表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/38

chapter-7

「おおーい! こっちこっちー!」

 町の東側入り口で、マツリ姉が大きく手を振った。


 その隣には、少年と少女が立っていた。



 少年は明るい金髪を今風にくしゃくしゃと立たせ、やや吊り目の明るい緑目。黒地のフード付きコートには、背中や腕に、銀の幾何学文様がプリントされている。そして両腕を頭の後ろに組んで、大欠伸をしている。その背中には、大きな丸い水晶が先端に取り付けられた曲がりくねった杖。


 一方、少女は薄紫色のふわふわした髪をツインテールにして、白地に青の刺繍が入った裾の長いポンチョみたいなものを着ている。琥珀色の垂れ目が小動物のようで可愛らしい。両手をきちんと揃え、礼儀正しく背筋を伸ばして立っている。腰には、先端に鳥を模した彫刻がはめ込まれた銀色のメイス。



 まるで正反対の少年と少女。


 武器から判断するに、銀のメイスを持ってる少女の方は【神官】で、杖を持ってる少年の方は【魔道士】かな。



「おはよーマツリ姉!」

「おはようさん! こいこい。さっそく紹介するよー。こっちで大欠伸してるのが──シーマ」

 マツリ姉が、金髪の少年を頭をスパンッ、と叩いた。

「いだっ!? ひ、ひでえっスよ姉御……。ちわっス! シーマでっス! よろしくっス!」

 少年が元気よく返事をした。なんだかちょっと、小さなヤンキーみたいだ。ミニヤンキー。


「そしてこっちは──ビオラ」

 マツリ姉が隣の薄紫色ツインテールの女の子を指した。


「お、おは、おはようございます! ビオラと申します。よろしくお願いしますです」

 女の子が礼儀正しくペコリとお辞儀をした。とても真面目そうだ。



「おはよう! こちらこそ、よろしく。俺は、サクヤ」

「おはようございます。私はロジスティ──違った、篠ノ井────違った。シグと申します。今後とも、宜しくお願いします」


 ……なんだか名刺でも出しそうな挨拶をシグさんがした。


 めっちゃ、すらすら言っているし。会社名と本当の名前も言いかけてるし。


 シーマとビオラも、なんだか面食らった顔をしている。……すまんシグさん。ちょっと、面白かった。俺は堪えたが、シュテンは完全に吹き出している。


「キュー!」

 俺の足下で、花ボールが自己主張するように飛び跳ねた。自分も紹介してほしいらしい。……使役魔って、こんな感情豊かだったっけ?


「この飛び跳ねている丸い花ボールは、俺の使役魔の【コケ太郎】」

「キューウ!」

 シーマとビオラが、胸を張るコケ太郎を、珍しそうに見下ろした。


「コケ……」

「……太郎」

「キュー!」


 少年と少女が今度は俺を見た。何か言いたそうな顔をしている。なんだよ。


「かわいいだろ?」

「あ、そうっスね、か、かわいいっスね」

「は、はい……」


「ぶわはははっ!! 主人のネーミングセンスが悪すぎるけどな! 他の使役魔の名前も、かわいそうなもんだぜ!」

 シュテンが大笑いしやがった。なんでだ。何が悪いんだ。どれもぴったりの名前を付けてやっていると言うのに!


「なんで笑ってんだよ!? おいシュテン!」

「だってよー!! もうありゃあ、笑うしかねえって! もう可哀想すぎて……ぶくくっ」

「なんだと!? こ、この──」



「はいはい。ストップですよ。そこまでそこまで」

 シグさんが俺とシュテンの間に割って入ってきた。ぐぬぬ。止めてくれるな、聞き捨てならん。



「そうだ、マツリさん。これから一緒に行くなら、人数的にもパーティを1つにしたほうがいいのでは」

「うん? ああ〜そうだなあ……。確かに。よーし。じゃあー、パーティを1つにしとくかー?」

 マツリ姉が皆を見まわした。


 全員が同時に頷いた。とてもきれいな満場一致だった。

 

 そうしてくれると、俺的にも動きやすい。

 回復や補助スキルも、わざわざ個別に指定してちまちまかけていかなくても、パーティ指定で、一括で全員に行き渡る。

 手に汗握るあの【ハイドサーペント戦】で実証済みだ。────ごめんなさい嘘です。俺はほとんど後ろで応援状態、シグさんの一撃によりあっさり戦闘終了でした。



「よし。じゃあ一緒にしとこうかー! リーダーはどうする?」

「マツリさんに、お願いできますか? 俺達はまだ此処にきたばっかりなんで、わからない事のほうが多い。慣れてる人に指示してもらったほうが動きやすい」

「なるほど。了解した」

 

