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第十四話:大魔王様は希望を与える

 新たに作り上げたダンジョンを整備し始めた。

 最初にがっつり住人たちの心を掴むには何をおいてもインパクトが必要だ。

 そのため、朝が来るまでに仕込みを終わらさないといけない。

「やはり、アヴァロンと同じようにはいかないか」


 領主の屋敷、その窓から作業状況を眺める。

 ドワーフ・スミスとハイ・エルフたちが忙しく働いていた。

 ただ、やはり生み出したばかりの魔物では技術も知識もなく、作業効率は良くない。


「アヴァロンにいる歴戦の魔物たちと比べるのは酷だな」


 アヴァロンの魔物たちだって、最初から何もかもできたわけじゃない。

 それに、あの子たちも頑張っている。

 ドワーフ・スミスはシエルがコピーした知識と技術で教育し、ハイ・エルフたちはアヴァロンの古参ハイ・エルフが教育している。

 その教えをみるみる吸収し、次第に動きは良くなっている。


「賽は投げられた」


 ダンジョンを作ったということは、他の魔王に狙われるリスクがあるということ。

 この場にダンジョンを作ったことは誰にも教えていないし、シエルのスキルで監視者がいないかは念入りかつ定期的に確認している。


 魔王ごとに情報網を持っているとは言っても、ダンジョンを作ってすぐに気取られることは少ない。

 人間たちを定住させることも重要だが、ダンジョンの防衛設備を作ることも重要だ。


「まあ、うまくやるさ」


 幸い、シエルの腹の中には、数多の武器が収納されている。

 そちらを使った防衛設備も考えておこう。


 ◇


 朝が来た。

 さすがに魔物たちもかなり疲れているようだ。

 その甲斐あって、がんばってもらった成果はきっちりと出ている。

 石ころ一つなく完璧に耕された畑に、機能的に水路が張り巡らされ、水車小屋まで出来ていた。


「これはすごいな」

「ぴゅふぅ~、さすがに今回はぴゅいっとはいかなかったのです」


 シエルも青髪の少女形態を保っていられないほど疲れているようで、雫型スライムに戻っている。

 その後ろで、ドワーフ・スミスたちが座り込んでいた。


「シエル、ドワーフ・スミス、よくやった」

「ぴゅふふふふ、この礼は必ずしてもらうですよ。目指せ【八魔将】」

「考えておこう」


 このスライムは野心家だ。

 こちらに来てから、シエルは大活躍している。無事、アヴァロンに戻れたら【八魔将】に推薦するのもやぶさかじゃない。

 ただ、【八魔将】となったからといって特にメリットはないのだが。


「ハイ・エルフたちもよくやった」


 木々にもたれていたハイ・エルフたちが敬礼する。


「今回は既存の畑なんかは一切使わなかったんだな」

「川の位置やら、地盤やらを検討した結果なのです。一から作ったほうが早いし、いいものができるのです。それから、あとは説明頼むです」


