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三十五

 アカツキの、父イージスより受け継いだ両手剣、その名もビョルンは鏡の様な光沢を放っていた。

 訓練の際にダンカンはそれに気付き、嬉しくなった。

「よく手入れされているようだな」

 ダンカンが言うとアカツキは応じた。

「親父はこういうのマメでしたからね。だから俺も」

「良い心掛けだ」

 ダンカンは満足し、そう言うとカタリナと向き合った。

「隊長、覚悟はよろしくて?」

「今日こそ一本取って見せる」

 こうしてダンカン隊の鬼の様な訓練は今日も幕を開けた。

 しかし、ダンカンはカタリナにはかなわなかった。なかなか懐に飛び込ませてもらえない。飛び込んだところで、相手は器用に片腕の方で剣の刃の半分を持ち、小回りの利く剣として扱ってくる。

「皆、聴け!」

 その時、練習場に声が轟いた。

 一斉に兵達がそちらを見る。ダンカン隊もだ。

 そこにはバーシバルがいた。

「いよいよ、明朝出兵することが決まったぞ!」

 そんな気配は既に漂っていた。何せ、リゴ、アビオン、コロイオスの兵達が既に集結していたからだ。

 ついにか。

 兵達の中には歓喜に満ち溢れる者、緊張の面持ちをする者、それぞれだった。ダンカン隊はどうやら後者の様だった。アカツキも真剣な表情をバーシバルに向けていた。

「総大将はエーラン将軍が務める。各自、速やかに明日の準備をせよ。以上だ」

 バーシバルが帰って行くと兵達は色々話し合っていた。

「隊長」

 カタリナが言った。

「そうだな、訓練はここまで。各自明日に備えて準備を怠らぬ様に」

 ダンカン隊から返事が返って来た。

 部下達を見送り、ダンカンは部屋へ戻ろうとした。

 その時、背後から声を掛けられた。

「隊長」

「ん?」

 振り返るとアカツキが立っていた。

 少年のような青年は言った。

「そろそろ親父の仇の名前を教えて頂けませんか?」

 ダンカンは悩んだ。アカツキならきっと訊いてくると彼は察していたのだ。だが、名前を教え、アカツキが暴走し、若い命を散らさないかが問題だった。

「俺はいつでも隊長の命令に従います。約束します。ですからお願いです、親父の仇の名前を教えて下さい。先輩方も、副長も隊長に訊くようにと言いました」

 確かにこれは隊長として、または亡き彼の父イージスの友として、伝える役目は自分にあるとダンカンは考えた。なので隊員達の配慮にありがたく思った。

「いつでも俺の命令に従うと約束するんだな?」

「はい、隊長」

 アカツキは敬礼した。若者の真剣な眼差しが射抜くようにダンカンを見つめ返している。ダンカンは彼を信じた。

「お前の父の仇は暗黒卿と名乗った」

「暗黒卿……」

「全身を甲冑で包み、素顔も隠した戦士だ」

 暗黒卿は我々の力の及ばぬ者だ。とは言えなかった。何せ、ダンカンも打倒暗黒卿のために今日まで修練を積んできたからだ。だが、これだけは伝えなければならなかった。

「暗黒卿は並外れた強さを持っている。隊随一の戦士だったお前の父イージスでもかなわなかった」

「覚えておきます」

 アカツキが応じた。

「まぁ、初めての戦場だ。どの道お前は俺の側にいろ」

「はい」

 アカツキは頷いた。

「隊長、仇の名前を教えて下さりありがとうございました」

 アカツキはそう言うと去って行った。

「しっかり寝ておけよ!」

 ダンカンが声を掛けると、アカツキは振り返って一礼した。



 二



 城下の民達に見送られながら、兵達は次々外に集った。

 外でこの日を待っていたリゴ、アビオン、コロイオスの兵達は既に天幕を畳んで整列していた。

 全てが集うとエーラン将軍が演説をし、一同は鬨の声を上げた。

 サグデン伯爵の兵を先頭に一行は出立した。例によってダンカン隊は、老将ジェイバー中隊の中のバーシバル小隊に組み込まれていた。

 街道沿いのかつてのオークの村々は廃村となっていた。そこにコロイオスの兵を兵站線を守る役として配置しつつ行軍は続く。

 ダンカンは兵站線に配属されたタンドレスとフリットが別れを惜しむ様子を見た。そして以前もそうだったようにタンドレスはまるでフリットを頼むと言うかのようにダンカンに向かって一礼したのであった。

 大丈夫、フリットも腕を上げた。

「隊長」

 隣を歩くカタリナが歩きながら囁いて来た。

「何だ?」

「もしも私達に子供が出来たら名前はどうします?」

 ダンカンは驚きつつ尋ねた。

「できたのか?」

「いえ、まだ分からないわ。でも、もしかしたらってことがあるでしょう?」

「うーむ……」

 ダンカンは悩んだ。悩んで応じた。

「男ならラルフだ。女はお前が決めてくれ」

「ラルフ……ええ、わかったわ」

 カタリナは微笑むと前に向き直った。

 行軍は適度に休息を挟み続いた。

 空が晴れないのがダンカンにとっては引っかかるところだった。

 闇の軍勢にはヴァンパイアがいるかもしれない。奴らは暗い中でなら活動できる上、鋼の様な刃を通さない身体に、弱点も限られている。そのヴァンパイアに対する神官戦士の部隊を率いているのが、バルケルの大将エルド・グラビスだった。そういえばサルバトールとか言うヴァンパイアとの一騎討ちを引き受けたのも彼だった。それにどこか因縁のある言葉を聴いたような気もした。

 戦場に到着した。厚い雲に覆われた空の下、かつてのオークの城だった平城の前には蟻の群れの如き敵軍が陣を構えて待ち受けていた。

 こちらも陣形を整える。

 ジェイバー中隊はエーラン将軍の近衛大隊の前に配置され、敵勢と向き合った。

 すると敵軍から二騎が駆け出て来た。

「我が名はヴァンパイアが子爵サルバトール、我が首が欲しい者は出て参れ!」

 するとバルケルの陣営から馬を飛ばし、エルド・グラビスが駆けて出た。

「ボク・ジュン後は頼む! サルバトール! 貴様の相手はこの俺だ!」

「また貴様か! 相手をしてやる!」

 エルド・グラビスとサルバトールがぶつかり合った。

「我が名はヴィルヘルム! 同じく一騎討ちを所望する! 我こそはという将はおらぬか!?」

「このツッチーが御相手つかまつる!」

 イージアの陣営から若武者が馬を飛ばしてヴィルヘルムとぶつかった。

 二つの戦いは互角だったが、片方で勝敗が決まった。

 武将ツッチーの槍がヴィルヘルムを貫いたのだ。

 途端にヴィルヘルムは馬首を巡らし自陣営に逃げ始めた。

「逃げるか、卑怯だぞ!」

 ツッチーが声を上げた。

「ヴィルヘルム様を御救いいたせ!」

 こうして魔族の陣営が動き、戦端は開かれたのであった。

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