ー10ー
前より長くなってしまいました。。
「へくしゅんッ」
「メルちゃん風邪?」
「まだ引いてません。薬は飲みましたが。」
「メルちゃんいっつもそうだよな。」
お嬢様達がパーティーにお出掛けされた後、私はお嬢様のお部屋のお掃除をして、こっそりトレーニングをして、現在調理場で夕食の手伝いをしている。
今日は遅くなるとのことだったので、使用人だけでの食事だ。
「メルちゃん手伝いありがとうな。もう大丈夫だから部屋に戻りな。」
「わかりました。また何かあればお声掛け下さい。」
「あぁ!ありがとうな!」
他の料理人の方にも声をかけてから私は調理場を後にした。
ベンさんの手伝いは料理の勉強にもなるし楽しい。
前世は全く料理しなかったしなぁ。
「へくしゅんッ」
あー
薬は飲んだし大丈夫だと思うけど、うがいと手洗いしてから行こうっと。
自慢じゃないけど今まで一度も病気をしたことがない。
お嬢様に染してはいけないので、少しでも病気の気配を感じたら薬を飲むようにし、うがい手洗いはもちろん、除菌もバッチリしているのだ。
だからこのくしゃみはお嬢様が私の噂をしているに違いない。そういうことにしておこう。
ーコンコンッ
「メルです、入っても宜しいですか?」
「メル!お疲れ様!入って入って!」
「失礼致します。」
「お疲れ様、メル。」
「ありがとうございます。フリージアさん。」
ここは使用人の休憩室のような場所で、使用人全員が入れるだけのスペースとテーブルとソファーが用意された部屋だ。
フリージアさんは、メイド長でベンさんの奥さん。
最初にドアを開けてくれたのは私より2歳年上のリアさん。
他にメイドが二人と執事が二人いるが、四人はパーティーに付き添って外出中の為、今屋敷にいるのは私達3人と料理人さん達だけだ。
「今日のご飯なんだった!?」
「それは、お楽しみです。」
「えー!ケチ!」
リアさんは少しポッチャリ体型で、その見た目通り食べることが大好きだ。なんでも美味しそうに食べて見ていて気持ちがいいので、ついついお菓子をあげたくなる衝動にかられる。。
「メル、最近は何も無い?」
「フリージアさん、お陰さまで何もありませんよ。お気遣いありがとうございます。」
フリージアさんは、私をよく気に掛けてくれる。私が講師の方や客人に酷く言われた時もいつも励ましてくれた。旦那様に抗議もしてくれた。止めたけど。
「みんな酷いよね!メルはこーんなにいい子なのに!」
「何言ってるの。あなただって最初メルの事怖がってたぢゃない。」
今でこそ普通に笑えるようになったが、来たばかりの頃はなかなか上手く作り笑いが出来なくて苦労した。だから下ばかり向いていたら、
「私を見て笑顔の練習をなさい。大丈夫、ほら笑って?」
とフリージアさんが言ってくれて、途中からわたしもわたしもってお嬢様が入ってきてそれから三人で練習したんだっけ。
リアさんも他の人達も最初は怖がったけど私を拒絶せずに受け入れてくれて、今ではとても可愛がってくれる。たまに真顔になるとビクッてされるけど。
「だって私とそんなに変わらない子供なのに、目付きが修羅場を潜り抜けて来た猛者みたいだったんですもん!」
リアさん、それあながち間違ってないです。
「体も傷だらけで痩せてたわよね、本当に健康に育って良かったわ。」
「胸は成長しなかったけどね。」
さっきからリアさん的確過ぎぢゃないですか?というか、
「…リアさん、大きなお世話です。」
スッと真顔になるとリアさんは小さくヒィッと悲鳴をあげた。
胸は小さい方が動きやすくていいんです!
