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chapter-8 Intermission

 

 夕日を背にして、マツリ姉が、パンッと手を打ち鳴らした。

「はいはい皆の者、全員集合ー。まずは夕飯当番の順番を決めるぞー。ここは公平に────ジャンケンで勝ち抜き戦だー! 最下位から順番な。いざ。尋常に勝負!」


「勝負か。よっしゃ! いいだろう。受けて立とう」

 シュテンが派手に手を鳴らした。

「えええ〜!? 面倒いーッスよ〜! 携帯食でいいじゃねえッスか〜!」

「馬鹿者!!! 食は全ての基本だぞ! 朝昼晩と携帯食なんて、いざというとき力がでん! 夜ぐらいは温かい物を食べたい!」

 最後に本音が出た。


「だねー。確かに。俺も温かいもの食べたい」


 朝と昼は、【携帯食】だった。カロリーメイトみたいな味の、ナッツやドライフルーツや穀物を練り込んだ、ぱさぱさした固形物。長期保存は利くけど、美味しいかといわれたら、微妙だ。


 【調理品】は、【調理道具】と【レシピ】と【材料】を準備して【調理】し、その場で食べる。作るメニューによって、その効果は様々だ。

 【調理品】のメニューの中には、保存が出来るものもある。さっきシグさんがくれたタルトも、保存可能の【調理品】だ。消費期限は3日。3日たったら──腐ってしまう。



 ……のに、シグさん。なんでそんな日持ちがしない物を買ってんだ。



 あ。もしかして、後で食べようと思ってたのかもしれない。それを俺にくれるなんて……なんていい人なんだ。申し訳ない。今度作って返そう。


 リアルでも、ここの世界でも、やっぱりできたての料理は温かいし、一番美味しい。固くて冷たい食事より、湯気の立つ食事のほうが、気分的な疲れもとれる。作ってもらった食事なら、尚更だ。しかし──



「ジャンケンか…………」

 兄貴達3人とジャンケンした場合、たいてい俺がまず負ける。巽とでも同じ。お前ら、なにかやってんじゃないのか。俺が弱いとは認めないからな。ああ認めないとも。


「うーん。あまり、【調理】スキルは上げてないんですけどねえ。もし俺が当たったら、期待しないで下さいよ」

 シグさんが唸った。


 シグさん、ほとんど【調理】スキルあげてないからな。でも【サニーサイドアップ・モーニングセット】ぐらいは作れる。はずだ。初心者でも必ず作れる、朝の定番、目玉焼き朝食セット。あれなら【調理失敗】せずに作れる。はず。多分。


「大丈夫だ。味に文句を言った奴は、私がたたっ斬るからなー。では!」


 ──しばしの公平なるジャンケン合戦の結果。





「ぐおおお今日の夕飯当番は、私かー!」

 本日の夕飯係は、目出度く言い出しっぺのマツリ姉に決定した。やったぜ!!! 今日は珍しく運が良い!



「むうう。まあ、いいだろう。──やっぱ野外で食べるならまずはカレーかなー。よし。カレーにしよう。何カレーにしようかなー。なんか、納豆、食べたくなったな。レシピに確か……」

 以外に楽しそうな様子で、鼻歌混じりに準備を始めだした。


 ……最後に不穏な単語が聞こえたけど、気のせいだと思いたい。頼むから普通のカレーにしてくれよ。お願いだから。なんだろう。なんだか、とても、嫌な予感がする。

 ビオラも同じ思いなのか、マツリ姉の横で手元をじっと見ている。ビオラが見張ってるなら、大丈夫かな。……多分。


 シュテンとシーマは、焚き火の設営を、拳でど突き合いながらやっている。なんでそんなにバイオレンスなんだ。一日歩いて俺は疲れてるのに、おまえらは疲れてないのか。



 俺とシグさんは特にすることもないので、邪魔にならないように木の下で座って、みんなを見守ることにした。


 


