第三十話:大魔王様は戦いを終える
【樹】の魔王を倒した。
それなりに優秀で強敵ではあったが、俺たちが危機感を覚えるほどではない。
魔王を殺したことで【戦争】での勝利は確定。
普段なら追い打ちで水晶を壊して、あいてのメダルと能力を得るのだが、あえて壊さないことに決めた。
理由はある。壊したり、【支配】したりするとダンジョンと魔物はすべて消えてしまう。
ほとんど魔物を殺してしまったといえ、今回の戦争において【樹】の魔王は多数の魔王から魔物を借り受けている。
可能な限り返してやりたい。
エースクラスの魔物となると、魔王にとってただの重要戦力というだけじゃない、絆がある。彼らを失う痛みは俺も知っている。
「クイナ、尻尾の魔力はどれぐらい使った」
「三千二百ぐらいなの。また頑張って貯金するの!」
クイナは空狐へ進化するときと戻るときに莫大な魔力を使用し、空狐でいる間も魔力を消費し続ける。
そして、元に戻る際に余った魔力を再び尻尾貯金に戻すという仕組みだ。
Bランクの魔物三千二百体分の魔力はそうそうたまらない。
加えて、尻尾の魔力が9999本に貯められている状況でないと進化できないという制約がある。
一度使うとしばらくお預けな切り札だ。
「マスター、デュークへのお土産見繕っておいた。これが一覧。あとで見ておいて。クイナの相手をしても奇跡的に【樹】の魔王の死体は原形を保ってる。今のデュークなら魔王でも【強化蘇生】できるかも」
「助かる。なかなかいい素材が多かった。それに魔王の死体もいい実験になるな。なにせ、【竜帝】に覚醒して力を増したあとも魔王の復活が可能かは試せていない」
「ん。だいたいいつも原形が残らない。クイナの力は雑すぎる」
「クイナは悪くないの! ちょっとでも力を抜けばやられちゃうような、やばい奴らとばっか戦ってるからなの!」
デュークは闇と死を司るSランクの竜。
死体を蘇らせ、強化させたうえで支配下に置くという【強化蘇生】を所有している。
このスキルがあるからこそ、俺たちは戦うたびに戦力を増している。
今回は、こちらの世界の魔王たちが己のエースを【樹】の魔王に貸し与えていたため大収穫だ。
返せる魔物は返したいが、死んだ魔物は蘇生しても、魔物ではなくなるため所有権を返せない。そっちは遠慮なく有効活用する。
そして、死体を持って帰られるのは茶のラウンズ、フォートレス・ブラウンのおかげだ。
通常、魔物死体は数分で青い粒子となって消えてしまうが、茶の疑似【収納】では劣化しない。
つまり、そのまま保存できる。
俺たちは雑談しながら、水晶の部屋へ行く。
念のため、水晶からダンジョン全体を見渡す。
クイナが倒した【樹】の魔王が偽物である可能性も存在するからだ。
一通り見たが異変はない。
あと数分もすれば、【戦争】終了の連絡が来るだろう。
「これ、砕かなくていいんですか? あるいはご主人様の言っていた【支配】とかは?」
「しないな。今後のために」
さまざまな思惑の上で、そうすると決めた。
異常がなかったので、【収納】からアビス・ハウル。転移もちの魔物を呼び出す。
アビス・ハウルが転移陣を刻んでいく。
一度、俺のダンジョンに戻る。
シエルたちに話さないといけないことがあるのだ。
「転移陣の準備ができたようだな。戻るぞ」
「やー、いい運動になったの」
「ん、ラウンズのデータがいっぱいとれて満足」
「私は少し物足りないですね」
そうして、俺たちは【樹】のダンジョンを脱出した。
◇
シエルたちに今後のことを話していると、創造主の声が響き始めた。
『【創造】と【樹】の戦争は、【創造】の勝利で終幕した。面白みがない結果だが、退屈しない戦いではあったよ。この世界も存外捨てたものではないのかもしれん。最後の最後で我を楽しませた』
転移が始まる。
白い部屋に呼び出されたダンジョンが元の空間に戻ろうとしていた。
「おまえたち、戻らなくていいのか」
援軍に来てくれたみんなに問いかける。
現状、この白い部屋だからこそアヴァロンまでの転移が可能だ。通常空間に戻れば、帰ることはできなくなる。
俺は、こちらのダンジョンとそこに住む人々を放置しては戻れないが、クイナたちはここで帰らせることは可能だ。
「やー、大丈夫なの。クイナはおとーさんと一緒なの」
