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第二十七話:大魔王様とシエルの真価

~アヴァロン、水晶の間にて~


 雫型のスライムが水晶を見つめている。


「ぴゅふふふふ、敵軍がゴミのようなのです。まっすぐに突っ込んで来るなんて単細胞なのですか? ……はあ、寂しいのです。魔王様がいらっしゃれば、お前も単細胞だろうって突っ込んでくれたのです」


 水晶にはダンジョンの様子が投影されている。

【戦争開始】からすでに三十分経った。

 しかし、未だ【創造】のダンジョン、その第一階層、第一フロアすら【樹】の軍勢はクリアできていない。

 プロケルが第一階層、第一フロアに用意したのは一本道の洞窟。


 ぎりぎりミスリルゴーレムが二体並べられるだけの横幅、高さは下限である三メートル。

 そして、奥行きが二キロ。

 障害物は一切ない直線。

 見る者が見ると微妙に傾斜があることに気付くだろう。

 すべて意味があって、この設計がなされている。


「いくのです。ミスリル・ゴーレム!」


 マッシブな印象を受けるゴーレムがミスリルのボディをマズルフラッシュで照らしながら、己が必殺武器を振りかざす。


 それは銃だった。

 しかし、それは間違っても歩兵が使うようなものではなく、戦闘車両やヘリに搭載されるモンスター。そのカテゴリーは重機関銃。


 ベースとなったのは、アメリカの名機、ブローニングM2重機関銃。

 12.7mmの大口径弾丸を音速の三倍近い速度で一分に千二百発叩き出す、桁違いの化け物。

 それを世界最高の錬金術師たるロロノが改良し、さらに魔力を組み入れて進化させたものを使用していた。


 一回り巨大化し、20mm口径弾を使用可能に、連射機構及び、材質の見直し。それにより、ベースとなったブローニングM2とは比べ物にならない威力の弾丸を放つにも拘らず、連射性能、命中精度も向上している。


 加えて、重機関銃からコードが出ており、ミスリルゴーレムのコアに直結されていた。

 ミスリルゴーレムのコアから生み出される魔力を直接引き込み、弾丸の加速に使用している。


 アヴァロン・リッターと違い、ミスリルゴーレムは魔物換算するとせいぜいBランク程度の力しかない。

 だが、あくまで総合力がBランクという意味であり、純然たるパワーと出力だけであればAランクの魔物にも匹敵する。

 そのゴーレムのパワーと出力が加算された、化け物機関銃、その威力は……。


「有効なのです! 相手のAランクだろうが、叩き潰せるのですよ!」


 一発一発がAランクの魔物が放つ渾身の一撃に匹敵する。そんなものが、一分に千二百発襲い掛かる。

 高位の魔物であれば、一発二発なら防げるだろう。……だが、それがなんだというのだ?

