第五話:大魔王様と生贄
エヴォル・スライムのシエルが、妹キツネを伴って森に消えていく。
今年は不作で食べられるものは村人に取り尽くされているらしいが、シエルならいろいろと見つけてくるだろう。
あの子の知識量は、アヴァロンでもトップクラスだ。
なにせ、吸収した相手の知識と経験をどんどん溜め込んでいるのだから。
「あの、女の子二人で森に行くのは危ないです。私もついていきます」
「いや、大丈夫だ。ああ見えてシエルは強いよ」
「そうなんですか? あんなに可愛い女の子なのに」
「あれは擬態で本性は強力な魔物だ。竜殺しの英雄ぐらいなら三人がかりでも圧勝できる」
切り札たる【完璧模倣】がなくてもシエルはそれぐらいはできる。
曲がりなりにも高レベルのSランクなのだ。
「そうなんですね。びっくりです」
「だから、安心してくれ。シエルが君の妹を守る。あの子は面倒見がいいし、優しい子だ。じゃなきゃ、ああして食べ物の取り方なんて教えないさ」
シエルはアヴァロンの中でも、かなり人間に友好的なほうだ。
うちの魔物はだいたい三パターンに分かれる。
人間に友好的な魔物、【誓約の魔物】の三人やシエルなど。
人間とひとくくりにせず、味方は味方、敵は敵というスタンスをとる魔物。これは、参謀のデュークがその筆頭。
そして、人間に無関心でただの虫ぐらいにしか思ってない魔物がいる。……ちなみにその代表格はアヴァロン最大の問題児で、それ故に【収納】から出していない。
あいつは、戦いになれば頼りになるのだが、素行が悪すぎる。
意外にも、人間が嫌いという魔物はほとんどいない。
好きか中立か、興味がないかのいずれかなのだ。
「じゃあ、安心ですね。この大麦を食べられるようにしておかないと。あの子たちがどんなものをとってきてくれるのか楽しみです」
この子は本当に人がいいのだと思う。
シエルが強いのは安心につながるだろうが、逆に言えばシエルの機嫌を損ねたら殺されると怯えるだろうに。
◇
手持ちぶさたなので、姉キツネの家事を手伝う。
このあたりのことは魔物たちがさせてくれなかったので新鮮だ。
大麦の皮を剥がして実を食べられるようにしているがなかなか楽しい。
茶色い皮から白く輝く実が顔を出す。
「今更だが、自己紹介をしようか。俺は【創造】の魔王プロケル。アヴァロンという街を作りあげ、運営していた」
「ご丁寧にどうもです。えっと、私はクミンって言います。リュウゼツの村民です」
「クミンか、いい名だ。呼びやすい」
俺は三文字の名前が好きで、魔物たちに名付けるときはいつもそうしている。
クイナ、ロロノ、アウラ、デューク、ルーエetc。
もちろん、例外もなくはないが。
「それから、妹はアルヒです」
「アルヒか、自由気ままな感じがそれっぽい」
「はい、私もそう思います。でも、そんなあの子に家のことを心配させちゃって、自分が情けないです」
この村での暮らし向きはあまり良くない。
閉鎖的な環境では村八分にされてしまうとどうにもならない。
「ここでの生活が苦しいなら、村を出るのはどうだ? この村の農作物を売りに行く街があるだろ。そこに住めばいい。そうすれば、嫌がらせを受けることはない」
「それは難しいです。私たちだけで、あそこまでたどり着けないし、たどり着けても当面の生活費もないです」
そういうわけか。
……なら、ここでがんばるしかない。
「クミン、もし、今すぐ移民できて、ここよりずっといい暮らしができる街があったらどうする?」
「そうですね。もし、そんな街があったら、アルヒと二人でそっちに行きたいと思います。ここはひどく疲れます」
そうか、いいことを聞いた。
もしかしたら、そんな未来もあるかもしれない。
◇
大麦の下処理が終わったころ、シエルと妹キツネことアルヒが帰ってきた。
背中の籠は山盛りになっていた。
「うわぁ、すごい量。それ、本当に全部食べられるんですか!?」
「当然なのです。このシエルが選んだです」
青髪を揺らしながら、シエルがどや顔をしている。
「お姉ちゃん、料理して! いっぱいいっぱいがんばって集めた」
「はいはい、じゃあ、夕飯の支度を……って、これ、毒キノコが入っているじゃないですか!? というか、そういうのばっかり」
「そうなのです。毒キノコです」
「なんで、こんなの」
