第二十八話:大魔王様はチェックメイトをかける
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肩に乗っている超極小の雫型スライムが飛び跳ねる。
「定時報告なのです!」
シエルの分裂体だ。
配下ではなく、同一個体。
ゆえに共振能力を持ち、世界の壁すら超えて思考を共有できる。
それを利用し、シエルは【スラネットワーク】という巨大情報網を構築していた。
元の世界ではダンジョン内はもちろん、主要各国と要人にシエルの極小分裂体を張り付かせており、そのネットワークは世界規模だった。
いうまでもなく非常に有用な能力。
「敵はまだ第一フロアで足踏みしているのですよ。敵の撃破数は四百二十三体。こちらの損害は、オーバーヒートしたミスリル・ゴーレム五機、連続稼働でダメになったEDJ-04 アイムールが六丁なのです。弾丸の消耗は三割ほど。まだまだいけるですよ」
「そうか、異空間からの攻めはどうだ」
「ルーエ様が余裕で対処しているのです!」
「よくやっているな。この調子で頼む」
なら、しばらくは俺のダンジョンは安泰だ。
四百体以上の魔物を無駄死にさせるとは、同じ将として度し難く思う。
こちらの消耗を見越した人海戦術なのだろうが、そのようなものは最後の最後に採るべきであり、頭を使い攻略法を探り、それがみつかるまでは、兵を戻し時間を稼ぐべきだった。
もしかしたら、こちらの魔王は戦い慣れしていないのかもしれない。
魔王にとって【戦争】というのはわりに合わないものなのだ。
たとえ勝てたとしても失うものが多すぎる。特に、メダルでの合成でしか生み出せない魔物などは、替えが利かない。
ゆえに、よほどのことがない限り【戦争】はしない。
俺の世界で【戦争】が多いのは、ひとえに創造主に振り回された結果。
こちらの魔王が創造主に見限られているのなら、【戦争】なんてものは滅多に起きず、平和ボケしているのも無理はない。
……まあ、俺たちの世界の場合、野心家の魔王が多いのもあるが。あいつとか、あいつとか、あいつとか、あいつとか。
「シエル、作戦の変更はない。当初のプランを進めてくれ」
「はい、なのです。また定時連絡をするですよ」
その言葉を最後に、極小スライムが沈黙する。
「マスター、防衛側が善戦していて安心。無理に急ぐ必要がなくなった」
「そうですね。向こうが落ちそうであれば無茶をしますが、この調子なら安全第一でいけそうです」
「そうだな。着実に行こう」
現状では、隠密・情報収集に特化したラウンズである紫、インビジブル・ヴァイオレットを先行させて情報収集。
その後に俺たちは足を踏み入れ、そのタイミングでアウラが風を使って徹底的に調べるという安全策をとっている。
インビジブル・ヴァイオレットのセンサーとアウラの風、その両方を騙すなんて芸当をできる魔物は一体たりとも知らない。
もし、時間がないとなればそうした調査に時間をかけられずに全力で突き進むしかなかった。
「第一フロアすら超えられないなんて、【樹】の魔王は情けないの」
天狐のクイナがやれやれと肩を竦める。
「クイナなら、どうやって第一フロアを越える?」
「そんなの簡単なの。クイナの炎でフロアすべてを埋め尽くすの」
「……一発だな」
クイナならあの程度の広さなら炎で埋め尽くすことは容易い。
そして、クイナの炎は一瞬で弾丸すら蒸発させる。
ゆえに、弾丸は届く前に消滅し、ミスリル・ゴーレムだろうが重機関銃だろうが、溶けてなくなる。
とんでもない力技だ。
「んっ。対クイナ用に対炎に特化した武装を考案しておく」
「やー! なんで、クイナが仮想敵なの!?」
「クイナを狙ってるわけじゃない。クイナと同じことをできる魔物対策」
自らの力作、EDJ-04 アイムールの突破が簡単だと言われて、いらっと来ているんだろうな。
そんなふうにじゃれ合っているクイナとロロノを見ていると、先行して情報を集めていた紫が帰ってきた。
ロロノがデータを受け取る。