全くリアさんは胸が大きいからって…………。
「メル、どうかした?」
「あ、申し訳ありません!私、裏門の方を掃除しようと思って掃除用具を用意したままだったのを忘れていました!ついでなので、掃除して片付けてきます!」
「あはは、メルってたまにおっちょこちょいだよね~。」
「もう暗いし、私も手伝うわよ?」
「いえ、30分くらいで戻りますので、お二人はここにいて下さい。」
「そう?……ではお願いね。」
「はい、でわ行って参ります。」
部屋を出て廊下を歩きながら、
両ポケットからそれぞれ片方ずつの黒いグローブを取りだし両手に装着する。
せっかくこれからベンさんのビーフシチューを食べるはずだったのに。
そんなこと言っても仕方ないけど。
さて、さっさとお掃除を終わらせましょうか。
ーーーーーーグランベール家・裏門付近ーーーーーーーーー
「おい、用意はいいか?今この家には使用人が数人しかいないハズだ。一気に制圧して金目の物をかき集めろ。」
今日は城でパーティーがある。俺たちみたいな窃盗を生業としている人間には絶好の仕事日和だ。
最近は、留守中を守るための傭兵を雇う家も増えたが、まだまだ少ない。それに、俺たちだって弱くは無い。そんじょそこらの三流傭兵には負ける気がしないぜ。
まぁ、今日の家は傭兵を雇ってないから使用人をちょっと捻って終わりだろう。5人も必要なかったかもな。
さて、他の仲間も別の家に潜入しているし、こっちもさっさと終わらせて帰還するとしようか。
「抵抗するようなら殺せ、抵抗しなければ放っておけ。どうせ俺たちの顔はこの面でわかりゃしない。よし、行動開始だ。」
「こんばんわ。」
「!!」
まさに作戦開始というとき、裏口の扉が開き、眼帯の少女が現れた。
「使用人か!」
格好を見るにメイドの様だが少女は驚く様子もなく、ニコニコしながらこちらを見ている。
「はい、メイドのメルと申します。本日家主は不在としております。申し訳ありませんが、お引き取りください。」
俺達は黒い面を着けてあきらかに怪しいはずなのに全く動じている様子がない。
「リーダー!面倒です!やっちまいましょう!」
確かに、一見ただのメイドだが様子が只者ではない。無理して気丈に振る舞っている様にも見えない。傭兵にも見えない……こいつは何者だ。
ここは早々に仕留めておくべきか。
「よし、やっちま…」
ーーガンッガンッ
指示を出そうとした瞬間、突然金属がぶつかる音がした。
驚いて音のする方を見ると、メイドが自分の拳同士を胸の前で合わせている。
金属の仕込まれたグローブか、やはり只者ぢゃねぇな。
相手の力量がわからない以上、全員でかかって一気に仕留めるべきか。。
よし、指示を出して一斉に……
「ここは、フェンリルの縄張りです。喰い殺されたくなければお帰りください。」
全員に指示を出そうとした時、メイドが口を開いた。
……フェンリルだと?
【フェンリル】裏の人間なら知らない者はいない裏組織。
数年前までは表の組織だったらしいが、急に裏組織に転向し『フェンリル』として急成長を遂げた。今では裏組織の中ではトップクラスだ。
その圧倒的な力は同業者からも恐れられ、頭領にもフェンリルには近づくなと言われていた。
神に災いをもたらす闇の狼……国を飲み込む気なのか。
「リーダー、どうすんるんすか!」
「ちっ、おいあんた、本当にフェンリルの人間なのか?」
「はい。」
「なら最近、フェンリルが魔女と手を組んだというのは本当か?」
「………答える余地はありません。」
ん?こいつ、知らないのか?
「まぁいい。だが、お前が本当にフェンリルの人間であると言う証拠がない。」
フェンリル自体が元々証明する物が無い組織だ。刺青も、揃いの物も一切無い。
こいつもそれを知ってフェンリルだと名乗っている可能性がある。
今はそれに賭けるしかない。こっちだって仕事だ。そう易々とは引き下がることは出来ない。
「では、実力行使という事でしょうか?……承知いたしました。」
「はっ!そのグローブで戦う気か?俺達は剣を持ってい………あがぁぁっ!」
なんだ!?メイドがいきなり消えたと思ったら、となりで喋っていた仲間が呻き声をあげた。
「後ろを取られては剣も意味がありませんね。……私たちフェンリルの子供達は武術が基本なんですよ。もちろん剣も扱いますが、使用人として潜入する時に邪魔になりますし、特に少女の手がマメだらけだったら怪しまれるでしょう?まぁ、ご希望でしたら剣でお相手致しますが………?」
「ヒッッ!」
メイドの顔から笑みが消え、隻眼の瞳が鋭く俺達を睨み付けた瞬間凄まじい殺気が溢れ出た。
感じたことの無い、身動きが取れなくなり体が勝手に震え出す感覚に襲われる。本当にこの少女がこの殺気を出しているのか……?
