第十三話:大魔王様はダンジョンを作る
走り去っていく元領主を窓から見下していた。
女神像を抱きしめ、勢いよく馬車に乗り込み、夜闇に消えていく。
「その大事な宝物を抱いて穏やかに暮らすといい」
もっとも、あの手の輩は必ず同じ過ちを繰り返す。
自らの愚かさで、どれだけ苦しみ、女神像以外のすべてを失ったことも忘れて……。
彼が何不自由しないよう、隣国にそれなりの立場と、多少贅沢をしているぐらいなら死ぬまで暮らせるだけの資産を用意してやっている。
それでも、彼はすぐにギャンブルや女につぎ込み、資産は底をつくだろう。
そうなれば、強請ってくるのが目に見えている。不正な手段で領地を奪われたと告げ口するとでも言って。
だから、監視をつけた。
エヴォル・スライムたる、シエルの分裂能力によって生まれた極小の分身が奴に張りついているのだ。
シエルから切り離して、自立機動モードにしてある。
俺に害をなそうとすればその場で始末する。
……手間を考えれば、この書類にサインさえしてもらえば用済みなので、消してしまったほうがいい。
しかし、そういう真似は美学に反する。
向こうが契約を守っている間は手荒なことはしない。
「魔王様、これで拠点ができたのです」
「ああ、シエルのおかげでうまくいった」
俺がやったことは極めて単純だ。
まずは、偽造の戸籍を作った。
貴族の戸籍ならともかく、庶民の戸籍なんて少々金を積めばいくらでも作れる。
そして、別の没落貴族から必要な書類を買った。
その書類とは、養子縁組。それから、自らの子息へと爵位と私財を相続するためのもの。
こちらの世界の戸籍を買い、あの貴族に養子入りし、借金を含めてすべてを相続したというわけだ。
この書類を国へ提出すれば合法的に爵位と領地は俺のものになる。
「ううう、一つだけ不満があるのです。魔王様がたかが男爵なんて。もっと身分の高いのが良かったです」
「いや、これでいい。身分が高くなると面倒だからな」
「残念です、魔王様が命じてくれれば、この国を乗っ取るぐらい、ぴゅいぴゅいっとやっちゃうのです」
いつものぴゅいっとじゃなくって、ぴゅいが一回増えるているのはそれだけ面倒だということ。
しかし、そんな面倒なことをしてもらう必要はない。
男爵というのは、かろうじて自らの領地を持つことが許されている程度の地位であり、高い位ではない。
だからこそ、貴族付き合いで声をかけられることはない。
こちらから強いものにすり寄って、ごまをすりながら庇護を求める立場なのだ。
だからこそ都合がいい。
払うべきものを払ってさえいれば、放置してもらえる。
問題は、それを滞納していることだが、それは借金と合わせて耳を揃えて払ってやろう。
◇
それから、屋敷にいる連中を集めた。
使用人と、屋敷を守る傭兵たちだ。
新たな主人というといぶかし気な顔をしたが、あの男が残していった領主であることを示す家紋入りの首飾りと証書を見せ、かなり多めの臨時ボーナスを出すと納得してくれた。
……とくに最後の金が良く効いた。
そして、彼らには半月ほど休みをプレゼントした。
この屋敷は、俺の拠点にする。今からやることは見られたくない。
俺たち以外、いなくなった部屋で水晶を取り出した。
「いよいよなのですね。魔王様!」
「そうだな、この世界でのダンジョン作り……いや、街づくりが始まる」
水晶に魔力を注ぐ。
ダンジョンというのは異界だ。
顕現する際に、いくつか条件があるが周囲を取り込むことができる。
魔王の書のページが開かれる。
もっとも広い土地を得られる、【平地】のフロアを選択。
そして、その【平地】にこの街の領地を取り込むように設定。
「我が名は【創造】の魔王プロケル、今ここに我が聖域を築こう。……【開城】」
自然にそんな言葉が流れた。
水晶が青く光り、ダンジョンが生まれ始める。
次元がよじれ、ダンジョンの一フロアとして、【平地】が顕現する。
【平地】は文字通り、ないもない真っ平の土地にしか過ぎないが、何もないということは弄り易いということ。
ファルナーデ領が飲み込まれ、水晶の周囲の空間がさらに歪む。
【平地】フロアと隣接する異空間に水晶の部屋が生まれた。
いや、この一室が水晶の部屋へと変質したのか。
この部屋に入られ、水晶を失えば、このダンジョンは消え去る。
「さっそく、領民たちの感情が流れこんでくる。……鬱屈した感情ばかりだ。寒い、飢え、諦念、恐怖、苦痛」
俺の街アヴァロンの活気に満ちたものとは、まったく違う。
出力が低い感情だ。
マイナスの感情も、死の間際などでは極めて強くなるが、こういう真綿で首を絞めるような緩やかなものでは、たいした力にならない。
これでは腹は膨れないし、なによりまずい。
やはり俺が好きな味は、希望と、期待と、喜び、幸せと、熱意。
それを得るにはてこ入れが必要だ。
領地を変えないと、人も変わらない。
幸い、ダンジョンを手に入れた今なら、魔物を生み出せる。
