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第九話:大魔王様は異世界魔王と会う

 獣欲に満ちた街から、キツネ姉妹を救った。

 よほど怖かったのか、さきほどから姉キツネのクミンは俺の右袖を、妹キツネのアルヒは左手を掴んでいる。


「怖かったです。プロケル様」

「プロケル様、やっぱり優しい」


 無限に進化するスライム、シエルはその横で、周囲を警戒していた。

 もし、ここにいるのがクイナやロロノたちなら、俺にくっつくキツネ姉妹に嫉妬して頬を膨らましていたかもしれない。

 俺たちは、欲望の街の魔物たちに囲まれ、街の中心部に向かって歩いている。


『しかし、魔王の色がわからないな』


 通常、魔物を見れば、魔物を従える魔王の属性がわかる。

 魔王は二枚のメダルを組み合わせて魔物を使うのだが、もっとも手に入りやすいのは月に一度生み出せる自らのメダルだ。

 故に、使用頻度は高まり、魔物たちに共通した特徴が現れる。

【獣】の魔王マルコシアスの【獣】のメダルを使えば、例外はあるとはいえ、四足歩行の獣型、あるいはそういう獣の特徴をもった魔物が生まれやすいし、【風】の魔王ストラスの【風】のメダルであれば、風を操る魔物、あるいは飛行型の魔物が生まれやすい。

 だというのに、この魔王の属性が見えない。


 俺たちを取り囲んでいる魔物は、派手な紳士服を着こなす、被膜の翼を持つ悪魔。先程俺が倒した魔物と同種であるライオン型、他には少し離れた位置からこちらを監視しているカラス型の魔物に、隠れているつもりか、風景と体色を同化させている蛇の魔物など。共通点が見つからない。


『俺と同類か、あるいはこちらとは違う手順で魔物を生み出しているか』


 俺の【創造】のように、魔物に特徴が表れにくいメダルもある。


「ずいぶんと歩くんだな。こんなところまでこなくても、いくらでも顔合わせに使える建物はありそうだが」


 先頭を歩く悪魔に問いかける。

 周囲の魔物すべてが何をするにしても、この悪魔の顔を窺っていることから、魔物たちを統率しているのはこいつだと考えるべきだ。

 派手な紳士服を着こなす悪魔は方眼鏡モノクルをかけており、一見すると大商会専属の会計士にも見える。

 おそらく、見た目通り頭が切れる魔物なのだろう。


「特別な方をお招きする場所ですので」


 特別な方。どういう意味合いで言っているのだろう?

 すでに周囲の景色は変わっていた。

 男たちには欲望と歓喜を、女たちの絶望と恐怖を演出する悪趣味な装いから、武骨で機能的なものへと。


 その機能とは外敵の排除。

 あらゆるものが戦いやすく配置され、罠も多い。この悪魔の後ろを歩かなければ即座に致死性の罠が発動している。

 極めつけは、屈強な魔物たちが見張りに配置されていること。

 それもただ強いだけでなく、見た目が威圧的だ。

 これは人間が入り込まないようにするためだ。

 つまり、この街、いや魔王のダンジョンとしての中枢、人間に見せてはいけないものが先にある。なのに、俺を連れていくということは、見せても問題ない相手だと思われているということだ。


「俺が何者か、わかっているのだろうな」

「ええ、私どもも実は怯えているのです。あなたは力を抑えておりますが、それでもその圧倒的な存在感。よほど高位の魔王と見受けられます。そちらの青髪の少女も私など一蹴してしまう強さでしょう」

「それは買いかぶりすぎだ」

「わかっているですね。シエルが本気なれば、おまえなんてぴゅいっという間にミンチです」


 シエルのほうは正解だが、俺は単体での戦闘力が低い分、特殊能力に優れているタイプの魔王だ。

 だからこそ、ロロノ謹製の護身具を常に身に着けている。


「ははは、ご謙遜を。ではこちらに、我が主がお待ちかねです。ああ、申し遅れました。私は、アザゼルと申します。我らが誇るウエルミーデアルに滞在中は、なんなりとお申しつけください」


 アザゼルが指を鳴らすと、地面が揺れて地下へと続く階段が現れた。

 ここからは街ではなくダンジョンと思ったほうがよさそうだ。


 ◇


 地下を進み、途中で一度転移陣による跳躍を経て、どこかへととばされる。

 シエルの警戒が強まる。

 感覚的に、かなり深いところに転移させられている。

 万が一、相手がこちらを害そうとした場合、簡単にダンジョンから出ることはできないうえ、魔王はダンジョン内の様子が手に取るようにわかり隠れることもできないし、周囲が敵の魔物だらけという不利な状況になるからだ。


