第三話:大魔王様の魔物たち
プロケルが【遷】の魔王に遥か彼方へと転移されられてから、すでに二日経っていた。
その間、プロケルの魔物たちはプロケルを奪還するため、そしてプロケルが作りあげた街を守るために奮闘していた。
魔物が魔王に付き従うのは当然だ。
だが、魔物たちはそんなルールなんて関係なくプロケルを慕っており、大事な人を取り戻そうと必死だった。
無数の電子機器が並ぶ工房にて、銀髪の少女が忙しく腕を動かしていた。
彼女を囲むモニタには、情報の羅列が流れている。
彼女の工房に一人の少女がキツネ尻尾を揺らしながらやってくる。
「ロロノちゃん、おとーさんは見つかった?」
「ん。だめ。この二日、人工衛星をフル稼働しているけど、マスターは見つからない」
小柄な少女が、悔しげにつぶやく。
三基の人工衛星を作り上げた張本人であり、鍛冶を得意とするドワーフの最上位種たるエルダー・ドワーフのロロノ。
彼女だからこそ、衛星から送られてくるデータをリアルタイムで処理し続けることができる。
だが、未だに見つからない。
「これだけ探して見つからないのはおかしい。マスターとの絆は感じるから、生きてるのは間違いない。地下にいるのか、どこかの魔王のダンジョンの中、あるいは……この星にいないなんて可能性もある。そもそも向こうには、シエルがいる。シエルがいるのに連絡が来ないのはおかしい。たぶん、普通の状況じゃない」
「なら、ロロノちゃん、地下を探すの! 地下がダメならもっと果てまで。それでダメなら、片っ端から他の魔王のダンジョンを潰して回るの!」
「最後のはともかく、他はそうするつもり。私の能力ならできる。……でも、時間がかかる」
ありとあらゆるものを生み出すことができるロロノでも、それだけのものを作るには、相応の資材と設備と時間がいる。
「なら、あとはアウラちゃんに期待するしかないの」
「ん。たぶん、そろそろ帰ってくるころ」
そのとき、アラーム音が鳴り、壁にかけられたモニターが映る。
そこには巨大で黒い飛竜の群れが輸送用コンテナを運ぶ姿が映っていた。
飛竜は、暗黒竜グラフロス。その一体一体が極めて狂暴かつ、強力な存在であり、アヴァロンを知らない人間がこの光景を見れば、半狂乱になるだろう。
グラフロスはそのまま、【創造】の魔王プロケルが作りあげた街であるアヴァロンの奥にあるドームに近づいていく。
ドームの天井が開き、その中に次々と着地していく。
「すごいタイミングなの」
「さっそく、向かう。もしかしたら、マスターを取り戻すためのヒントが手に入ったかもしれない」
そうして、クイナとアウラ。
二人の【誓約の魔物】たちは、アヴァロンの裏の顔を隠すために作られたドームに向かうことにした。
◇
アヴァロンに設置されている巨大なドームには、人間には見せられないものが隠されており魔物だけが出入りを許される。
アヴァロンの街は開放的で自由な街ではあるが、ここだけは例外だ。
近づくだけで警告を受け、その警告を無視して近づこうものなら排除される。一切の容赦も躊躇もなく速やかに。
二人がドームにやってくると、グラフロスがコンテナを下ろし、コンテナから次々に、プロケルの魔物たちが出てきて、武器や食料などを運び出していた。
プロケルの魔物たちは、グラフロスにコンテナを運ばせることによって、極めて迅速に相手を攻めることができる。
そして、こんなものを使ったのは、戦争をするためだ。
クイナとロロノは真っ直ぐに、目的の魔物がいるコンテナに向かう。
コンテナから、エルフ特有の長耳、そしてエルフらしからぬ豊満な体をもった少女と、黒いマントを羽織った少年が降りてくる。
エルフは三人目の【誓約の魔物】たるエンシェント・エルフのアウラであり、少年は彼らの主たる【創造】の魔王プロケルの姿をしていた。
「その汚いのが、おとーさんにひどいことした奴なの?」
「ええ、そうです。こんな矮小なゴミが私たちからご主人様を奪った。……許せないです」
アウラの手には、鉄の鎖があり血に汚れていた。
鎖の先を見ると、ひょろっとして蛇の尾が生えた男性がいた。しかし、その姿はあまりにも痛々しい。
