごいんですね……もし、そうなったら、一生賭けても恩が返しきれないです」
「気にするな。これは俺が好きですることだ」
そう言い切る。
恩知らずな相手なら、対価を要求するが、この子の場合は何も言わなくても恩を返してくれる。
その良心に任せるのが一番いい。それにこういったほうが心地よい感情が食える。
「魔王様、進言するです。アビス・ハウルをクミンとアルヒの影に。念には念を入れたほうがいいです」
「それも、そうだな。【収納】」
【収納】の中から、奈落の咆哮を意味する魔犬を顕現させる。
魔法陣が空中に描かれ、そいつは現れた。
「ガウ!」
昏い青の大型犬。
牙が発達しており、凶悪な目つきだ。どこか闇の匂いがする。
耳は小さく、聴力はあまり良さそうじゃない。その分、大きな鼻とするどい目には狩人としての資質が備わっていた。
種族:アビス・ハウル Bランク
名前:未設定
レベル:57
筋力B+ 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運E 特殊B+
スキル:闇の咆哮 転移 影に潜むもの 群れをなすもの
アビス・ハウルは【転移】能力を持つことから常に【収納】に保持している。
ただ、通常の転移はあくまで転移陣と転移陣の間を跳ぶものでしかない。
もちろん、俺の街アヴァロンには転移陣が設置済みだ。
キツネ姉妹が寝ている間に、アビス・ハウルは転移陣をこちらに設置し、アヴァロンの転移陣に跳ぼうとした。
しかし、失敗した。
アヴァロンの転移陣を感じ取れないらしい。
「アビス・ハウル。彼女たちを守れ」
「ガウ!」
アビス・ハウルが跳躍する。
跳びかかられたと思って、クミンが体を固くするが、アビス・ハウルの目標は彼女の影、地面にぶつかるかと思ったが、するすると影の中に消えていく。
アビス・ハウルのスキル、【影に潜むもの】。
その名の通り、影を入り口にして異空間に潜む。
護衛として、これほど便利なスキルはそうそうない。
「その子がクミンを陰から見守ってくれている。アビス・ハウルはかしこい。自分でどうにかなる敵なら駆逐するだろうし、そうでないなら二人を背中に乗せて逃げる」
敏捷Aで、転移能力持ちで優れた嗅覚で探知能力にも優れる逃げのエキスパートだ。加えて、アヴァロンに跳べなかったとはいえ、この家に転移陣を残してある。
「見た目はちょっと怖いけど、頼もしい子なんですね」
「ああ、俺の魔物たちは優秀だ」
信頼しているからこそ、こうして連れてきた。
本当は、同じ転移持ちでもSランクのティロがいれば良かったのだが、それを後悔しても仕方がない。
「明日、出発までにクミンたちに仕度があるだろう。二人はそれに専念してくれ。俺はこれから、魔王と会うために準備をする」
「お手伝いできることはありますか?」
「そうだな……昨日、シエルが持ち帰ったものでうまい飯を作ってくれ」
「はいっ、がんばります。もう、一通り毒抜きのやり方を教えてもらいましたし、なんとかなると思います」
それは楽しみだ。
さて、万が一に備えての切り札を作るとしよう。
◇
シエルと二人で、とある切札を作った。
できるかどうかは半信半疑だったが、案外なんとかなった。
こちら側の問題である、魔物の絶対数が足りないという問題点をある程度解消することができる。
切り札作成が終わると夕食時で、キツネ姉妹と食事を楽しんだ。
今日は、木の実を粉にして作ったパイでなかなかの美味だった。
食事が終わり、立ち上がろうとするとふらついてしまう。
「プロケル様、大丈夫ですか!?」
クミンに支えられ、その場に座る。
「問題ない、少々力を使いすぎただけだ」
魔王は一人ひとり、固有能力を所有している。
俺の場合は【創造】だ。
食事の供給が少ない状況で無理をしたものだから、ひどく弱ってしまった。人間でいうと栄養失調ともいえる状態。
「顔が青くて、しんどそうです」
「アルヒにできることなら、なにかしたい」
キツネ姉妹が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「人間でいえば、飯を食えばもとに戻る。そうだな、強い感情を向けてほしい」
