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第二十九話:大魔王様と絆の力

 あのあとは半ば消化試合じみているのがわかった。

【樹】の魔王が行う攻め手に勝とうという意思を感じない。

 ようするに何もかもが適当なのだ。


 ただ淡々と現れる魔物を屠り、そしてとうとう水晶の部屋の一つ手前にやってきた。

 そこには魔物は一体もおらず、枯木色の大樹があった。


 かなり天井が高い部屋だというのに、その天井すれすれまで育ち、根は深々と張り、まるで血管のように蠢いている。

 その大樹の中に美しい青年魔王が蠢いていた。その皮膚の中に木が入りこみ、脈うっており、木と一つになっていると一目見てわかる。


「【覚醒】をしたのか」


 ある一線を越えることで莫大な力を手にする魔王の切り札。

 たとえば、俺であれば記憶にある物質を生み出す【創造】が、目の前にある物質を強制的に進化させる【創成】へとパワーアップする。

 むろん、そんな力に副作用がないわけがなく、心が削り取られ、長時間続ければ寿命を奪われる。


「手を緩めてやったのに、遅かったじゃないか、【創造】の魔王」

「おまえと違って、俺は注意深い。そちらの攻め手が緩んだからと言って、警戒を解いたりしないさ」


 やるべきことをやり続ける。

 もしかしたら、やる気がないように見せかけているだけかもしれなかった。


「そうか、そうなのか、舐めていないか、それなら、なぜここまで来た。もはや勝敗は明らかだ。万が一の事故を防ぐために、おまえはダンジョンに戻るべきだろう」

「逆だな、万が一を防ぐためにここにいる」


 クイナが負けるような相手が出た場合、戦闘力以外すべてが絶望的な切り札を【収納】から解放する。

 そのためには俺がこの場にいる必要がある。

 むろん、魔王が前線に出ているリスクはある。しかし、不意打ちはアウラが防いでくれる。

 そう、敵地に我が身を置くリスクを負うだけで、万が一の切り札を取り出せる状態を維持できるのだ。

 であれば、ここに留まるのがベスト。


「そうか……ありがとう。ちゃんと、敵になれていたんだね。良かった、よかったよ。なら、これは戦いだ。私のすべてを賭けて挑むに値する」

「その姿、おまえの【樹】の能力か」

「ああ、そうだよ。私の、【覚醒】した、力。樹が集まれば、森ができる。森は命の循環、そこに住む命が散れば、それが土に孵り、養分となり、森を育てる、【樹】でしかない私は、【覚醒】することで、【森】そのものになる」


 途切れ、途切れに【樹】の魔王が言葉を絞り出した。

【樹】の魔王が埋まっている大樹の脈動が激しくなる。


 なるほど、そういう能力か。

 ダンジョンそのものを森にし、そこで散っていった命そのものを養分とし、己が力とする。

 ここに来るまでに俺たちが倒した七百弱の魔物、その力すべてが奴に集まっている。


 元より、奴はAランクのメダルを生み出す強力な魔王。それが【覚醒】して、さらに七百弱もの魔物の力を纏った。

 どれほどの強さだろう?


 並のSランクでは話にならないだろうな。

 大樹が縮んでいく。

 弱くなっているわけじゃない、力が圧縮され密度をましていく。

 人型に近づいていく。枝が折り重なり、完全に【樹】の魔王が見えなくなる。


 そうして、完成したのは木人形。

 表情は見えないのに、奴が笑った気がして、消えた。

 次の瞬間目の前で爆発音。

 目の前には、キツネ尻尾をなびかせたクイナ。手を前に突き出しており、その手には炎の残滓があり、その先には壁にめり込んだ木人形。


「あいつ、強いの。クイナの本気の炎で燃えなかったの」


 クイナは掌底と爆炎魔術の合わせ技を叩き込んだ。

 クイナの炎は数万度という圧倒的な熱量を持ち、なおかつすべてを燃やす概念の炎の側面もある。

 その空間や時間すらも燃やす必滅の炎を受けながら、炎に弱いはずの【樹】が燃えない。


 それはすなわち、クイナを越える出力の概念防御があるということ。

 クイナと木人形が消え、音だけが聞こえる。


「俺の目では追いきれないな。おまえたちはどうだ」

「んっ、私も無理」

「私は翡翠眼でなんとか……ただ、見えているだけで追いつけないですね。クイナちゃん、かなり不利なようです。あのクイナちゃんが身体能力で圧倒されてますし、炎も効かないうえ、敵は反則じみた再生能力をもってます。なにより、クイナちゃんは私たちを庇っていて、それが弱点になってます」