「だから、人間はバカなのです。毒があるから食べられないで思考停止するなです。毒があるなら、毒を消して食えばいいです。見てるですよ。まず、この赤いキノコを洗ってから、きざんで山盛りにするです」
シエルは【収納】から鍋を取り出し、洗って刻んだ赤いキノコをいれる。見るからに毒々しいカラーリング。
「それ、ヒブクレダケですよね。食べると喉と顔が膨れ上がって、大変なことになっちゃう」
「まあ、そうなるです。でっ、次にこっちの青いキノコも同じようにするです」
「それ、ミッカクダシダケ。一口でも食べたら、お腹を壊して、三日ぐらいトイレから出られなくなる奴じゃ」
「よく知ってやがるですね。あとは、水を入れて煮る。なんか、味噌っぽいのあるから借りるです。これを沸騰するまで煮て、適当に、干し肉をちぎっていれて、さらに数分待つ。キノコ汁が出来たです。魔王様、味見を頼むです」
毒キノコ二種類が山盛りになったキノコ汁。
クミンの言葉が確かならば、これを食べると喉と顔が膨れ上がり、三日三晩下痢になる。
……まあ、魔王でほとんどの毒は効かない。しかも食べさえすれば、効かなくても毒であることぐらいは察せるし、毒味をするのは俺が一番いい。
スープをすする。
うまみが強い。キノコと干し肉と味噌だけなのに、とても複雑で力強い味だ。
味の系統としては赤いほうはマイタケに近く、青いほうはマッシュルーム。
歯ごたえもよくて癖になりそうだ。
これはいい。
「うまいな。それに毒もなさそうだ」
「どうして、すごい毒があって、みんなが食べないキノコが二つも入っているのに」
「ふふふ、中和ってやつです。この系統の毒同士は打ち消し合うです。人間は頭をつかわねーから、こんなことにもきづけねーです。ただ、調理のときは気を付けるです。だいたい、同じぐらいの量だときれーに毒が消えやがりますが、あんまり量が違いすぎると毒がきえねーです」
そう言いながら、シエルは皿にたっぷりと、キノコ汁を盛り付け、キツネの姉妹に渡す。
姉のほうはまだ不安な様子だが、妹のほうは物おじせずに、キノコ汁をすする。
「あっ、アルヒ! 待ちなさい、私が食べてからじゃないと危ない」
「もぐもぐ……ぷはー、美味しい! お姉ちゃんも食べて!」
アルヒはキツネ尻尾をゆらしながら、美味しそうに熱々のキノコ汁を頬張る。
キツネなのに、口をリスのように膨らませていて、少しおかしい。
「アルヒ、大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶ、むしろ元気が出てきた」
「当然です。このキノコは精力がつく成分がたっぷりなのです。二人に足りてねー、いろんな栄養が摂取できるです」
シエルはそう言いながら、味噌を足して味を濃くして、そこに大麦を投入して、麦粥を作る。
それを妹キツネ……アルヒの空っぽになったお椀によそってやる。
「こっちも喰うです」
「大麦入りのほうが、ずっと美味しい。お代わり!」
二杯目もあっという間に空っぽになる。
「三杯目はだめです」
「むう、まだアルヒは食べれる」
「わりと消化にいいメニューですが、それ以上喰うと弱った内臓によくないです。残りは明日」
「……わかった。残念。でも、たくさん食べて幸せ。ありがと、シエル」
「こんなのシエルにとっては、ぴゅいぴゅいのぴゅいなのです」
シエルが嬉しそうにしている。
それに、アルヒは俺にも感謝をしているようで、心地よい感情が流れ込んでくる。
ある意味、こっちが本当の食事だ。
クミンもおそるおそる口をつける。
「本当だ。とっても美味しいです。……久しぶりに美味しい食事」
妹と違って行儀がいい。だけど、尻尾がぶるんぶるん揺れて、感情が隠しきれていないのが可愛らしい。
……クイナを思い出すな。
あの子も美味しいものを食べると尻尾をぶんぶん振っていった。
「ご馳走様です。このキノコなら、みんな取らないので食べ放題ですよ。助かります」
「他にもいろいろあるです。そのまま食うとあぶねーのもあるから、シエルが教えるまでは食うなです」
「はい、そうします」
食べられるものが取りつくされた森に残った恵み。
これは俺たちがいなくなった後も、この姉妹を支えるだろう。
さて、腹は膨れた。
なら、そろそろ魔王について教えてもらうとしよう。