 一秒に二十発もの暴力の嵐、その前に多少の防御は意味をなさない。


 Aランクと思われる魔物が魔力で風の盾を生み出した。

 しかし、一発は受け止め、二発でひびが入り、三発で砕け、四発目で致命傷、五発目でミンチ。

 一秒にも満たない間で起こったことだ。

 ミスリルゴーレムでの運用を前提とした機関銃の最新鋭。その名を、EDJ-04 アイムールという。

 嵐の神が愛用した【撃退】の意を冠するこん棒から、名を授かった。

 そして、その名の通りにプロケルの敵を撃退している。


「ぴゅふふふふ、シンプルイズべストなのです!」


 敵が為すすべもなく撃ち払われているのには理由がある。

 この第一フロアには逃げ場がないのだ。

 ミスリルゴーレムがぎりぎり二体並べられる横幅しかない、そんなところでミスリルゴーレムが二体並んで射撃しているのだから、横には逃れられない。


 なら、上に跳ぼうにも限界まで天井は低くされている。

 その上、この微妙な傾斜が厄介だ。EDJ-04 アイムールの初速が秒速1500mを越えるとはいえ、奥から入り口までに二キロもあると、着弾までに1秒以上かかる。


 一秒あれば、重力に引かれ弾丸は落ちる。しかし、このダンジョンの傾斜は重力に引かれ弾丸が落ちる軌道に合わせて造られている。

 ゆえに、弾丸は常によけにくい中段の高さになるうえ、音速の五倍の弾丸ともなると余波だけで周囲をずたずたにし、回避不能。

 逆に入り口から攻撃する際にはこの傾斜が邪魔になり、射線が通らず、ゴーレムへ攻撃が非常にしにくい。


 それに障害物なんてものは何一つ存在せず、全長2キロというのは、アイムールの有効射程範囲。

 つまり、このダンジョンは一歩足を踏み入れた瞬間からキルゾーン。


 これこそが、アヴァロンの基本防衛機構。

 プロケルが古くから愛用している手だ。

 プロケルに挑むのであれば、このフロアの対策をしなければ、戦いにすらならない。

 プロケルの世界の魔王は、当然、このフロアのことを知っており、対策をしている。

 だが、悲しいことに【樹】の魔王は初見であり、ろくに対策ができていなかった。

 故にこれほどの超火力攻撃はすぐに息切れするという、甘すぎる予測……いや夢想をして、魔物を逐次投入して次々に無駄死にさせている。


 彼は知らないのだ。たしかにアイムールを全力全開で使用する場合、ミスリルゴーレムはリミッターを外さなければならないため、持続時間は二十二分が限界ではある。


 しかし、次のフロアの入り口に予備のミスリルゴーレムが二十機用意されており数秒で交代での運用が可能。

 アイムールの弾丸には限りがあるが、エヴォル・スライムたるシエルが【収納】している弾丸の数は百二万八千発。


 銃身への負担から、アイムール自体もいずれは壊れるだろうが、予備機が数十丁ある。

 つまるところ、弾切れなどというものは、たかが一回の【戦争】ではありえない。

 シエルは無駄に命を散らしていく【樹】の魔物たちを見つめる。


「ぴゅふぅ。いつまで無駄死にさせるつもりなのか。愚かなのです。あっ、今更になってようやく頭を使ったですか」


【樹】の魔王の軍勢が一度撤退し、十分ほどのちに少数精鋭らしき魔物が次々と入ってくる。

 それを、シエルが見ている。


 水晶越しではない。第一フロアで直接見ているのだ。

 いや、見ているというのは正確ではない。各種、鑑定・分析スキルをもって、その能力を見通している。


 シエルが指揮を任されたのは、Sランクという理由だけでも、ありとあらゆるアヴァロンの魔物の知識、経験を持っているからというだけでもない。

 こちらに来たプロケルの魔物の中で唯一、フロアをまたぐ通信手段を持っているのが大きい。


 シエルの特殊能力、【分裂】。

 スライム細胞を切り離し、群体として行動することを可能とするスキル。

 戦闘という点ではさほど有効ではない。シエルや分裂体の強さはスライム細胞の量で決まる。

 分裂体に使うスライム細胞を増やせば増やすほどシエルは弱体化するし、スライム細胞をケチればろくな戦力にならない。

【分裂】の強みは戦闘力以外にある。

 それは、分裂体すべてがシエルと同一の魔物であるということ。


 大原則として、ダンジョンの各フロアはそれぞれが孤立した世界であり、フロアをまたぐ通信というのは不可能。

 例外としては、魔王が己のダンジョン限定で、最大十体まで予め絆を結ぶことで、指定した魔物と可能になるテレパシー、あるいは異界を跨いで思念を飛ばす能力を持つ魔物を使うなど。

 だが、シエルの場合は分裂体との共振によりフロア跨ぎの意思伝達が可能。


 共振とは分裂体に起こったのと同じ反応が本人に同じように起こる現象を言う。この特性を使えばどんな高速通信でも不可能な、完全な時間差がなしのリンクが可能。それは世界の壁すら越える。

 ……さすがに、アヴァロンに配置した分裂体とは共振できなかったが、ダンジョンのフロア跨ぎぐらいなら余裕なのだ。


 この能力があり、ダンジョン内の魔物に指示ができるからこそ、指揮官としてここにいる。

 目に見えないほどの超小型の分裂体が、ダンジョン内の要所要所に配置され、情報網を構築しているのだ。

 これこそがシエルの真価、【スラネットワーク】。

 そして、【スラネットワーク】の恐ろしさはこれだけではない。

 分裂体すべてが、シエルがコピーして集めたスキルを使えること。


 むろん、スライム細胞が少なすぎて、戦闘力はない。

 だが、分析・解析であれば戦闘力は必要ない。

 数多の分析・解析スキルで極小の分裂体が、侵入してきた魔物のスキル・能力を丸裸にし、その情報がリアルタイムで指揮官たる本体に伝わり、本体は次なる策を用意し、【スラネットワーク】を使い伝達する。