傷だらけであり、全身にみみず腫れと火傷の痕が残っているうえに、目元は涙を流し続けたのか真っ赤になっており、半分ほど歯が根元から抜かれている。
さらには、ひゅうひゅうと呼吸をするたびに変な音が聞こえてきた。
そう、グラフロスがコンテナに魔物と武器と物資を満載にして向かったのは【遷】のダンジョンだ。
【夜会】から即帰宅し、参謀たるデュークと話し合い、【遷】のダンジョンを潰し、その主である【遷】の魔王を潰し、主を拉致することに決めた。
「戻ってくるのが遅くなってごめんなさい。まさか、八時間もかかるなんて。思ったよりしつこかったです」
「ううん。ちゃんと、そのゴミを連れ帰ってきたから偉いの。アウラちゃん、お疲れさまなの!」
「ん、さすがはアウラ。マスターにあんなことをした奴に報いを与えられる。それにマスターを取り返すヒントも得られて一石二鳥」
「一石二鳥というのは正しくないですね。【遷】のダンジョンを落としたのには三つの目的があるので、一石三鳥です。もう、いいですよ。ご主人様」
「ああ、そうさせてもらおう。」
アウラがそう言うと、アウラの隣に立っていたプロケルが溶ける。
そして、赤い色のスライムになった。
「ぴゅふぃ~~」
それは、エヴォル・スライムの眷属であり、彼女の二ランク下でBランクの魔物、トランス・スライム。
エヴォル・スライムのように【模倣】はできないが、変身は得意であり、姿と仕草を真似るぐらいはできる。
長時間の変身は疲れるようで、トランス・スライムは雫型を保てずに殆ど液状になっていた。
「今回の作戦目的は三つ。一つ、ご主人様が健在であることを示し、容易にアヴァロンを攻めさせないこと。そのために、偽物を使いました」
わざわざ、トランス・スライムにプロケルの姿を真似させたのはそのためだ。
表向きにはプロケルが見つかり、報復のための戦争を仕掛けたことにしている。
偽物であることを疑うものもいるだろうが、その確証が得られるまでは攻め込みにくい。
いつかは見破られるにしろ、時間稼ぎにはなる。
「二つ、報復です。私たちの大事な人を奪った奴がノウノウとしているのは許せませんからね。しっかりと、潰します」
アウラは蔑んだ目で、首輪を引っ張り、全裸の【遷】の魔王を引っ張り、その頭を踏みつけた。
「三つ、ご主人様を取り戻すため。ご主人様を転移させたこいつなら、連れ戻しにいける可能性がありますし、そうでなくても何か方法を見つけられるかもしれません。それが無理でも、最悪はこいつの力を得られます。……残念ながら、これだけ痛めつけても、連れ戻すことはおろか、飛ばした先のことなんてわからないとしか言いませんが」
「ほっ、ほんとうなんだ。僕は何も知らない。僕の能力はとばすことはできても、その先なんて」
「はい、信じます。私、拷問には自信がありますし、お薬も使いましたからね。本当にあなたの力ではどうにもならないし、どうしたら連れ戻せるかも思い浮かばないのでしょうね」
アウラが微笑む。
誰もが見惚れるほどの美しさなのに、【遷】の魔王は背筋が凍っていくのを感じた。
「まあ、これも予想内です。ぶっちゃけ、そうなったらいいなぐらいの認識でしたし」
「アウラちゃん、それだとおとーさんを迎えにいけないの」
「安心してください。そのために必要なこともしています。……その前に、最後の最後にもう一度だけ聞いてあげます。本当に、あなたの力では連れ戻せないんですね」
最後通告。
女神のような慈悲深さでアウラは【遷】の魔王に問いかける。
「本当だ。だから、これ以上、ひどいことは」
「わかりました。じゃあ、もうあなたは要りません。……ルーエちゃん、【遷】のダンジョンにいる部下に指示を出してください」
アウラのイヤリングが揺れる。
しばらくは何も起きなかった。
だが、数分後、【遷】の魔王は震え始め、自分の体を抱く。
「僕の、僕の力が」
「もう、貴方の力じゃないですよ。ご主人様の力です」
魔王の力の根源は、ダンジョンの最深部にある水晶だ。
それを砕かれるとダンジョンは崩壊し、生み出した魔物は消え、魔王自身もその力を失う。