「【樹】の魔王、やけになったみたい。次のフロアにまた大戦力を用意した」
「やけになった、というわけではないでしょうね。暗殺・奇襲、それが通じないから、正攻法で叩き潰すしかなくなった。これ以上、戦力を各個撃破されれば、それすら……なら、このあたりで開幕に私たちが見せた攻撃の二度目がこないことに賭けるしかない。と言ったところでしょう」
「だろうな。そろそろケツに火がついてきた。これ以上戦力を削られれば、二発目がない可能性に賭けることすらできなくなる」
間違ってはいない。
戦略級爆撃、それの対処として戦力をばらけさせて奇襲により俺を殺すという戦法は合理的だった。
そして、それが通じないとなれば、個の力で劣っている以上、数にものを言わせるしかない。……たとえ、リスクを負ってでも。
だが、残念ながら、その賭けの結果は見えている。
「ロロノ」
「わかってる。ここで二発目を使う。でも、これで最後」
一発目の余波で、内部フレームまでダメージを負った緋、アトミック・スカーレットが前にでる。
そして、要塞である茶のフォートレス・ブラウンから外装と二発目の核弾頭、アトミック・バスターを受け取った。
アトミック・バスターは二発が限界。
緋は大規模破壊に特化し、その余波に耐えられるように設計されているが、アトミック・バスターの破壊力は規格外であり、一発撃つごとに外装はお釈迦になるし、内部機構も深刻なダメージを受ける。
安全にアトミック・バスターを放てるのはたった二発だし、二発撃てば中破状態だ。
……実のところ三発目も撃てなくはないが、それをすれば最後、修復不能なダメージを負う。
だから、ロロノも俺も三発目は撃たせない。
ただ、あくまで一体の機体で撃てるのが二発というだけで、アトミック・スカーレットが複数体いれば、何発も撃てる。
こちらに連れてきていないが、量産を前提にしていないラウンズの中で、例外的に複数機作られているのがアトミック・スカーレットだ。
アヴァロンの格納庫にはあと四機、アトミック・スカーレットが存在し、十発ほどアトミック・バスターが常備されている。
「ん、マスター。紫のデータから、込める魔力の選択も終了した。いつでもいける」
「なら、ぶちかませ」
「わかった」
ロロノが外装の換装とアトミック・バスターの搭載を終えたアトミック・スカーレットに手を触れる。
「緋のラウンズ、アトミック・スカーレット。奴らを殲滅する元素は炎。……アトミック・バスター、モードファイア発射準備」
今回も炎のようだ。
開幕で、物理と炎魔力の複合攻撃を見せたというのに、対策はしなかったらしい。
というより、できなかったのだろう。
こちらが二発撃てれば終わりという、割り切り。
炎の魔力をアトミック・バスターに充填した緋のラウンズが次のフロアに進んでいく。
そこからは、開幕のリプレイだ。
容赦なく核と魔力の一撃はすべてを滅する。
どうやら、今回は発射前に潰すつもりでより苛烈に攻撃をしてきたようだが、アトミック・バスターに耐えられるよう設計されている緋にとっては涼風のようなものでしかなく、意味はなかった。
すべてを滅したあと、俺たちは次のフロアに踏み入れる。
何もかもがなくなり、ガラス状に溶けて固まり鏡面のようになった死の大地へ。
その中で、外装が脱落し、いたるところにヒビが入り、煙を吹き、アトミック・スカーレットは膝をついていた。
一発目の時点でダメージを負っていたが、もはや瀕死だ。
「ロロノ、あいつを休ませてやってくれ」
「わかってる。フォートレス・ブラウン」
ロロノの命で、フォートレス・ブラウンがその体内にアトミック・スカーレットを収納する。
体内には超小型の修復機能付きゴーレムがいて、応急処置が行われるのだ。
「今回の戦争、七割がたロロノだけで片が付きそうだな」
「私のラウンズはすごい」
攻めも守りもロロノのゴーレムが大活躍だ。
「ああ、ラウンズはすごい。世界最強のゴーレムたちだ」
そんな俺の誉め言葉に、なぜかロロノは静かに首を振った。