「うん、たくさんたくさん、ありがとって気持ちと好きって気持ちを送る」
アルヒが俺の胸板に頬ずりしながら、うなり始めた。
きっと言葉の通り、精一杯の気持ちを送ってくれているのだろう。
そういうふうに、無理に感情を向けたところで大した足しにはならないが、その気持ちはうれしい。
「その、プロケル様、私も必死にプロケル様へ強い感情を送っているのですが、もっともっと、いい方法はないのでしょうか?」
もっといい方法か、あるにはあるが。……ろくな方法じゃない。
「あるですよ。こういう生易しいのじゃなくて、魔王様がおまえたちを襲えば一発です。死の恐怖、絶望的な苦痛、こんな感情よりずっと強いです」
「シエル、そういうのは俺のポリシーに反することは知っているな」
「なら、セックスです。セックスの興奮、とくに絶頂時のエクスタシーは、日常生活とは比べ物になんねー感情の爆発です。魔王様のために身を捧げるって言葉がうそじゃねーなら、それぐらいはするはずです。心配するなです。魔王様はあっちのほうも魔王様です。なんなら、気持ちよくなる薬を使ってやるです。処女でも痛くならねーし、気持ちいいです」
まったく、この子は。
純粋に俺の身を案じての言葉なのだろうが、少々行き過ぎだ。 実際、クミンは顔を真っ赤にして、あわあわと尻尾で、ぱちんぱちんと自分の尻を叩いている。
妹のアルヒのほうは言葉の意味がわからずに首を傾げていた。
「シエルの言ったことは気にするな。俺はそれを望まない」
「あっ、あのプロケル様、その、遠慮とかなしに、してほしいかどうかだけなら、どうですか?」
「……してもらったほうが嬉しいな。実際、感情の摂取としてはもっとも効率がいい方法の一つだ。魔王と相対する前に力をつけておきたい。それに、クミンは美人だ。内面も美しい。いい女を抱きたいと思うのは男の本能だ。だがな、俺はこう思っている。クミンとは、長く良好な付き合いをしたいんだ。これが原因で距離を作ってもつまらない」
クミンの顔がより赤くなる。
それから、なぜか尻尾が大きく揺れた。
「その……いいです。プロケル様なら。そういうことしても絶対嫌いになりません。だから、その、私を食べてください!」
最後は叫ぶように言い切った。
「魔王様、これ据え膳なのです。食べなきゃもったいねーですし、だいたい、これから敵になるかもしれない魔王に会うのにふらふらじゃ困るです。魔王様を慕う魔物を置き去りにする気ですか!?」
それはそうだが、本当にいいのか。
クミンがしなだれかかってきて、潤んだ瞳で見つめてくる。
うまそうだ。
魔王の本能が叫ぶ。この雌を喰らいたい。
だが、脳裏にクイナたちを始めとしたアヴァロンに残してきた娘たち、それに大事な女性の顔が浮かぶ。
「……言っておくが、俺には好きな女がいる。あくまで体力をつけるための食事に過ぎない。それでもいいのか?」
「はいっ! 精一杯尽くします」
「お姉ちゃん何するの? アルヒも手伝える?」
「アルヒにはちょっと早いです。少なくとも二年は後じゃないと」
「残念」
いや、二年後にも手を出すつもりはないから。
「サポートはシエルにぴゅいっとお任せなのです。クミンに気持ちよくなってもらったほうがいい感情がたくさんとれるです。スライムは先祖代々、エッチなのが得意なのです。ぴゅふふふふ」
「あの、その、よろしくお願いします」
照れよりも初体験の不安が上回って固くなっている。
シエルのサポートを受け入れたのはその辺りが原因だろう。
俺も、シエルのサポートには賛成だ。
……まあ、俺は生み出した魔物を娘のように思っている。娘に見られながらというのはどうかとも思うが。
「向こうの部屋に行こう」
「はっ、はい」
そういえば、こっちに来て一度もそういうことをしていなかった。
おかげで、ひどく興奮していた。
この美しいキツネ耳美少女を一晩中堪能させてもらおう。
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