 超高精度な情報収集を併せもった世界を跨ぐ超高速通信網、それこそが【スラネットワーク】。


「攻撃を受けて、魔術じゃなく物理攻撃と気付いたから、物理無効の魔物だけで少数精鋭を編成し、ゴーレムを潰しにくる。まあ、まちがっちゃねーですね」


【樹】の魔王の戦略はそれだ。

 だが、悲しいことにフロアに入った瞬間に、その策は【スラネットワーク】の力で見抜かれてしまった。

 シエルの分裂体たちがミスリルゴーレムに指示を出す。

 ミスリルゴーレムはEDJ-04 アイムールの弾倉を交換し、さらにレバーを倒すと銃が変形する。


「無策よりはマシなのです。でも、その程度の手、この戦術を得意戦術としている、シエルたちが想定していないとでも? 甘すぎるのですよ」


 ミスリルゴーレムが再び射撃を始める。

 さきほどまでは魔力をすべて弾丸の加速に使い、火力と魔力のハイブリット超高威力を実現していた。


 しかし、弾倉と機構を切り替えたことで別の顔を見せる。

 交換した弾倉に装填されている弾丸は、魔力攻撃を行うための弾丸。

 放たれた弾丸は、外装が分解され、格納されていた魔法金属で作られたパウダーがプラズマへと変わり、光の帯を残しながら敵を貫く。

 それは魔力による光の一撃。


 物理無効能力を持っていた魔物たちが、魔力攻撃によって貫かれ、なにも為せぬまま命を落とす。

 ……そう、物理無効の魔物がくる想定などしてあたりまえなのだ。

 この戦術は実戦の中で磨かれたもの。欠点ぐらい、アヴァロンの面々は理解し、埋めている。


 ミスリル・ゴーレムには多種多様な状況に対応できる弾丸を持たせており、常に監視・解析をシエルの分裂体が行い適宜弾倉交換の指示を出す。それ以外にも複数の【対策の対策】がある。

 この程度、対策とは呼べない。


「まさか、二の手、三の手がねーわけじゃないですよね? ないのですか。くっそつまんないです。このままじゃ第一フロアだけで終わっちまうです。こんなの、魔王様のダンジョンじゃ温いほう。もっとやべーのは山ほどあるのですよ。……呆れるのです。これで勝てるつもりだったなんて。魔王様を舐めてるですか? それともすっげえ舐めてるですか?」


 スライムボディを震わせながら、シエルが怒る。

【夜会】の場で、【樹】の魔王が自信ありげにプロケルと戦うと言った姿を思い出していたのだ。


 この程度の雑魚が、敬愛するプロケルに勝てると考えたことが苛立たしい。

 シエルが机の上に置いていたハーブティの水面が波打つ。


「ねえ、シエル。そうやって調子乗るのはよくないよ。それは油断を生む。それにね、ちょっとはこっちを気遣ってよ。そっちはゴーレムがやってくれていいけどさ。僕のほうはそれなりに大変なんだから」

「ルーエ様、お疲れ様なのです!」


 水をゲートにして、異空間から異界の歌姫ルルイエ・ディーヴァのルルが話しかけているのだ。

 異空間の映像が、ルルの水魔術によって、転送されシエルの前へ表示される。


「さすが、ルーエ様なのです」


【樹】の魔王、その異空間干渉能力を持った魔物たちの死体が横たわっている。

 対ゴーレム戦略で、異空間系の魔物を使うのは定石の一つ。

 異空間なら弾丸の嵐を素通りして先へ行くことが可能。

 あるいはミスリルゴーレムの背後から現れて始末もできる。


 しかし、残念なことにそこには異空間戦闘においてのアヴァロン最強がいる。

 なんの策もない、ただ彼女がいるだけで絶対の守りになるとプロケルは考えており、それは正しかった。


 ルーエは歌っただけだ。

 異界の歌姫が奏でる歌は心を狂わせる。

 その歌に心を奪われ、【樹】の魔物たちは狂い、同士討ちをした。

 それだけで戦いは終わっている。

 

 戦闘が始まって一時間が経過した。

 たった、一時間。

 だが、プロケルたちは【樹】の魔物を蹴散らしながら奥深くへと進み、逆に【樹】の魔王は未だ一フロアすら突破することなく多大な被害を出していた。

 この映像を見ている、こちらの世界の魔王たち、そして、【樹】の魔王は、もはやその心がすでに絶望に包まれていた。

 そして、同時に、あまりの理不尽に、力の差に、嘆き始めていた。

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