 アウラの翡翠眼が輝いている。

 アウラは風の守りで二人の余波から俺たちを守っているが、クイナが庇う必要があるということは、かなりやばい。


「そうか、劣勢か」

「はい、さすがに戦い慣れているだけあって、技量や状況判断はクイナちゃんが上回ってますが、ほとんどの能力、一枚か、二枚上を行かれてます」


 一枚か二枚、上。

 そうか、それだけの差か。

 なら……。


「楽勝だな」

「はい、問題ありません」


 そして、何かが床に叩きつけられ、大地に巨大なヒビが広がり、クレーターができ、そこには表面が焦げた木人形がいた。


「がはっ、なぜ、たかが、一体の魔物が、それほど」


 空中にクイナの体が浮かび上がる。

 尻尾から黄金の炎が噴き出ていた。

 やっとか。相変わらず、あの力は発動に時間がかかる。

 それに、クイナが命の危機を感じなければ使えない。

 クイナが命の危機を感じる相手などそうそうおらず、故にこの力は二度しか見たことがない。

 ……クイナにこれを使わせただけで、【樹】の魔王は本物だ。

「やっと、準備ができたから、本気を見せられるの!」


 クイナが目を輝かせ、明るい声を出す。

 そんなクイナのもとに、地面に埋まったままの木人形から無数の木槍が伸びて襲い掛かる。


 さきほどまでの炎であれば燃やせず、ましてや空中では身動きできず回避などできない。

 しかし、クイナは笑っている。


 黄金の炎が尻尾から溢れ、朱色が混じる。

 その炎が全身を包んだ。

 そこに木槍が到達。だが、触れた端から灰になる。


「これが、クイナの真の力。眼に焼き付けるがいいの!」


 Sランク、その上位にいる天狐。その炎がさらに強くなっている。

 そして、その力の高まりは留まることを知らない。

 そう、今、一秒ごとに力が高まっている。

 これはまだ前段階。

 本番はこれからだとばかりにクイナが叫ぶ。


「【空狐転召】!」


 キツネは年を経て妖力を持つことで、妖狐となる。

 妖狐は妖力を増すごとに尻尾をましていき、九本になったとき、大妖怪である九尾の名を冠する。

 そして、九本まで増えた尻尾はさらなる力と知識を得ると、今度は減っていくのだ。

 四本となったとき、神に半歩足を踏みいれた存在である天狐となる。

 それこそがSランクの魔物、天狐。


 ……さらにこれには続きがある。

 その四本の尻尾が力を増すごとに減っていく。

 そして、完全に消えたとき、はじめて完成する存在がある。

 それこそが空狐。

 Sランクの魔物すら超越した、ランク計測不能。

 クイナの服がすべて黄金の炎で消滅し、その体が成長していく。


 幼女から少女へ、少女から女性へ。

 徐々に、女性らしく魅惑的な肉体へ。

 その肢体は炎が具現化した天の羽衣を纏った。

 尻尾が炎へと変化し、その炎が体内に宿り力へと変わる。

 今ここで、クイナは到達点である空狐へとたどり着いたのだ。


「相変わらず、とってもきれいです」

「んっ、見惚れる」


 同性のアウラとロロノですら美しく成長したクイナに魅了され、生唾を飲む。

 それほど空狐となったクイナは妖艶かつ美しい。尻尾がなくなったことも、可愛いではなく、美しいへの切り替えの一因。

 俺ですら、己のすべてを捧げたくなる傾国の美女がそこにいた。

 その空狐が、【樹】の魔王に微笑みかける。

 魂を奪うほど魅力的な笑顔。なのに、それは凶器だった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 半狂乱になり叫び、失禁しながら、全力で木槍を空狐へと向ける。