「【デンシスリーフ】かあ……懐かしいなあ」

 レベル40を超えた時、タツミとシグさんに、連れてきてもらった町だ。


 ゲームスタート時には【ウェイフェア・パレス】周辺でレベルを上げて、レベル40ぐらいになったらこの付近に移動するのが巽曰く、一番効率的なレベル上げコースらしい。

 この辺りのフィールドに出現するモンスターのレベルは40から50。他のフィールドに比べて特殊な攻撃をしてくる奴が少ないから、レベル上げをしやすいんだ、と言っていた。

【デンシスリーフ】は、レベル40ぐらいのプレイヤーには丁度いい拠点となる町。


 シグさんも懐かしそうに目を細めて、街道の先を眺めた。

「そうですね。確か、この辺りでサクヤさんのレベル上げをして──」


「そうそう。タツミの奴、俺が纏め狩りを教えてやろう、って偉そうに言うから、自信あるのかと思ったら。敵引っかけすぎて、逃げ回りながら死にかけてやんの。俺、必死に回復するんだけど、タツミのHPが低すぎて全然追いつかなくて。あれは、見てて面白かったけど、焦ったなあ」

 シグさんも笑った。

「そんな事も、ありましたね」


 あれからレベルが上がって、1人でもこの辺りをうろうろできるようになって────




「────あああああっ!!!」




 俺は立ち上がった。


 あることを思い出したからだ。



「キュ!?」

「さ、サクヤさん?」


 俺は急いで腕の冒険者バングルの、時刻表示を見た。



 夕麦月15日 16時50分。



 あれ・・が手に入るのは──夕麦月1日から15日、午後16時から17時の間。


 17時まで後残り10分。



「ま、マツリ姉──!! ちょっとだけ、出てきてもいい!? すぐ戻るから!!」


 眉間に皺を寄せて包丁を握っていたマツリ姉が、顔を上げた。


「ふお? いいよー。どこ行くん?」




「種────!!!」




「た、たね?」


 俺はマップを拡大しながら、林に駆け込んだ。





 夕暮れ色の空が、少しずつ薄紫色になっていく。

 俺は林の中を、全速力で走った。俺の記憶が確かならば、この辺りにあるはずだ。



「間に合ええええ──!!!」



 鬱蒼と茂る林の中。

 微かに、こんな場所には不釣り合いな、少し甘い、柔らかな香りを感じた。



 俺は確信した。



 この世界にも、あれが存在しているということを。

 香りがある。

 これなら、香りを頼りに見つけられるかもしれない……!

 俺は走った。

 腕のバングルに表示されている時刻を横目で確認しながら。


 後、6分……!

 



 目の前の草むらに、一箇所だけ────今の、日没間際の空の色のような、あわい薄紫色の花が咲いた木を発見した。


 俺はこぼれんばかりに咲いた薄紫色の花の木の根元に駆け寄り、しゃがんで探した。

 そして、見つけた。


 夕麦月1日から15日、午後16時半から17時の間──花が咲いてる間しか見つけられない、稀少な、小さな茶色い粒────────【種】を。




 勢い良く立ち上がり、高々と戦利品の【種】を掲げる。

 100色の花の種、97番目────

 




「いやったああああああ──!!! 【トワイライト・ライラックの種】ゲットおおおおお!!」





「…………何をやってるんですか、サクヤさん。いきなり駆け出したと思ったら……」


 背後で──シグさんの、非常に、呆れた呟き声がきこえてきた。しかも溜め息混じりに。

 追いかけてきたのか。なんだよ。いいじゃないか。これくらい!