「ん。マスターのとこへ行くってデュークとマルコたちには言ってる」
「それに数日で向こうへ戻れますよ」
「デュークとマルコが許可をしているなら問題ないか」
【誓約】の魔物三体が抜けているのは、戦力的に痛いだろうが、あの二人が判断を誤ることはない。
……【樹】の魔王に勝ち、この世界の管理権限をもらうとはいえ、他の魔王に逆恨みで襲撃される可能性がある、クイナたちが残ってくれるのはありがたい。
もっとも、それより怖いのが今日は暴れられると期待していた暴れん坊が、その出番がないまま終わり【収納】の中で怒り狂っていることだが。
こいつのフォローはあとでしよう。
ロロノのラウンズと模擬戦闘でもすれば、すっきりするだろう。ロロノのほうも、今日は出番がなかったラウンズのデータをとりたいだろうし。
「戻ってきたな」
ダンジョンは既に元の場所に戻り、俺と三体の【誓約の魔物】たちは、パレス魔王のダンスホールへと飛ばされる。
……肩に乗ったシエルの分裂体が、『どうしてなのです! 今日のお付きはシエルなのです。ずるいのです! ぴゅううううううう!』と文句を言っている。
パレス魔王に連れ歩ける魔物は三体まで、残りは強制的にダンジョンごと元の世界に戻されるのだが、シエルは自分が戻されたことに不満があるようだ。
そういえば、超極小分裂体とはいえ、なんで肩のシエルは無事なのか? 魔力量もサイズも小さすぎるから魔物と認識されていない? であれば、これはシステムの穴だ。今度、何かに使えるかもしれない。
拍手が聞こえ、意識が引き戻された。
拍手の主は創造主。
俺は今、一番目立つ中央ステージにいて、檀上の創造主、ホール中の魔王の視線が俺に集まっていた。
「さすがは、最高の世界の最強の魔王。あれだけのハンデがあったにもかかわらず圧勝ではないか。昔から、プロケルはわしを楽しませてくれる」
「俺は一度足りとも、創造主を楽しませるために戦ったことはない」
「そういうところも、悪くない。へりくだる魔王よりも、よほど相手をしていて楽しい。……それで褒美だな。約束通り、この世界を譲ろう」
右腕が凄まじい熱を持ち、見たこともない紋様が腕全体に刻まれた。
ほとんど無意識に、ある言葉を口にする。
「【神の書】」
すると、紋様が肌から離れ、折り重なり一冊の本になる。
古めかしい装いの金字で記された本。
魔王の書によく似ていた。
ページを開いて確信する。これがこの世界の管理端末。
ただ、思ったよりも制限が多く、力を振るう代償もいるようだ。
「それがある限り、神として振るまえる。この退屈な世界を好きに使うといい。プロケルは我と同じステージに立った。魔王でありながら神というステージにな」
「ああ、これで俺はあなたと同等の立場だ」
「同等、それはいささか図に乗り過ぎではないかな。我が持つ世界は十一。なにより、三千年ほど神として先輩だ。……それでも、ジャイアントキリングを繰り返してきたプロケルなら、何かしでかすかもな。あああ、楽しみだ。存分に牙を剥くがいい。我を楽しませるならそれも許してやる。我に挑み、敗北しても、ほどほどの屈辱とほどほどの絶望とほどほどの喪失で済ませてやろう」
圧倒的な余裕。
三千年の重み。
俺は古く力のある魔王を何人か倒したが、せいぜい百年、二百年の世界。
あまりに規模が違いすぎる。
それでも、俺はこいつの操り人形に成り下がるぐらいなら、魔王同士で無意味な殺しあいを強制されるぐらいなら、戦いを挑むだろう。
俺の目を見て、創造主がうれしそうに頷く。
「我は十分に楽しんだ。先に戻るとしよう。料理も酒もまだまだある。さあ、魔王たち、新たな神と歓談を楽しむがいい。ははははははは」
創造主が消えていく。
そして、取り残されたのは俺を含めた魔王。
……今の俺はこの世界の神であり、魔王と言っていいのかは悩みどころだが。
この世界の魔王たちは、誰一人口を開かない。
警戒しているのだ。
話をするにはまず俺からだ。
「みんな、聞いてほしいことがある」
彼らは俺のことを敵だと思っているが、俺はそうは思っていない。
誤解を解き、力になってもらえるよう誠心誠意語りかけよう。
創造主がいらないと言った世界と彼ら。
だからこそ、俺は彼らと友になり、協力し合いたいのだ。