 俺達はシグさんのパーティを一度解散して、マツリ姉のパーティに入れてもらうことにした。



 パーティ名 祭囃子 

 リーダー マツリ

 メンバー シグ

      シュテン

      シーマ

      サクヤ

      ビオラ


 使役魔1 コケ太郎

  

   


 おお。6人パーティになった。6人プラス1体か。

 前衛3、後衛1、回復2、使役魔1。中衛がいないけど、なかなか良い感じのパーティだ。タツミの奴が中衛だけど、残念ながら、今ここにはいないしな。



 【幻草使い】の使役魔は、同時に2体召喚できる。

 ただ、2体出してる間ものすごくMPが減っていくので、他の使役魔は戦闘以外では、コケ太郎みたいに召喚し続けたりはしない。


 コケ太郎は特別に、俺の相棒的な【メイン使役魔】に指定してるから、出しっぱなしでもMPは全く減らないのだ。1体だけ【使役魔】を選んで登録できる、特別枠。



 戦闘をバリバリやってる召喚職系の人は、取得した使役魔の中で一番強い奴を【メイン使役魔】にしてるけど、俺は別に戦闘をバリバリしたいわけではないので、コケ太郎で十分だ。


 しかし侮るなかれ。

 マスコット的な【幻草玉族】も、地道にレベルを上げてスキルを覚えさせたら、使い方次第ではなかなか強いスキルを覚えていく。コケ太郎も、こんなに丸くてぽよぽよしてかわいいが、今ではすっかり回復と補助とサポートスキルのエキスパートだ。



「みんな準備はいいかなー? そろそろ出発するぞー。では、しゅっぱあーつ」


 遠足に連れて行く引率の先生みたいな、気の抜けるマツリ姉の号令。


 俺達はそれに元気よく返事して、ルーストの町をあとにした。




 * * *




 あまり整地されてない、ぼこぼことした街道を歩くこと、一日。

 街道の横の斜面を降りた先に、入り組んだ木々の林と、大きな河が流れている。


 空の西の端が、茜色になってきた。


 マツリ姉が立ち止まって、振り返った。

「──皆ー。今日はこの辺りで野営にしようと思うんだけど、どうかな?」

 

「はーい!」

「はいです」

「やっりー!」

「おう」

「了解です」


 全員が頷いた。とてもきれいな満場一致だった。


「ヒャッホー!」

 ヤンキー少年──違った、シーマが雄叫びをあげながら斜面を滑っていった。すべり台みたいに。

「あっシーマさん! 待って下さいです!」

 その後をツインテールのビオラが追いかけて、同じように斜面を滑っていく。


「こら! お前等ァ! 先にいくなよ!」

 シュテンも豪快に滑っていく。


「まったく。子供は元気よなあ」

 マツリ姉もため息混じりに滑っていく。



 うおおおものすごく、楽しそうだ……!



 お、俺もいけるかな。緑のすべり台。


 斜面の上に立つ、傾斜45度ぐらいの斜面には、つやつやとした青い草がまるで絨毯のように隙間なく生えている。すべりはとても良さそうだ。しかもふかふかしていて、気持ちよさそう。

 よし。俺も行ってみよう。滑って降りた方が早そうだし。

 俺はひらひらして邪魔なワンピースの裾を、両手で絞った。



「──なにしてるんですか? サクヤさん」

「えっ!? い、いや、すべるの、楽しそうだなあって……」

「サクヤさんの服、ヒラヒラしてるから、多分めくれますよ」

「っ!!」


 くっ……


 俺は渋々、仕方なく、スカートを握っていた手を放した。流石にそんな趣味はない。


「滑りやすいですから、俺を掴んでても良いですよ」

 シグさんが、斜面をゆっくりした足取りで降り始めた。

 仕方なく、俺もその後を追う。

 

 俺が捕まりやすいように、腕を上げて、差し出してくれた。

 ジェントルマンだのう……。様になってるのが、また余計に腹が立つ。


「いや、大丈夫。1人で──ふおわっ」

 一歩踏み出して、つるつるした草に足を滑らせる。

 思い切り尻餅をついた。いてえ。尻がいてえ! なんだこの草! めっちゃ滑る!


「……どうぞ」

 シグさんが、笑いをこらえながら俺の前に腕を伸ばした。くそ!

