第二十一話:大魔王様は挑発する
パレス魔王のダンスホールに案内される。
見知らぬ魔王たちが談笑している。
連れ歩く魔物や魔王の力は、俺の世界とほぼ同じ……いや、少々劣る。
むろん、突出した力を持つ魔王もいるが、平均は低いし、最上位と思われるものたちも最強の三柱に比べると頭一つか二つ劣る。
俺たちの世界の水準が高いのか、こちらの水準が低いのか。もっとも、俺たちの【夜会】のように己の力を誇示するのではなく、実力を隠すことに重点を置いているのなら話は別だが。
俺たちが入ると同時に、視線が集まる。
当然だ。見知らぬ魔王、そしてSランクの魔物を侍らせているのだから。
力のある魔王であればシエルの力に気付く。
ただ、姿を見えなくしている残り二体を察することができるものはいない。
「魔王様、こいつらも、連れてる魔物もよえーです」
「お前の水準からすればそうかもな」
Sランクというのはそういう存在だ。
周囲に視線を巡らせるが、こちらの魔王は距離をとり身内同士でひそひそ話すだけで接触してはこない。
こちらから仕掛けるつもりもないので、壁の花に徹する。
平和に終われば、それにこしたことはない。
そんな俺のもとに、中性的な少女、【欲望】の魔王エリゴルがやってきた。
「どう、【夜会】は楽しんでる?」
「まあな。相変わらず【夜会】で出る酒と料理はうまい」
心のなかでアヴァロンほどではないがと付け足す。
「同感。それが楽しみでここにきてるって言っても過言じゃないよ」
「それは過言だろう」
ここは魔王の社交場にして情報収集の機会。
ただ飯を食いにくるようなところではない。
「そいつが、おまえのSランクか」
「うん、僕が夢を叶えるために必要だった子」
それは一見、子猫に見える。
黄金の体毛に銀が交じっており、肩に乗っている。
【風】の魔王ストラスの切り札。嵐騎竜バハムートのエンリル、その省エネ形態を思い出す。
あいつはいつもストラスの肩に乗っていて、ストラスに近づくとご主人様をとらないでと威嚇してきた。
しかし、この子猫は見た目とは裏腹にSランクの魔物にふさわしい力を持っている。
「なるほど、それを欲しがっていたなら、おまえの夢も想像がつく。実に【欲望】の魔王という名にふさわしい」
俺の力は、魔王と言う器の極限まで鍛え上げた。
ゆえに相手がSランク魔物であろうと、その能力の詳細まで見抜ける。
……だからこそ、この子猫の正体を知れた。
便利な能力じゃない、やれることは限られている。だけど、この魔物を使ってやることは洒落になってない。
「でしょ。僕は、己の欲を肯定する。これまでも、これからも」
野心に似合わない、満面の笑顔を彼女は浮かべる。
【欲望】の魔王は腹黒い。
俺を利用するつもりで近づいてきた。
だけど、嫌いになれない。変なところでまっすぐだからだ。
「がんばれ。できれば、俺が帰ってからにしてくれ。おまえの夢とやらははた迷惑すぎて、無関係ではいられなさそうだ」
「君は優しいね。こんな出会いじゃなかったら、僕たち友達になれたかもしれないのに。……残念だよ」
「それが、お前の立ち位置か」
今のセリフは友人であることの否定であり、これからもそうはならないという意思表示。
つまり、【欲望】の魔王エリゴルは自らを俺の敵だと宣言した。
「まあね、今のはそんな君へのせめてもの罪滅ぼし。まあ、僕の言葉に込められた意味を想像してみるといいよ」
そのセリフを最後にエリゴルが去っていく。
彼女の言葉の意味を考えれば、さきほどから俺を遠巻きに見る魔王たちの視線の意味にも気づく。
この場の魔王たちは俺を敵視している。
遠巻きに見るだけで、近づいてこないのはすでに仕掛けが終わっているから。
俺の情報を収集することより、自らの情報を渡さないことを優先した。
そんななか、時間は過ぎていき会場が暗くなる。
そして、ステージだけが照らされた。
存在しなかった玉座と、そこに座る老紳士が現れる。
「星の子らよ。また会えて我はうれしく思う」
創造主。
俺たちの生みの親にして、俺たちを弄ぶ存在。
「例年、新たな星の子が生まれない年はあまり派手なことはせぬのだが、今回は例外だ。面白い客人がいる。第三世界の魔王、【創造】の魔王プロケル。第三世界はこちらと違って成功作ばかりでね。その中でもプロケルは最高傑作だ」
空気が重くなる。