 古参のハイ・エルフがこくりと頷く。


「弱り切った土を癒して豊かな土にするのは私たちでも骨が折れますし、まだ収穫前の作物もあったので、私も新たな土地の開拓を推薦しました」

「うむ、結果的にいい土地ができたんだ。その判断は間違えてない」


 ……これで見せ札はできたな。

 魔物たちが頑張ってくれた。あとは俺の出番だ。そろそろキツネ姉妹を起こさないと、彼女たちの協力もいる。


 ◇


 翌日、領民たちを早朝から集めさせた。

 領民たちの反応はあまりよくなかったが、炊き出しを振舞うと聞いた瞬間、態度が一変した。


 明日にも飢え死にしそうなぐらいだ。

 腹いっぱいうまいものが食えるという誘惑は大きい。


 領地の中央に作らせた広場を使っている。

 威厳を見せるにはそれなりの環境が必要なのだ。しっかりと整備し、集まったものを見下ろせる壇も用意してある。

 領民たちの顔を見る。


 彼らは、クミンとアルヒ。キツネ姉妹が作った粥をうまそうに啜っている。

 あまり重いものは胃が受け付けない可能性があったので、しっかりと出汁をとった粥に、いくつかの薬草を入れて、半熟卵でとじた。

 レシピと薬の調合はシエルが指示しているので間違いないだろう。


 シエル曰く、「動物系と魚介系の淡麗ダブルスープなのです。薬膳もただの薬膳じゃねーですよ。アウラ様が品種改良したやべえのを最適に調合したのです。米はアヴァロン産の一級品。卵はぴゅふふふ、こいつはいえねーです。死人だって跳び起きるのです」とのことだ。


 ……シエルがやばいというのは、誇張でもなんでもないようで、辛い生活でぼろぼろだった領民たちの顔にどんどん生気が満ちていく。

 これ、本当に大丈夫なのか?


 まあ、いいだろう。体調が良くなっている分には問題ない。

 キツネ姉妹がお代わりがあると言うと、領民たちがすごい勢いで群がり、一瞬で鍋が空っぽになった。


 さて、頃合いか。

 ある程度、警戒心は解けただろう。

 壇上にあがる。

 俺の傍らにはキツネ姉妹がいる。彼女たちに配膳させたのは、美しい少女から配膳されたほうが嬉しいだろうし、今後は人間たちに対する窓口になってもらう予定だからだ。

 こうして、直接食べ物を与えることで顔を知ってもらい、恩も感じてもらうため。

 久しぶりにうまくて栄養のある飯を食い、満ち足りた領民たちが顔を上げる。

 十分に注目が集まるのを待ち、口を開く。


「お初にお目にかかる。俺はプロケル。新たな領主だ」


 領民たちがざわつく。

 無理もない。なにせ、いきなり見知らぬ男が現れて、領主になったと聞いたのだから。


「俺は、ツタイヤ・ファルナーデ男爵の養子でな。この領地をよりよくするために異国でさまざまなことを学び、そのために必要な人材と資金を調達してきた。今朝、諸君らが食べた粥もその一つだな」