「違う、ラウンズは最強なんかじゃない」
「まだ、改良するのか?」
「それも違う。この子たちは最強のゴーレムにするために作ったわけじゃない。最強を名乗るには得意分野に特化しすぎて弱点が多すぎる」
最強を目指したわけじゃない。
その言葉がロロノから出るとは思っていなかった。
「ラウンズはそれ自体が最強になるための機体じゃなく、最強を作るための実験機。それぞれの特化機能だけを突き詰めることで、大胆な設計で新機構や新技術を試しつつ、幅広いデータを収集した。そして、十二種のラウンズから得られたデータを元に、完全無欠のゴーレム、ラウンズを超越したゴーレムを作ることこそ、私の計画」
……これだけ強いラウンズたちがただの実験作にすぎないとは。
たしかに言われて見れば、不自然だった。
いかに特化機能を持った機体たちと言えど、あまりにも欠点が多く兵器としては問題点が多かった。
しかし、あくまで実験機だと捉えれば腑に落ちる。
そして、とてつもなくわくわくする。
この十二種の特機たち、その長所をすべて受け継いだ究極のゴーレム。
そんなもの、最強に決まっている。
「それはいつできるんだ」
「わからない。まだ、設計が途中。でも、そう遠くない。マスターに見てもらうのが楽しみ」
「ああ、俺も楽しみだ」
そうやってにやりと顔を見合わす俺たち、その後ろから唸り声が聞こえてきた。
振り向くと限界まで頬を膨らましたクイナがいた。
「むううう、むうううう、むううう、ずるいの、ロロノちゃんばっかり活躍してずるいの! ずるいの! ずるいの! ずるいの!」
完全に拗ねてる。
こうなったクイナは手に負えない。
どうしたものかと考えていると、クイナの頭にぽんとアウラが手を乗せた。
「心配しないでください。クイナちゃんの活躍はもうすぐですよ」
「もう、そんなのにクイナは誤魔化されないの!」
「いえ、確信です。ここのダンジョン、変なんですよね。魔物を殺すと、その力って倒した魔王や魔物に流れ込むものですが、その量がちょっと少なすぎるんですよ」
「俺も気になっていたんだ」
魔王のダンジョンで生まれた感情や、魔物の死によって放出される存在の力は、その支配者のもとへ行くものと、倒した魔王や魔物のもとへ行くものに分かれる。
しかし、あまりにも倒した俺たちのもとへ来る分が少ない。
逆に言えば、俺たちへ流れこむはずの力が何かに奪われているということだ。
「さきほどから気にしていて、その力の流れを追ってました。どうやら、奥へ奥へ、おそらくは魔王のもとへ流れこんでいます。つまり、今まで私たちが殺した魔物たちの力が一か所に集まっているんです。そういう能力を持っているのでしょう……はっきりいって、かなりまずいですね」
ここまでこのダンジョンで倒した魔物の数は六百ほど。
その力すべてがたった一体の魔物、あるいは魔王本体に集まっていれば?
とんでもない化け物が生まれる。
もしかしたら、【樹】の魔王の目的は、俺たちに魔物たちを大量に殺させ、その力を集約することかもしれない。
だとしたら、面白いな。少々、【樹】の魔王を見直してもいい。
「やー! クイナのお仕事なの!」
拗ねていたのが嘘みたいに、無邪気な笑顔でクイナが飛び跳ねる。
嬉しそうにもふもふのキツネ尻尾が揺れていた。
「んっ、エースの仕事」
「まあ、私たちも必要なら手伝います。でも、そんな必要ないでしょう?」
「もちろんなの!」
この状況で魔物たちに緊張感はない。
平和ボケなのではない、エースたるクイナへの絶対的な信頼故だ。
おそらく、魔王がいる最奥まであと少し。
そこで【樹】の魔王とクイナの最終決戦が行われるだろう。
クイナが本気で戦える相手などそうそういない。
クイナは強すぎて、その力を持て余し、退屈なのだ。
願わくば、【樹】の魔王がそんなクイナの退屈を吹き飛ばせるほど強いことを望む。
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