 その数はさきほどの比ではなく、一本一本に込められた魔力も次元が違う。

 ただの全力じゃない。あれは【樹】の魔王の全力を遥かに超えたもの。あまりの恐怖ですべてのリミッターを外し、命を削って、すべてをなげうったからこその攻撃だ。


 だというのに、空狐の肌に触れることすら叶わずに、近づくだけで消えていく。

 微笑みながら、ゆっくりと空狐が天から舞い降りる。

 朱金の炎を纏いながら。

 あまりにも美しすぎて、まるでおとぎ話で女神がこの地に降りてきたよう。

 クイナは軽く手を伸ばし、その【樹】の魔王の顎に手を伸ばす。 怯える【樹】の魔王は暴れるが、いかなる抵抗も、彼女が纏う炎で消滅していき徒労に終わる。


「あなたが強くて良かった。おかげで、久しぶりに本気を出せた」


 その手が顎にふれ、朱金の炎が吹き荒れる。

 あまりにもあっけなく、冗談のようにSランク魔物すら凌駕する力を手に入れたはずの【樹】の魔王は消滅した。


 天狐の時点ですべてを滅する概念の炎。

 それが超強化され、存在そのものを許さず燃やし尽くしてしまったのだ。

 これで戦いは終わりだ。

 成長し、大人の魅力を携えたクイナがこちらにくる。

【樹】の魔王を狂わせた笑顔とは別種の笑顔を俺に向ける。


「おとーさん、ご褒美、ちょーだい」


 その見た目と中身のギャップにいつもなら笑ってしまうのだが、いまはその美しさに魅せられている。


 クイナの唇が俺を誘惑する。天の羽衣のような薄衣では隠しきれないうえ、透けて見えてしまっている双丘に目が釘付けになる。

 喉がからからに乾き、虫がランプに吸い寄せられるように足が勝手に動く。


 クイナの肩に手をおく、その瞬間、その滑らかな手触りに理性が決壊した。たとえ破滅してでも、目の前の美しい女が欲しくなり、背中に手を回し、抱き寄せる。

 ああ、なんて甘い香りだ。なんて抱き心地だ。

 熱い、脳が焼け切れて、溶けそうだ、いろいろな枷がすべて音を立てて壊れていく。

 俺が悪いんじゃない。こんなに魅力的になったクイナが悪いんだ。

 そして、俺は……。


「あっ、時間切れなの」


 クイナから炎が噴き出る。

 不思議と俺にはまったく危害を与えない。

 それはお尻に集まって尻尾を象ると、そのままもふもふのキツネ尻尾が復活し、クイナがもとの姿、天狐に戻っていく。

 同時に俺をおかしくしていた何かが消えていった。

 危なかった。

 あと少しで、人として大事なものを失うところだった。


「……むう、あと少しだったのに。残念なの」


 裸のまま、クイナが悔しそうに言い、誰かに後頭部をハリセンで殴られた。


「父さんに何する気?」


 ロロノだ。怒っている。あまりの怒りから、マスターではなく素のほうの父さんがでた。


「やー、大人のときのクイナならマルコがやってもらってることやってもらえると思ったの。ほら、ロロノちゃんと一緒に覗いた、あれ」

「だめ、許さない」

「ロロノちゃん、自分が大人になれないからって嫉妬してるだけなの。クイナの邪魔する前に牛乳でも飲むの!」

「……ほう、よく言った。覚悟はできてる?」

「むう、やるの?」


 ロロノの眼が据わり、クイナがシャドーボクシングを始める。


「二人ともストップです。まずはクイナちゃんは服を着て。あとロロノちゃんはいちいちそういうことで怒らないでください」


 戦いが始まる前にアウラの仲裁が間に合った。

 良かった。二人は仲がいいのに、変なことで喧嘩する。


「何はともあれ、終わったな」

「やー、完全勝利なの」

「んっ。口ほどにもなかった」

「では、水晶を砕いちゃいましょう」


【樹】の魔王は弱くなかった。

 あの瞬間の【樹】の魔王はSランクの魔物すら凌駕していたのは間違いない。


 だが、相手が悪かったのだ。

 天狐から空狐への進化条件は、魔力を貯める性質を持つ尻尾の毛、9999本に魔力を限界まで貯めること。

 一本一本がBランクの魔物の魔力総量に匹敵する。


【樹】の魔王は七百体の魔物の力を纏ったのだが、クイナは9999本。勝てるわけがない。

 戦いになっただけで誇っていい。

 俺たちは水晶の間に行く。

 これで、この【戦争】は俺たちの勝ち。

 あとで、この世界をどう使うかみんなで相談するとしよう。

 

 

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