 何人かは空っぽになった器を見つめ、何人かは隣のものと話し合う。


「領地の外だと、こんなうめえ粥あんのか」

「前の領主とぜんぜん雰囲気が違うねぇ」

「腹いっぱい喰わせてくれるなら、なんでもええ」

「よくわかんねえけど、なんかすごそうなお人だ」


 期待が不信感を上回る。

 もともとどん底にあったのだ。前よりはマシだと思える。

 そして、実際にうまい飯を振る舞い、腹を膨らませてくれた。それが説得力に繋がる。


「いくつか約束をしよう。俺は領民たちを飢えさせない。毎朝、この時間に炊き出しをする。朝だけは、必ず飯が食えるようになる」


 領民たちが歓声を上げる。

 彼らは領主が誰であってもいい。生活がよくなればそれでいいのだ。

 三食を支給してもいいが、それだと怠けるものが出てくる。

 それは良くない。

 俺が欲しいのは未来に向かって働く、希望をもった領民だからだ。


「そして、おまえたちが存分に働ける場を用意した。あれを見ろ!」


 俺が指さす方向には、立派で豊かな畑が広がっていた。

 領民たちが持つ、ろくに整備されず石ころやゴミが広がり、痩せた土地ではない。柔らかく肥沃な大地だ。

 水路が張り巡り、いつでも畑に水を引ける。

 天気だよりで、どうしようもなくなれば遠い井戸から水を汲みにいく重労働もない。


「俺が外で用意してきた資金と、人材によって生み出された畑だ」


 俺の言葉に反応して、檀上のすぐ下にいたハイ・エルフとドワーフ・スミスたちが一礼をする。

 人間とは違う、美しい少女たち。その力を知り、領民たちは呆けた顔をする。


「あの畑を、均等に分け与えよう。畑だけじゃない。種もみはここにある。これも提供する」


 力もちのドワーフ・スミスたちが次々に種もみが入った麻袋を積み上げた。

 そのうち一つを開くと、上質な麦がこぼれる。

 長年、農作業をしているだけあって、領民たちにはその素晴らしさがわかるようでごくりと生唾を飲んだ。


 街で仕入れたものを、ハイ・エルフの祝福を受けた土地で育て、成長促進させて収穫したもの。

 通常の麦よりも強く、うまく、収穫量も多い。

 畑と種もみを手に入れられると知った領民たちの熱気と歓喜、未来への希望が俺へと流れ込んでくる。

 ……やはり、いい。

 この感情を喰いたかった。

 だが、まだだ。もっとこの希望を強くできる。

 領民の一人がおずおずと手をあげる。


「あっ、あの種もみは嬉しいのですが、いったい、どれだけの利子が」

「……そういや領主様から種もみを借りれば、税とは別にその分、余計にとられたなぁ」

「いい麦を育てても全部もっていかれた」


 ここの領主はかなりあくどいことをしていた。

 収穫量のうち三割を領民が持ち、七割を税として取り上げる。その時点でひどいのだが、領主から種もみを借りると借りた量の数倍で返さないといけない。


 そうなると、ほとんど領民たちの手元に残らなくなり、来年も借りざるをえなくなる。

 末期では、借りた種もみを喰って、夜逃げなんてことも頻発した。


「それについてだが、税制を見直す。……これからは、俺から種もみを借りない場合、七割を領民、三割を税とする。そして、種もみを借りた場合は六割を領民、四割を税とする」

「それ間違ってねえですか! 今までよりずっと税が安い」

「間違ってはいない。俺なら、それでも領地を運営できる」


 前の領主は領民から税として取った七割のうち三割を国へと納め、四割を領地の運営費と私財としていた。

 ……ぶっちゃけ、俺は領地の運営費も私財も必要ないので、その分は還元していい。


 加えて、収穫量の何割というのは国が定めた土地と人員から割り出された見込み収穫量。これだけの畑があって、これだけの農民がいれば、これだけの収穫ができるから、これだけは税にしろと三年毎に一度定められる。

 その税を、その年の相場の現金か麦で払わないといけない。

 今まで、この領地ではろくに作物を育てる環境はなかったため見込み収穫量に届かずに、三割も手元に戻らなかった。


 しかし、アヴァロンなら、ハイ・エルフの祝福を受けたこの地なら見込み収穫量の数倍は収穫が見込める。

 領民が納めるのは、三割程度でも何一つ問題がない。


「今回の領主様はすげええ」

「来年の収穫まで耐えれりゃ、俺たちの生活は!」

「がんばるぞ!」


 いい感じだ。

 これこそ俺が求めていたもの。

 その気になれば、こんな回りくどいことをせず、領民を飼うことだってできる。

 それでは強い感情は生まれない。

 ただ飼われているだけの豚に、熱意も希望もない。

 来年になれば、今がんばれば。そう思わせるために与えていいのは、がんばれば報われる環境だけだ。

 彼らに手持ちの金と食料がなかろうが、朝食だけ支給していれば死にはしない。

 俺が手を出すのはここまで。


「俺が領主になったからには、がんばれば報われる。そんな環境を整えてやる! だがな、その環境を生かすかどうかはおまえたち次第だ。幸せを掴みたいなら働け!」

「「「「おおう!!」」」」


 領民たちが声を張り上げる。

 そこには、絶望と諦観に囚われたものはいない。

 明日はもっとよくなる。そう信じるもの特有の輝きがあった。

 ……さて、まずは第一段階だな。

 農民たちを希望をもって働かせる。

 これで、人口が減ることはなくなった。

 次は外から人を呼び、人口を増やす。

 防衛設備の構築と併せて行う。

 魔王としての力を取り戻すには、まだまだ感情が足りない。

 次の手を打つとしようか。

 

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