「だって、だって、今しか手に入らないんだぞ!!? 【百花繚乱の幻庭】作るのに、これ手に入れるの、どれだけ苦労したことか……! この時この時間、花が咲いてる間しか【トワイライト・ライラック】の生えてる場所がわからないし、咲く場所はこの周辺ってだけでランダムポップだし、やたらこの辺広いし、待って探して時間切れを何度繰り返したことか……!!!」



 シグさんが腕を組んで、溜め息をついた。

「庭作るって……。サクヤさん……帰らないつもりですか?」

「か、帰るよ!? 帰るけど! でも今ゲットしとかないと、今度いつ手に入れられるか分かんないし! そ、それに、う、運良く、持って帰れたら、ラッキーだなあって、……」

「なるほど」

 シグさんが小さく吹き出した。

「な、なんだよ!! 笑うことないじゃないか! ものすんげえ稀少な種なんだぞ! 【特殊アイテム】扱いで売れないから買えないし、1人1個しか持てないし! あっそうだ!!」

 俺はシグさんの腕を引いた。


 後、4分! まだ十分間に合う!


「し、シグさんも拾って! 種! 1個! 早く!」

 シグさんは驚いた顔をしつつも、俺の言った通りに木の根元から種を一粒拾ってくれた。


「やった! これで2個ゲットだ!!」

 今日の俺はついている!

 昨日は散々な日だったが、今日はいい日だ!


 物珍しそうに、シグさんが、小さな【種】を眺めている。手が大きいので落としそうだ。

「シグさん、それ持っててくれる? それで、後で、俺がいる時に、譲ってもらえたら嬉しい。その代わり、その時はシグさんの欲しい物あげるから」

「俺の欲しい物、ですか?」

「うんうん。何でも言っていいよ。ただし、俺があげられるものに限るけど」


 シグさんが目を斜め上の方へ向けて、顎を撫でながら考え始めた。非常識の塊であるタツミと違って常識人だから、入手困難な物とか、不可能な物を言ってきたりはしないだろう。

 昔、タツミに、別の花の【種】の保管を頼んだら、【北海道のタラバガニ1年分】とか要求して来やがったからな。ふざけんな。ぼったくりにもほどがある。とりあえずゲンコツをくれてやっておいた。



 俺は【トワイライト・ライラック】を見上げた。

 画面の中でも綺麗だったが、実際にみると、淡く光る薄紫の小さな花の房が風に揺れて、花びらも舞い、幻想的でとても綺麗だ。良い香りもする。



「──サクヤさんのあの庭、綺麗でしたねえ」

「だろ。苦労したかいがあったなあ……」

 100色の花を揃えたら、淡く光る幻みたいな色とりどりの蝶が舞い初め、淡い虹がかかり、蛍みたいな光もふわふわと遊ぶように舞って、本当に綺麗だった。【百花繚乱の幻庭】とあるように、幻界に繋がるほどに美しい庭園。


「あの時は、シグさんにもいっぱい手伝ってもらったなあ。ありがとう」

「いえいえ。また作るなら、お手伝いしますよ」

「ははっ。……ありがと」


 冗談だってわかってるけど、少しだけ胸が痛んだ。

 その時は────元の世界に、帰れなかったって時だ。


「そうしたら、庭師としてサクヤさん家で雇ってもらいましょうかね」

 俺は吹き出した。

「シグさんは庭師じゃなくて、警備員だろ!」

「おや。雇ってもらえるんですね」

「いいよ。シグさんなら」

「いいんですか?」

「いいよ!」


 俺が笑うと、シグさんも笑った。


 ああ。1人じゃなくて、本当によかったと思う。こんな訳分からない世界に放り込まれて。もし独りきりだったら……こんな風に、冗談言って笑える余裕なんて絶対になかっただろう。

 一緒に帰ろうなって、言い合える相手がいるだけ、俺はまだマシな方だ。1人でこんな所に連れてこられてたら、と思うと──────背筋が冷える。



「では、契約成立ですね」

 シグさんが冗談めかして言った。

 俺は大きく頷いてみせた。よかろう。契約は成立だ。



「でもお給料は、俺も厳しいから────衣食住の提供ってことで!」

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