ダンジョンのフロア拡張や、魔物を購入するのに必要なDPはだいぶため込んでいるし、さっそく使うとしよう。
ダンジョン内では、【魔王の書】を開き、DPを支払うことにより、魔物を購入できるのだ。
まずは、この領地のインフラを整えねばならない。
それができる魔物は、彼らが適任だ。
アヴァロンでもお世話になった魔物たち。
「いでよ、ドワーフ・スミス。ハイ・エルフ」
Bランクの上位ドワーフであるドワーフ・スミスと同じくBランクの上位エルフのハイ・エルフをそれぞれ五体ずつ生み出す。
「「「「「なんなりと申しつけください、我がマスター」」」」」
ドワーフ・スミスは褐色の肌に白い髪を持つ、背が低い少女たち。ハイ・エルフは金髪と白い肌に翡翠の眼が美しいすらっとした少女。
十人の美少女たちが、その場に跪く。
魔物を生み出す際、固定レベルと変動レベルを選べる。
固定では生まれたときから、ランクに応じたレベルだが、変動レベルであればレベル1で生まれてくる。
成長しきったとき、変動レベルのほうが強い。
だが、現状必要なのは即戦力。故に全員固定レベルで生み出している。
Bランクの魔物というのは、並の魔王なら切札の立ち位置にいる魔物。この十体だけでも相当の戦力だ。
しかし、戦力にするために生み出したわけじゃない。
上位ドワーフと上位エルフ。
それぞれ、鍛冶と自然のエキスパート。
本音を言えば、上位ではなく最上位、ロロノやアウラのようなエルダー・ドワーフやエンシェント・エルフを生み出したいが、DPで購入できるのは、作成したことがある魔物の二ランク下の魔物だけだ。
「ドワーフ・スミスたちに命じる。この領地のインフラはまるでなっていない。……水路の設置、防壁の構築、老朽化し放置された空き家の解体、快適な新居の構築。人間にとって住みやすい街へと作り替えろ」
「御意に」
「シエル、おまえは世界最高のドワーフたるエルダー・ドワーフ、ロロノの知識、そしてアヴァロンで運用されている設備を知っているはずだ。その中から、彼女たちの力で実現可能なものを選び、構築計画を立て、ドワーフ・スミスを教育し、作業を指示しろ。資材は体内にあるものを必要なだけ使うこと」
かなりの無茶ぶりだが、シエルならできる。
さすがに、【完全模倣】状態であればともかく、【模倣】でランクが落ちた鍛冶スキルでは、建築することはできない。
しかし、上位ドワーフであるドワーフ・スミスたちに指示することならできる。
ドワーフ・スミスたちなら、教えればすぐに理解する。
こと鍛冶の分野において、ドワーフ種は天才的な勘を持つ。
「ぴゅいっとお任せなのです!」
上位ドワーフが五体もいて、参考にするべき資料とおおまかな設計図がある。
数日でこの領地は、最新のインフラが揃った街へと生まれ変わるだろう。
次はハイ・エルフたちだ。
ちらっと下見したが、ここの土地はひどい。
元々痩せていた土地で、無理やり収穫量を増やそうとしたせいで、より土地が痩せたしまったらしい。
いくら農民たちが頑張ってもこんな土地じゃまともに収穫などできない。
それでも、ハイ・エルフたちなら土地を癒せる。
インフラがなく、水やりも基本は雨まかせ、どうしようもないときは井戸を使うが、そのための人手もないというひどい状況。
「ハイ・エルフたち、おまえたちにはこの痩せた土地を豊かにしてほしい。俺のダンジョンにエルフの祝福を。そもそも、農地に使える土地が足りない、並行して大地を耕せ。そして、これよりこのダンジョンの天候管理を任せる……その指示は」
俺は【収納】で、元の世界から連れてきたハイ・エルフを呼び出す。
「おまえに任せよう」
変動レベルで生み出し、極限まで鍛え上げたハイ・エルフ。
アヴァロンが生まれたときからいる古株で頼りになる。
彼女なら、新米をうまく指導してくれるだろう。
「はい、新しい妹たちをしっかり指導します」
頼もしい。彼女と五人の新米たちによって、この土地は豊かに生まれ変わる。
エルフの祝福を受けた土地は作物が良く育ち、病にかかりにくくなる。
そして、そこに住む人間たちにまでその効果は及ぶ。
加えて、ハイ・エルフは自然と共存する魔物であり、天候も操作できる。水路ができるまではその雨を頼ろう。
「かしこまりました。我ら、ハイ・エルフの祝福をこの地に」
インフラを整え、土地を豊かにし、天候を操れば、おおよそ人間にとって理想的な環境が手に入る。
……だけど、これだけじゃ足りない。
俺は強い感情を得たい。
そのためには、民に信仰される必要がある。
ダンジョン内で発生した感情を喰らえるが、直接感情を向けられるほうがより腹が膨れる。
今日はもう遅い。明日は領民たちを集め、一気に信仰を得る。
環境づくりは魔物たちにまかせ、人の心を操るのはキツネ姉妹に任せるとしようか。
夜のうちに仕込みをし、明日には爆発させる。
これからどうなるか楽しみだ。