 もっとも保険は二つ打っているが。

 一つ目はこの街に入ってすぐ、アビス・ハウル。転移能力を持つ、Bランクの魔物に転移陣を用意させておいた。

 最悪、アビス・ハウルが対になる転移陣を描く時間さえ稼げれば逃げることはできる。

 そして、もう一つはとっておきであり、切るベき場面を選ぶカードだ。


「我が主はこちらでお待ちです。どうぞこちらに」


 アザゼルが礼をし、扉が開かれた。

 そこは黄金の部屋だ。

 すべての家具や調度品のどこかに黄金が使われている。


 今まで見てきた、どんな部屋よりも豪華絢爛。

 それでも、成金趣味にならず調和がとれている。

 その部屋の中央でソファーに腰掛けているのは少女だった。

 金の髪に金の瞳。

 黄金の王。そんな単語が脳裏に浮かぶ。少女の外見だが、纏うオーラは歴戦の魔王のそれだ。


「ようこそ、我が街、ウエルミーデアルへ。名も知らぬ魔王よ。僕は歓迎する」


 少女らしい甲高い声。

 ……それにしても、ダンジョンではなく街か。

 街としての体裁を整えていることなんて、入ればわかる。

 重要なのは魔王本人が、ダンジョンと認識しているか、街と認識しているかだ。

 この少女は、迷いなく街だと言った。つまりは俺と同類だ。


「歓迎いただき、感謝する。俺は、プロケルだ」


 相手が口調を崩しているので、それに従う。

 対等な立場であると思っていることの意思表示だ。


「ふうん、プロケルね。何を司る魔王かは教えてくれないんだね」


 意味ありげな顔をして、こちらの顔を見てくる。


「そちらが名乗るのであれば、名乗ろう」

「いいね。互いに明かそう」


 魔王の名、それだけである程度手の内はばれる。

【夜会】により、ほぼ全魔王の名を知れている、向こうであれば隠す意味はないが、こちらでは名前は重要なカードだ。


「【創造】の魔王プロケルだ」


 そうして、その言葉に偽りがないと示すためと、もう一つの意図を込め、【創造】のメダルを生み出してみせる。


「【欲望】の魔王エリゴル。よろしくね」


 エリゴルは俺と同じように、【欲望】のメダルを生み出した。

【欲望】か。

 なるほど、魔物に特徴が出にくいのも納得だ。

 そして、実にこの街の支配者らしい属性だ。


「にしても、驚いちゃった。僕の知らない魔王がいるなんてね。生まれ落ちて二百年。知らない魔王なんていないと思ったけど」

「無理もないさ。俺はこの世界の魔王じゃない。世界を渡ってきたんだ。事故みたいなもので、帰り方はわからないがな」

「へえ、そういうわけなんだ。で、どうして僕の街に来たの? 遊びにきたわけじゃないよね」

「ただの遊びだ。ついでに、こちらの魔王に挨拶しておく必要があると思ってな」

「ふうん、そう。こっちとは違う世界の魔王か、面白いね。実に興味深い」


 顎に手を当てて、じっくりと考えこみ、それからエリゴルは口を開く。


「聞きたいことは山ほどあるけど、まず僕は君に借りを返そうか。悪かった。愛欲の街ウエルミーデアルにあるまじきことをしてしまった。僕の教育不足だ。金と権力がある人間は使えるから、いうことを聞いてやれってみんなには言ってたけど、ルールを守っている客を襲うとはね。……もちろん、魔王同士だから、言葉だけで済ますつもりはないよ。配下の魔物が、魔王を襲ったなんて言ったら、普通は【戦争】になるもんね」


 やれやれとエリゴルが肩を竦める。

 俺に競り負けた貴族の言うことを聞いて、俺を襲ったことを謝っているようだ。

 加えて、情報も提供してくれた。


 戦争というとき、微妙にニュアンスと発音を変えている。

 戦争ではなく、魔王同士のゲーム【戦争】を示す場合、魔王はこうする。

 今の一言で、こちらにも【戦争】があるということ。

 そして、セカンドプランが実現可能になったとわかる。


「詫びるつもりがあるなら、彼女たちを譲ってほしい。この街で買った女は、ここでしか好きにできないし、持ち帰れないらしいが、そこを曲げてくれ。彼女たちが気に入った。俺のものにしたい」

「随分とつつましいね。魔王を襲った代償としては」

「つつましくないさ、それほど彼女たちには価値がある」

「ふうん、嫌だと言ったら」

「別のやり方で償ってもらうだけだ」


 俺がそう言うと、アザゼルは声を上げて笑う。


「あはは、君はギャンブラーなんだね。それとも僕がすっごく舐められてるのかな。【戦争】をしたいんだよね。そしたら、君は帰れるから」


 驚いた。こちらの狙いを見透かされていたか。


「最初、僕にメダルを見せたのは名乗った名前に偽りがないかを示すだけじゃなくて、僕、こちら側の魔王にもメダルというものがあるかを確認したかったんだろ。次に僕が【戦争】と言ったことで、共通点が二つ重なり、僕と君、世界が変わっても同じルールの生き物だって確信した。だからこその【戦争】だ。白い部屋に、互いのダンジョンを召喚して戦う。そうなれば、君は帰れないまでも、もとの世界に残した魔物たちと合流できるって考えた? 違う」