「どうも……」


 ……俺は葛藤の末────腕を掴まさせてもらうことにした。

 無様に転んで恥ずかしい思いをするよりはいい。

 しかし、腹立たしくも安定感半端ないな。ああ、そうか。シグさんが履いてるブーツの裏に、俺のよりもずっといい、滑り止めみたいなのついてるのかも。足場の悪い場所で戦う時、いちいち前衛で滑ってたら話にならないもんな。

 それにしても──


 この身体、運動能力もねえよ……! 後衛職だから当り前か……!




 俺達が降りてくるのを見ていたヤンキーが、腕を組んだ。

「……仲良いっスね。もしかして、つきあってるんスか?」


 俺はまたこけそうになった。



「んなわけあるかああああ!! みりゃわかるだろ!!」



「エー。わかんねえっスよ〜! だってめっちゃ仲良さそうなんだもん!」

 

「ちょ、お前、こっちこい、殴らせろ。そのヤンキー鳥頭、殴らせろや」

「いやっス!」

「来いやあああ!! てめえ何言ってんだ! 俺はどうみても、中身男だろ!?」  





 全員が一斉に俺を振り返った。





 ビオラがちょっと恥ずかしそうに手で頬を覆った。

「ご、ごめんなさいです……気付きませんでしたです……」


「え、なんで!? 俺、俺の事、《俺》って、ずっと言ってたよね!?」


「それぐらいじゃあ、知らない奴にはわからねえって」

「うむ。僕っ娘ならぬ、俺っ娘、にしかみえんよなあ……」

 マツリ姉とシュテンは俺が男だと知ってるはずなのに、なんで頷いてんだ。


「なあ、シグさん、俺、俺ちゃんと、中身男ってわかるよね!?」


 すがる思いで見上げたシグさんからの返答は、すぐ返ってこなかった。


「うーん。見た目と中身が、可愛いすぎますからねえ」


 見た目と中身って、何で中身まで入ってんだ……! 何言ってんの!? シグさん、しっかりしてくれ! 頼む! 本当に頼む! 




「なんでだよおおお!? ひでえよ! 俺、元に戻りたいよおおおお!!」




 泣けてきた。


 両手で顔を覆ってしゃがみこむ。落ち着け、俺。帰りさえすれば、俺の大事なアレは戻ってくるんだ。女性用の服も、下着も、簡易トイレも使わなくて済む。落ち着け。泣くな。さすがに泣き顔なんてみせられん。沽券にかかわる。



 シグさんが、背中をさすってくれた。


「ほら、元気出して下さい。そうだ、町でこんなものを買いました。サクヤさん、食べたそうにしてたでしょう?」

 シグさんが、俺の前にフルーツが沢山のったパイを差し出した。


【5種のベリータルト】だ。

 MP2500回復する。お値段は1500シェルとなかなかお高い。


「タルトだ……くれるの……?」

「どうぞ」


 俺は震える手で受け取った。

 端をかじる。

 さくさくしたパイ生地は甘すぎず、良い香りがして、ベリーも新鮮で美味しい。

「美味しいですか?」

「うん……」

 やさしい甘さが、ささくれ立った心に染みる。俺は鼻をすすった。泣いてたわけじゃないぞ。鼻が弱いんだ。



 シュテンが息を吐いた。

「ふう〜。どうやら落ち着いたか。よかったよかった」

「まあ、元気出せ。な? 私でよければ、いつでも相談に乗るからな、サクちゃん」

「ですです。わからない事や困った事があったら、無理せず聞いて下さいです」

「そうっスよ! それに、そんだけカワイかったら、もういっそそのまんまでも全然大丈夫──ぐほあっ」

「よし、シーマぁ! 俺と野営の準備しようかあ!」

 シュテンがシーマの首を絞めながら引きずっていく後ろ姿が見えた。


「そのまんま……?」


 俺、いつまでこのまんまなの……?


「はいはいはい、サクヤさん。こっち見てください。大丈夫大丈夫。ほら、コケ太郎も心配してますよ?」

「キュー……」

 俺の横で、黒いつぶらな瞳が、心配そうに俺を見上げている。

 俺はコケ太郎の頭を撫でた。ふかふかして気持ち良い。優しい花の香りもする。

「ありがと、コケ太郎……」

「キュー!」


「シグさんもありがと……ごめん。取り乱しちまって……」

「いえいえ」


 シグさんが、優しく肩を叩いてくれた。やめてくれ。また泣けてくるから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