「クミン、さきほど魔王と聞いて怯えたな。このあたりに魔王はいるのか?」
「はい、います。この村から半日ぐらい歩いたところに」
「ほう、それはどんな魔王だ? クミンが怯えるぐらいだ。ろくな魔王じゃないんだろう」
「……このあたりの村じゃ、恐怖の代名詞です。毎年、生贄を要求してきて、もし、断れば魔物たちが押し寄せてきて村を滅ぼすんです」
生贄の要求か。
こちらの魔王はそうやって、感情を喰らっているのか。
俺の知る魔王たちの大半は、ダンジョンを構築し、宝や魔物の経験値を餌に人間を釣り、その欲望を喰らい、魔物や罠により恐怖と絶望を絞り出すのが主流。
しかし、生贄というのも悪くないかもしれない。
安定供給されるだろうし、強い絶望を喰らえる。
ただ、疑問点はある。
「それだけやって、国が動かないのか」
「何度かそうしたのですが、いずれも返り討ちにあって、今では村ごとに毎年数人程度の犠牲だけで済むなら、それでいいと放置状態です」
頭のいい魔王だ。
欲をかいて、生贄の数を増やし続ければ、国が本腰をいれてくる。
国が割に合わないと思うラインで調整している。
そして、国が本腰でなければ撃退できる強さもある。強力な魔王であることは間違いない。
ただ、この話で別の疑問が生まれた。
「どうして、生贄にクミンとアルヒが選ばれていない?」
親がおらず、村八分の姉妹。それも、魔王好みで美しい姉妹だ。これほど、村にとって捨てやすい存在はない。
「……その、村長の息子に私が求婚されていたから、去年は見逃されたんだと思います」
「それで断ったから村八分か。なぜ断った? 村長のところに嫁げば、楽な暮らしができていただろうに」
クミンがうつむき、そして声を絞り出した。
「アルヒと一緒にいられなくなるからです。もし、嫁げば私は村長の屋敷で、そしてアルヒは別の村人のところに預けられると言われました。……当時の私はアルヒと話し合って、貧しくても二人で生きていくって決めたんです」
「いっぱいのご飯より、お姉ちゃんと一緒がいい」
てっきり、村長の息子が気にくわないとか、そういう話になると思ったが、そういうことか。
泣かせる話だ。そういうのは嫌いじゃない。
「そうか、いろいろとわかった。魔王がここじゃ好かれないのも当然だな」
「魔王様、どうするです? 乗り込みますか? できれば、シエルの回復を待って欲しいです。ちょっとやばめの魔王っぽいですから、何かあったときにシエルの力が必要です」
「そうだな。【収納】には奴がいるが……奴だけじゃ不安だ」
シエルの対応力はあてにしたい。
それに、これだけ近いのだ。いつでも行くことができる。
シエルの力が戻り次第、挨拶に行くとしよう。
そして、こちらの世界についての情報を得るのだ。
◇
そんなことを考えていたのだが、そうできない事情ができてしまった。
翌朝、キツネ姉妹の家に来客が訪れ、乱暴に扉を叩いた。
クミンが扉を開けると、そこには小太りな初老と、ひょろっとした青年がいた。二人とも労働を知らない体つきだ。
キツネ姉妹を見ていたことから、この村はみんなキツネ耳が生えていると思ったが、そうではないようでこの二人はいわゆる普通の人間に見える……いや、どことなく猿に近い。
「喜べ、クミン、アルヒ、おまえたちはこの村の役に立てる。今年の生贄は、おまえたちだ」
初老のほうがそう告げて、クミンが青ざめる。
なんてタイミングだ。
まるで、俺が魔王のことを知るのを待っていたかのようだ。
思えば、この姉妹の出会いからして、いろいろと都合が良すぎる。
まるで、何か見えない糸に操られている気さえする。
……それなら、それで構わない。
もし、この流れが誰かに仕込まれたものだとしても、最後までは思い通りにならない。俺の望む結末に書き換えてみせる。
「シエル、悪いな。おまえの回復を待っていられないかもしれない」
「魔王様なら、そういうと思ったです。……それでこそ、【創造】の魔王プロケル様なのです」
予定変更だ。少し、こちらの世界の魔王と会うのを早めるとしよう。
正義感からじゃない。
……この姉妹は俺のものだ。それを横からかっさらわれるのは、癇に障った。それだけだ。
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