「そんなことはないさ。ただ、俺はこの姉妹をどうしてもほしい。折れるつもりはないと言っているだけだ」


 意図を見透かされていることは否定しないが、完璧にその通りというわけじゃない。

 クミンとアルヒを引き渡してくれるなら、それでいい。

 そこから難癖をつけて【戦争】を引き起こすつもりはない。平和的な話し合いのなかで帰還する道を探す。


 だけど、それを断られた場合には【戦争】に持ち込み、強引に二人を手に入れつつ、アヴァロンの面々と会うつもりだった。

【戦争】終了時点で、元居た場所に戻されるにしても、みんなと会うことで突破口は開ける。


「まあ、信じてあげるよ。でも、こうは考えなかったかい? こうやって僕のテリトリーにいるんだ。別に【戦争】なんてしなくても、この場で君を殺せるって。そりゃ、水晶を砕けないのは残念だけどね」


 共通点が三つ目。こちらも水晶を砕かれれば魔王は力を失うし、残念ということは、砕くことにメリットがあるということ。


「なら、逆に問おう。こうは考えなかったか? こうしてダンジョンの奥に入った時点で有利になると考えられるほどの戦力を保有しているから、ここに来たと」


【収納】を起動して、魔物を呼び出す。

 アヴァロンの中でも、純然たる強さだけであれば最強クラス。アヴァロン内で最大の問題児。気性が荒すぎて、アヴァロン内では使用できない魔物だ。


【収納】で異空間が開き切る前に、強引に次元の裂け目に手をかけ、突き破って出てくる。

 そんなことができる魔物は、Sランクでもそうそういない。

 ……かつて、【竜】の魔王が死ぬ数日前、俺は彼から【竜】のメダルを受け取った。

 そんな彼から受け取ったメダルを使い手向けの魔物を作った。【竜】【獣】、そして【創造】を変化させた【刻】を使った。

 初代の最強の三柱。強い絆で結ばれた魔王たちの力を一つに束ねた魔物。


 その結果生まれたのは、アヴァロンにおいて、天狐に次ぐ切札。

 名を、時空魔獣竜クロノス。

 金獅子の四肢と鬣を持つ、白銀の魔竜。


「あははははは、何それ。すごい、なにそれ、反則、どうやったら、そんな魔物作れるの!」


 その力を一瞬で見破り、エリゴルが哄笑する。

 彼女を守るために控えている魔物たちが怯んでいる。

 ……脅しのために呼び出したが、俺も精一杯だ。


 なにせ、魔王の命令すらも気を抜いたら打ち破って暴れ出しかねない。命令に全神経を使う。

 クロノスは、【狂気化】で理性を失う代わりに全能力を一ランク引き上げている。


 もちろん、【創造】で無数の未来の中から【狂気化】のデメリットを打ち消せるスキルを得られるようにしていた。

 だというのに、あえて【狂気化】で理性を失ったまま暴れようとするから性質が悪い。そちらのほうが楽しいからという理由で。

 とはいえ、最低限の忠誠心があるおかげで俺を傷つけないように配慮するが、それ以外はどうでもよく、敵も味方も関係なく、目に映るものすべてを破壊しようとする。

 ……最強の三柱との戦いでは、こいつがいなければ勝てなかっただろう。


「エリゴル、俺たちは五分だとは思わないか? さすがに、入り口から水晶のある最奥まで少数精鋭でたどり着くのは難しい。たどり着くまでに消耗しきるからな。だがな、ここまで案内してもらえれば、たどり着き、おまえの水晶を砕ける。わかっていると思うが、切り札はこいつ一枚じゃない」

「シエルもいるのです。ぴゅふふふふ、このぷるぷるボディを見て、恐れぬのならかかってこいなのです!」


 青髪少女形態を解いて、スライム状態になっている。……それになんの意味があるのか俺にはまったくわからない。


「たしかにね。うん、僕が悪かった。ここに案内したことはカードにならない。……連れ歩いている魔物がそれだけ強力なら、君の本拠地にいる魔物はそのクラスが何体もいるんだろうね。怖くて、【戦争】なんて挑めない。さて、物騒な話はこれまでにしよう。いいよ、それあげるよ。雌二匹のために君と争うのは割にあわない。ここからは情報交換、僕もそっち側の魔王の情報がほしいし」

「ああ、頼む」

「あらかじめ言っておこう。ふっかけるよ。僕は欲深い。君がどれほど帰りたいか、そのためにどれほどこちらの情報を欲しがっているかはわかるからね。安心してくれ、交渉がご破談にならないぐらいにしかふっかけないから」


 意外なことに平和的な解決になりそうだ。かなりの確率で殺し合いになると思っていたからこそ意外だ。

 だが、油断はできない。

 このエリゴルは頭が回る。

 こう口では言っているが、戦いになった場合、負けるとは思っていないのが見て取れる。いや、それすらもこちらに安易に攻めさせないためのブラフかもしれない。

 ……まだまだ気は抜けそうにない。

 だが、久しぶりに楽しい交渉ができそうだ。

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