「わ、わかった!俺達は退く!」
そう俺が宣言すると、少女は捻りあげていた仲間の腕と殺気を解いた。
「ありがとうございます。また次にこのような事があった場合は、あなた方の組織を喰らいます。頭領にお伝えください。フェンリルの縄張りに踏み込む者は容赦しない、と。」
「あぁ……わかった。………退くぞ!」
もう退くしかない。このままやりあっても無駄死にするだけだろう。
腕を折られた仲間に手を貸し立たせると、もう一度少女の方を見た。
彼女は微笑んでいる。まるで仮面のように。
ーーダッダダッダダッダダッ…………
「リーダーいいんですか?」
馬で駆けながら先程のメイドの顔を思い出す。
一見16~17歳の少女だったがあの戦闘能力は異常だ。
フェンリルはあんなのがゴロゴロいるっていうのか?
最悪だ、冗談じゃない。
「仕方がない。頭領もフェンリルには関わるなと言ってたんだ、戻って報告した方がいい。」
「あいつ、本当にフェンリルなんですかね?」
「あぁ、まず間違いねぇな。今日はついてねぇぜ。さぁ、急ぐぞ!」
あんな化け物に関わるのは二度と御免だ。
漆黒の闇の中を走りながら俺は心底思った。
ーーーーーーーグランベール家・屋敷内ーーーーーーー
掃除用具を片付け、グローブをポケットしまう。片方ずつ入れないとポケットがパンパンになってしまう。
久しぶりの襲撃だったけど簡単に済んでよかった。
脅したし、今日の組織はもう来ないだろう。と、いうかもう来れないだろう。だって、無くなってしまうのだから。顔も見せてしまったし、襲ってきた彼等が悪い。
私は悪くない。うん。
前世の記憶が戻った時、前世の自分との能力のギャップに若干戸惑ったが幼い頃から身に付いた感覚のおかげですぐ問題なく生活出来るようになった。
まさかこんなに運動神経が良くなる日が来るとは思わなかったけど。
そういえばあのリーダー格の男、気になること言ってたな。
『フェンリルが魔女と手を組んだ。』
私はそんな事聞いていない。
他の組織へ牽制の為の虚言か?
フェンリルは確実に勢力を伸ばし今や裏社会の頂点になりつつある。
全く喜ばしい事では無いのだが、そのおかげで今日みたいに穏便にこの家を守ることが出来るのも事実だ。まぁ、今日は少し手を出してしまったけど。
それにしても魔女か。。次の定期報告の時に確認してみよう。
「メル遅いー!ご飯出来てみんな待ってるよ!」
部屋に向かって歩いているとリアさんが手を振って走ってきた。
あぁ、待ちきれなくて呼びに来てくれたのか。
「申し訳ありません。中々片付かなくて。」
「もー!早く行こう!」
食堂に行くと、すでに支度が整っていて食べるだけの状態になっていた。
「お待たせして申し訳ありません!」
「だいじょぶだいじょぶ!今用意できたとこだから!」
ベンさんが笑顔でいうと、他の人達も笑顔で迎えてくれた。
そしていただきますの挨拶で一緒に食べ始める。
あぁ幸せだなぁ。。
叶うならずっとここにいたいといつも思う。
もう二度と『幸せな時間』を失いたくない、と。
「メル!旦那様達が帰ってくる前に食べ終えてお出迎えしよ~!」
「は、はい、そうですね。」
いけないいけない、久々の襲撃で少し不安になってしまったようだ。
私はフェンリルの一員で、本来なら悪役だ…。私は皆を騙している……。
……大丈夫、私には今、前世の記憶と今世の能力があるんだ。
絶対に守ってみせる。
絶対に……。
後片付けが終わる頃お嬢様達が帰宅した。
皆様とても上機嫌で、お嬢様もお疲れの様子だったが上機嫌だった。
きっと楽しいことがあったに違いない。
第一王子殿下には無事挨拶できただろうか、友人は出来ただろうか、庭園は見る事が出来ただろうか……今日はどんな土産話が聞けるかワクワクする。
でも友人が出来たら、お嬢様は友人とばかり遊ぶようになって、私とは遊んでくれなくなってしまうかな。
ゲームのお嬢様もこのイベントで友達作っていた。
少し寂しい気もするが友人は必要だ。
できれば私もお話しできる方だといいな。。ゲームではメルがシルヴィアの友人と接触するイベントが無かったので、どうなるかわからないんだよね。
まぁとにかく、お嬢様の話を聞いてから考えよう。
そして、期待半分不安半分で就寝の支度が出来たお嬢様の部屋に話を聞きに行った私は、衝撃の展開を知る事になった。