だからこそ、魔王はダンジョンを強化し、水晶を必死になって守る。
ゆえに、水晶を砕かれ力を失った【遷】の魔王は、もはや魔王ではなく、ただの無力な人間にすぎない。
加えて、水晶を砕いたのが、魔王本人か、その魔物であれば、魔王の力が移譲される。
つまり、プロケルは【遷】の能力を得て、さらには【遷】のメダルを作れるようになる。
それは、プロケルが自力で帰還する大きな武器となるだろう。
今回は、プロケル不在時を狙って他の魔王から攻め込まれる可能性が高く、戦力を分散させることは危険だった。
それでも、【遷】のダンジョンを攻めたのはこのためだ。
「あっ、あっ、あっ、僕の力が、僕の」
「しつこいですね。もう、あなたの力じゃないです。それから、なくなってしまった力のことより、これから自分がどうなるか心配したほうがいいですよ。だって、もう、あなたは要らなくなってしまったんですからね……もう、私たちは遠慮をする必要がないんですよ」
【遷】の魔王は、アウラの言葉を理解するまでに時間がかかった。
そして、理解した瞬間、奥歯をがたがたと言わせる。
「利用価値があるかもしれないので、いろいろと自重していましたが、この程度の可愛がり方じゃ、全然気が晴れません。なので、私より、ずっとこういうのが得意な人に任せちゃいます。私の場合、殺したらそれで終わりだから、いろいろと我慢しちゃいますけど、その人、別に殺しても生き返らせればいいやって、すごいことしちゃうんですよ。……楽しんできてくださいね」
風が巻き起こる。
風に巻き上げられ、そして、ドームの隅にある穴に吸い込まれていく。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」
その穴には、闇よりも昏い何かがいて、そこから無数の手が伸びて、【遷】の魔王を迎え入れ、引き込む。
あっという間に、【遷】の魔王は見えなくなり、悲鳴すら聞こえなくなった。
「といわけで、作戦は完了です。できるだけ早くご主人様が、【遷】の能力とメダルを得られたことに気付いてくれるといいですが」
「おとーさんなら、きっとすぐに気付くの」
「ん、でも、ちょっと不安。マスターは頭はいいけどたまに抜けてる。……それと、その力に気付いても帰ってこれない。たぶん、【遷】の能力とメダルだけじゃ、まだ足りない。【遷】の魔王が跳ばせたってことは、その能力を得たマスターも同じ距離を跳べるはず。問題は、跳ぶ位置の特定。きっと、私たち【誓約の魔物】がカギを握ってる」
ロロノは確信を込めて告げた。
彼女は、人工衛星を使った捜索をしながら、ずっと考えていたことだ。
「なるほど、たしかに今でもご主人様の繋がりを感じます。ほんとうに微かですけど、この繋がりをたどれば位置が特定できるわけですね。ただ、この繋がりは感覚的なもので、それを具体的な座標にするのは……」
「クイナたちじゃ無理なの。でも、それができる魔物がいるかもしれない。マルコ様や、ストラス様に相談してくるの!」
そういうなり、クイナが走り去っていった。
ようやく自分の仕事ができたと張り切っている。
プロケルのために何かをしたいという気持ちは誰よりも強い子なのだ。
本当は、【遷】の魔王との戦争でも先陣を切りたかっただろう。
だが、あえて残った。
プロケル不在時を狙う魔王が現れる可能性が非常に高く、アヴァロン最強の魔物たるクイナは離れるわけにはいかなかったのだ。
先の最強の三柱との戦いで、天狐の進化、空狐の力を見せたクイナは半ば伝説となっており、そこに存在するだけで抑止力になりえる。
「さて、私たちもやれることを片っ端からやりましょう」
「当然、絶対にマスターを……父さんを取り戻す」
こうして、アヴァロンでもプロケル奪還のために動き始めた。
プロケルの魔物だけでなく、彼を慕う魔王たちも動いている。
プロケルも魔物たちも、そう遠くないうちに気付くだろう。
どちらか片方からのアプローチでは帰還は不可能であり、プロケルとアヴァロンの魔物たち、その力を合わせたとき、初めて帰還が可能になることを。