なにせ、創造主は、この場にいる俺以外の魔王全員を失敗作と呼んだに等しい。
「我としては、この失敗した世界を破棄したい。数百年がまんしたがね、結局、この世界は、ここの子らは我を楽しませることはなかった。もう、うんざりだ」
とんでもない爆弾発言に魔王たちが驚愕する。
こいつなら、それができてしまう。
「とはいえ、いきなり消すのは忍びない。我にも親心はある。我の期待を裏切り続けたおまえたちに最後のチャンスをやろう。我のお気に入りの第三世界、その成功作であるプロケルを倒して、自らが失敗作ではないと証明してみせよ。彼に勝てば破棄はしない。だが、逆に彼に負ければ予定通り破棄する。さあ、どうだ。我こそはというものはいないか」
その声に一人の魔王が立ち上がる。
黒く長い髪をした人型魔王。
彼のことは気になっていた。一目見て、この中では格が違うと思っていたから。
「では、私がその役を担います。彼に勝つことで、我らの輝きを証明してみせましょう」
俺は周囲を見渡す。
反対意見が出てこない。
戸惑っているものもいるが、実力者たちがそれをいさめている。
なるほど、何人かは事前にこの展開を知っていたな。
その一人にはエリゴルもいる。それが先ほどの言葉の意味か。
エリゴルが敵であるなら、【欲望】の街でエリゴルとの交渉の中で見せた切り札たる魔物の正体、俺の【創造】はばれていると考えるべきだ。
戦いになるという展開は予測していたが、ここまで大ごとかつ、雑な展開で戦いを挑まれるのは想定外。
……やられっぱなしは気にくわないな。
このままじゃ、勝っても、負けても、俺にメリットはない。
だから、俺に有利な条件を引き出す。
「盛り上がっているところ悪いが俺はこの戦いを受けるつもりがない。勝っても負けても、俺には失うものが多すぎる。この世界に大事なものができた。この世界が壊れると俺も困るんだ」
建前ではなく、自らの本心を言葉にしていく。
「創造主よ、この戦いはあまりにも不公平だ。あなたの用意したゲームは今まで理不尽ではあったが、その理不尽に見合う勝者への報酬があった。命をかけて戦うだけの意味があった。しかし、これは違う。ゲームとして不完全だ。“あなたらしくもない”」
情がわいたキツネ姉妹に、生まれたばかりの街。
いずれはこの世界からいなくなるとしても愛おしい。
「ふむ、一理あるだろう。では、【創造】の魔王よ。何を求める」
機嫌よさそうに、創造主が笑う。
まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のように。
「俺が勝った場合、この世界をいただきたい。どうせ、廃棄する予定の世界だ。なら、俺がいただく」
帰還を報酬にはしない。
それは俺と魔物たちの力でできる。
そして、創造主が即断する無茶な要求もしない。機嫌を損ねれば戦いを強制されて終わりだ。
だから、許可されるであろう最大の報酬。それも、創造主が面白がりそうなものを選んだ。
創造主との付き合いも長い、このラインなら通ると勘でわかる。
創造主は、俺がこの世界を得れば、創造主殺しの手駒の一つに使うとわかっているだろう。それがわかっているからこそ、面白がって条件を呑む。
こいつは、そういう奴なんだ。
「世界を望むか。かかか、面白い、面白いぞ! いいだろう。この廃棄予定の世界ならくれてやる。失敗作ども、良かったじゃないか! 負けても世界は残るぞ。もっとも、異界の魔王に支配されるがな」
いっそう魔王たちの表情が険しくなる。
……完全に俺が悪役だな。
これは彼らのための提案でもあるのに。
まあ、いいだろう。
慣れている。
さあ、戦争だ。
相手は、おそらくこちらの世界で最強の魔王。
それも、事前にこうなることを知っていたのなら入念に準備をしているし、ほかの魔王から戦力供給をされていると考えるべき。
対する俺のほうは、たった十体の魔物とこちらに来たばかりで、ダンジョンもまだ形になっていない。
あまりにもハンデがきつい。
まともにやれば戦いにすらならない。……まともにやれば。
……懐かしいな。この感じ。
昔はこういう無茶ばかりだった。
だからこそ思える。次も勝つだろうと。
むろん、それはただの楽観視じゃない。そのために必要な伏線は用意している。
暴れるとしよう、頼りになる魔物たちとともに。
そして、この世界丸ごとを土産にしてしまおう。





